“落ちこぼれ”との差
「くそっ……なんなんだ、アイツ」
一人の騎士が呟いた。
競技場には、もう騎士団の練習時間は終わっているというのに、未だに人が数人残っている。
「まさかあんな簡単に俺たちが負けるとは思わなかった……」
「あいつ、マジ何者なわけ?」
そう言っている彼らはアルフォンスと戦闘を行なったシリル率いる第三部隊の騎士たちだ。
「…………」
シリルは何も言わず、眉間に皺を寄せてただ自分の手を見下ろしじっと見つめていた。
そしてアルフォンスとの戦闘を思い返す――――。
「――いくぞ」
シリルがそう口にした瞬間、第三部隊の騎士たちが一斉にアルフォンスに襲い掛かった。
だがアルフォンスの手は未だに腰に差してある剣には触れていない。
その時シリルはふと気づく。
――アルフォンスの両腰に剣があることに。
「――っ気をつけろ!! そいつは剣を二本持ってる! 双剣使いだっ」
シリルはそう言い注意を促す。
だが――
「――遅いよ」
そんな声が聞こえたと思った矢先。
「――っ!?」
アルフォンスと騎士たちの間にあった距離が一瞬にしてつめられ、騎士たちの目の前には光る二本の剣があった。
「うっ……」
うめき声をあげて一人の騎士が倒れこむ。
アルフォンスは左手に持った剣の柄の先端で騎士のみぞおちを打っていた。
倒れこむ騎士のすぐ後ろにいた騎士に歩を止めることなく一瞬で近づき、右手に持った剣の刃を寸止めでその首にやった。動けない騎士の腹部をアルフォンスは膝で蹴り飛ばす。
「はい、二人アウト。戦場だったらもう死んだね」
そう言ったアルフォンスの顔には、あの読めない不気味な笑みが浮かんでいた。
「嘘だろ……そんな、たった一瞬で――――」
そう呟いた騎士の背後には既に“彼”の姿が――。
「――キミも、だよ?」
「え――」
瞬間、その首筋に剣があてられようとしたその時。
「――お前も、だろ?」
その声が聞こえた瞬間、アルフォンスが今やっていることと同じように、アルフォンスの首に剣が添えられる。
「動くなよ。動けば俺の意思と関係なくこの剣がお前の首を斬るぞ」
そう言った声音は本気だった。
練習というのは名ばかりで、殺せるならば殺したいという思いらしい。
そんな声の主に、アルフォンスは見ずとももう気づいている。
「シリルかー。殺したいなら早く殺せばいいのに」
「は?」
アルフォンスは口を不気味に歪めると、騎士の首に添えてある剣を振るう――――。
「おまっ――」
その光景を見ていた誰もがアルフォンスの行動に背筋が凍った。
「アルフォンス――――!!!」
火王が声をあげ駆け寄ろうとした――その時。
甲高い音と共に剣が弾き飛ばされる。
そして二回鈍い音がした。
「うっ……」
「がはっ……」
そんな声がしたかと思った次の瞬間、シリルの体が空中へと飛ばされた。
元いた場所から僅かに離れた場所で、シリルは手を腹にあてながらむせ返っている。
そのすぐ横の地面に飛ばされた剣が刺さった。
アルフォンスの前にいた騎士のほうに目を向けてみれば、彼はその場に倒れこんでいた。
意識を失っているのか動く様子はない。
「――殺すわけないでしょ。ただの予行練習で」
そう言ったアルフォンスの顔には、もう笑みは浮かんでいなかった。
どこか冷めたような、見下すような表情をしている。
「なんか冷めた。これ以上やっても戦況が変わるとも思えないし、ボクの勝ちでいいでしょ。ていうか、空中からの攻撃も入れてもらわないとつまらないんだけど」
「…………」
アルフォンスの言葉に返ってくる声はない。誰もが今起こった出来事に唖然としていた。
アルフォンスは溜息をつき言う。
「ボクは先に失礼するよ。もうやる気になれないし」
そして、アルフォンスは二本の剣を両腰に差された鞘にしまうと、「じゃあね」と言って軽く手を振り競技場を出て行った。
残された火王や騎士たちは彼をただ見送ることしかできない。
「なんだよ、今の……」
「何が、あったんだよ……」
火王は自らが見た光景を思い返す。
アルフォンスは剣を添えていた騎士を殺そうとしたのではなく、自分の首にあてられたシリルの剣を弾き飛ばしたのだった。
そして真後ろにいたシリルのみぞおちを肘でつき、シリルの意識が痛みのほうに向いたその瞬間に自分の目の前にいる騎士の頸椎を剣の柄の先端で打ったのだろう、その騎士は崩れるように倒れこんだ。その瞬間にアルフォンスはシリルに回し蹴りをくらわせていた。
騎士が倒れ、丁度足がぎりぎりぶつからない程度になった瞬間のことである。
一寸の隙もないその動きはあまりにも素早く、目にただ映っただけで頭がついていかなかった。
「アルフォンス。……あいつはこの騎士団の凶器になるな」
火王は思わず、そう呟いた――――。
「――ル……――リル……シリル!!」
「!! ……な、なんだ」
やっと反応したシリルに仲間の騎士たちは皆心配の面持ちでシリルの顔を覗き込んだ。
「大丈夫か? 気を失ってたやつらは医務室に運ばれたけど、お前もやっぱ医務室に行って休んだ方がいいんじゃねぇの?」
「いや、大丈夫だ」
「無理すんなって。あいつにみぞおちやられたんだろ? あんなに苦しそうに――」
「大丈夫だ」
「…………」
シリルがどこか苛立っていることにその場にいる誰もが気づいていた。
彼だけではない。
自分たちも苛立ちと共に悔しさが胸の内にあった。
――“あんなやつなんかに”。
そんな感情はアルフォンスを“落ちこぼれ”だと見ていたからこそのものだ。
竜と契約をしていないということはつまり魔法を使えないということ。
それを“落ちこぼれ”だと決定づけていた自分たちに、競技場で見たアルフォンスの戦闘は“そうではない”と知らしめるのには十分なものだった。
「……帰ろうぜ」
「あぁ……」
部屋に戻るまでの間、誰も口を開くことはなかった。
終始重苦しい空気が彼らを包み込む。
アルフォンスとの戦闘。
それは“落ちこぼれ”ということに対しての否定が明らかになっただけではない。
――自分たちとの圧倒的な力の差を、埋めることのできないほどのその差を、その目で見て、嫌というほど感じた瞬間でもあったのだ。




