アレシアの目的
前回が思いの外長くなってしまっていたので、一部編集し、最後のほうをこちらの最新話冒頭に入れさせていただきました。
文章を僅かに変えております。
ご迷惑をおかけしますが、よろしくお願いします。
楽しんでいただければ幸いです。
アルフォンスが騎士団にてシリア率いる第三部隊と戦闘を行なっている丁度その頃。
彼の部屋には、未だにアレシアが残っていた。
彼女が手を伸ばす先は、タンスやベッドの下などのモノを隠すのにはお馴染みの場所である。
「ない……。どこかに、ない、かな……何か、何か……証拠……」
そう彼女は呟きながら、手を動かし、目を動かしている。
その様子はまるで“何か”に期待し、その証拠となるものを探しているようであった。
様々な場所を見て回っては、時計を見、その時計が時を刻むごとに徐々に募る焦りが彼女の手を急がせる。
また一分、針が時を刻む。
一分、二分……。
さらに焦りが募り、目がせわしなく動き部屋中を見回す。
十分、そして二十分経ち、――そうして三十分が経った頃。
この時間はまだ騎士団の鍛錬の最中。
アレシアには焦りはあったものの、心配はなかった。
“彼”が戻ってくることなど、考えもしない。
何せ、彼は騎士団の鍛錬中というだけでなく、魔法さえも使えないはずなのだから。
アレシアはふと座り込み、低い視線からその“何か”を探そうとした。
その時――――。
「アーレシーアさん」
「っ――!!」
アレシアの体が反射的に小さく飛び上がる。
ドアの方から聞こえたのは、軽い調子のどこかふざけたような声。
その声の主にアレシアはもう既に気づいていた。
恐る恐る振り向くと、そこには――
「――なーにしてんの?」
あの読めない笑みを浮かべる、アルフォンスがいた――。
「――どうして、貴方が、ここに……?」
アレシアは小さな声で途切れ途切れにそう言った。
その声音からは動揺が見て取れる。
「それはこっちのセリフなんだけどー?」
アルフォンスは彼女を責めるでもなく、いつものふざけた調子でそう言った。
「なんで……今は、騎士団の稽古の時間、じゃないの……?」
「そうだよ」
「じゃあ! どうして――」
「抜けてきちゃった」
おどけてそう言うアルフォンスに、アレシアは思わず呆然とする。
「抜けてきた、って……」
繰り返すようにアレシアはそう呟いた。
「すぐ終わっちゃうし、つまらないから。それにこっちのほうが面白そうだからねー」
「え……?」
アルフォンスは意味深にそう言ったが、すぐにその言葉をあの読めない笑みでごまかす。
アレシアは不思議に思うものの、そう思える余裕も彼の次の言葉で消え去って行った。
「それはそうと、キミ、何してんのさ。人の部屋で」
「あっ……えと……そ、れは……」
目を泳がせるアレシアに、アルフォンスは笑みを深める。
「言えないことをしてたの? なに、何か盗もうとでも思った?」
「ちがっ――」
「じゃあ何。悪いことじゃないなら言えるでしょ?」
「…………」
「悪いことでは、あるんだね」
アルフォンスはそう言って、座り込んだまま動かないアレシアへと歩み寄り、目線を合わすように自分も彼女の前にしゃがみ込んだ。
「ほら、言ってみなよ。別に怒らないし、誰かに言ったりもしないからさ」
アルフォンスがそう言うと、アレシアは俯きながら答えた。
「……――から」
「え? なに、聞こえない」
「……あなたが、闇の……火王様や騎士団の方々と闘った、闇の人かなって。噂にもなってる、から……あの、“闇の少年”だって。だから、そうなのかなって、思って……本当かどうか、確かめたくって……」
「…………」
アルフォンスの目が鋭くなる。
「それ、探るように火王にでも言われたの?」
そう問う声は先ほどに比べ、どこか低く感じられた。
「違います! 私が勝手にやったんです」
「じゃあ聞くけど、ボクが本当に“闇の少年”だったらどうしたわけ? 殺す? 復讐でもした?」
「…………」
アレシアは黙りこんでしまう。
アルフォンスはそんな彼女をただじっと見つめアレシアが答えるのを待っていたが、一向に言う気配のない彼女に、アルフォンスはため息をつき立ち上がった。
「まぁいいや。安心しなよ。ボクが言ってもどうせ誰も信じないから。言うつもりもないよ」
「…………」
そう言った彼の顔に笑みはない。
アルフォンスはその場を離れ、椅子に足を組んで座った。
その前の机は騎士団に行く前と変わってはおらず、昼食のときの食べ終わった皿が並べられている。
それを横目で見るなり、アルフォンスは言った。
「もういいよ。とにかくここ、片づけてもらっていいかな。騎士団に行く前と変わってないんだけど」
「…………」
アレシアからの返事はない。
アルフォンスはアレシアを見て再度言う。
「聞いてる? 片付けて――」
「――感謝します」
「は?」
「――もし、あなた様が“闇の少年”なのでしたら……感謝します」
アルフォンスはアレシアの言った言葉に耳を疑った。
「キミ……今、何て言ったの? 感謝、だって?」
「はい。感謝し、そして尊敬します」
「恨むことはあっても、感謝なんて普通しないでしょ。闇なんかに尊敬とか……」
「…………」
アルフォンスは思わず言葉を止める。
彼を見つめるアレシアの表情は一切ふざけてなどいなかった。
その目は真剣そのもの。
嘘を言っているようにはとても見えない。
「本気、か……」
「はい」
アルフォンスは不思議でしょうがなかった。
闇を毛嫌いする者は星の数ほどいるが、まさか闇を好む者がいようとは……。
「……どうして感謝なんてする。ましてや尊敬なんてする相手じゃないだろ」
そう問う彼の声色は、アルフォンスとしてのそれではなかった。
闇の少年――そう、本当の“闇”である彼自身のそれである。
「…………」
アルフォンスはアレシアが答えるのを待った。
部屋の中には時計が時を刻む音だけが響く。
その音が、アルフォンスにはカウントダウンをしているように聞こえた。
彼女が、“闇”となるまでのカウントダウン。
自ら、完全に、闇となる瞬間。
それは“堕ちる”のではなく、“自ら選び、その足で進んでやってくる”。
……少年と、同じように――――。
――やがてアレシアは小さく息をつくと、はっきりとした声音で言った。
「私は、騎士団に恨みを持っています。そして闇はその恨みを晴らしてくれた。……“闇の少年”は、そんな闇の主導者であると聞きます。だから、彼に感謝し、そして尊敬するのです。私は、……闇の味方になりたいのです。彼は、私の恩人だから……」
少年の口に、笑みが浮かんだ――――。
読んでいただき、ありがとうございました!




