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アレシアという名のメイド

第三章、いよいよ中盤へとさしかかります。


「アルフォンス様、ご昼食を御持ちしました」


ドアをノックする音と共に、メイドと思われる女の声がアルフォンスにかけられた。


「入っていいよ」


アルフォンスがそう答えると、ドアを開けメイドがワゴンを押して部屋に入ってくる。


「失礼しま……」


僅かに伏せていた顔をあげた瞬間、そのメイドは目を見開き固まった。

その目にはもちろんアルフォンスの姿が映っている。


そう、灰色の髪に瞳が紫色をしたアルフォンスの姿が――。


「わざわざありがとう。もしかして騎士一人一人に食事を運んでるの?」


「…………」


僅かに口をあけ驚きの表情のまま動けないでいるメイドに、アルフォンスは一瞬首をかしげたが何のことかを察すると「あー」と声をもらし、メイドに言った。


「これが本当のボクだよ」


「髪……とれて……」


メイドはアルフォンスの手にするウィッグを指差す。


「これは偽物」


「ニセモノ……」


普段と変わらない落ち着いた声のトーンでアルフォンスが言うと、メイドも徐々に落ち着きを取り戻した。


「そう。今のこの、灰色の髪と紫の目が本当」


「それが……本当の、姿……?」


「そ」


メイドは黙り込み、アルフォンスの髪と瞳を凝視する。


「見たことない色だからそんなに戸惑ってるわけ?」


「…………」


「……ま、それが普通の反応だよね」


アルフォンスは苦笑しながらどこかめんどくさそうに溜め息をついた。


「そう引かないでよ。これでも傷つくんだよー?」


「あ、ご、めんなさい……」


「あのさ、これでも敵じゃないから。ちゃんと火王にも認められたし」


「火王様に……?」


「そうだよ。だから変に騒ぎたてないでね。他の騎士とか呼んだりとかさ。……まぁいずれ騒ぎにはなるだろうけど」


メイドは小さく何かを呟くと納得したのか「わかりました……」と言い、ワゴンを押して部屋の中央にある机に食事を並べ始めた。

その様子はもう落ち着きを取り戻している。

やはりどこか思うことはあるのだろう、何度かアルフォンスを盗み見ることはあっても、何も問うことはなかった。


「何か聞きたいことがあるなら言ったら?」


アルフォンスはタンスに向かいながら、メイドにそう話しかける。


「別に……」


メイドの言葉に一度彼女に目を向けるが、アルフォンスは動きを止めることなく、手にしていたウィッグをタンスの中にしまいコンタクトは専用の入れ物に入れタンスの中でも小さめの引出にしまった。


「“別に”って……。まぁいいけどさ。どうして聞かないわけ? 正直、はっきり言ってもらったほうがいいんだけど。うざいし」


「…………」


メイドは黙り込む。

アルフォンスは溜め息をつき、椅子に座ると目の前の机に頬杖をついた。

そしてメイドを見てみると、アルフォンスと目を合わせないようにしているのか、彼女は少し俯き目を彷徨わせている。


「別に怒んないから。言ってみなよ」


アルフォンスがそう言うと、メイドは恐る恐るというふうに口を開いた。


「……じゃあ一つだけ」


「ん」


「えっと、その……あなた様は、誰ですか?」


「は?」


アルフォンスは一瞬耳を疑う。

そして問われているのは自分なのかと、思わず状況を見直した。


「……誰って、アルフォンスだよ。アルフォンス・レンフィールド。姿が違うからって人が変わるわけ? 中身まで変わるわけないでしょ。そんなことしてたら火王に瞬殺されてるって」


「そう、ですよね……」


「キミ、馬鹿なの? それともボクをおちょくってんの?」


アルフォンスがそう問うと、メイドは焦ったように両手を必死に左右にふり否定する。


「ち、違いますっ! ただ、同じ人ならいいんです」


「……嘘ついてるとかは思わないわけ?」


「嘘はついてないでしょう? 見ればわかりますし、何より聞けばわかります」


「…………。その言葉だと、ボクを馬鹿にしてるとしか思えないんだけど」


彼女の言葉にアルフォンスは一瞬の違和感を感じ、思わず目を細め彼女を凝視した。

だが一瞬の間の後、すぐに“普通”を装い話し始める。


「ボクのこと馬鹿にしてるわけじゃないんなら、キミは驚くくらい天然な馬鹿かもねー」


「そんなっ――」


「冗談。まぁ信じてくれたならいいや」


メイドは明らかに焦った様子だ。

アルフォンスは笑みを浮かべ、その様子を楽しんでいる。


『貴様、性格悪いな』


『そんなのもう前から知ってるでしょ』


『自覚してんのかよ……』


邪神竜は呆れを通り越して笑うしかないのか、かわいた笑い声をあげた。


「それよりさ。キミの言った“誰ですか?”って言葉、こっちのセリフなんだよね」


「え?」


「キミ、名前は?」


「あ、えと……」


メイドは視線を泳がし、最終的にアルフォンスを見上げるような形で見ると少し戸惑いながらも答える。


「アレシア、です。アレシア・ハルフォード……」


アルフォンスは笑みを浮かべ、彼女の名を繰り返し呟いた。


「よろしく、アレシアさん」


そう言った彼のどこか控えめ笑みは、傍から見ればごく普通の、彼の年相応か少し大人びたような印象の笑みだっただろう。

そのせいかメイド改めアレシアも、何も思うことなく「よろしくお願いします」と返した。


そしてメイドが後ろを向き、ワゴンと共にドアへと向かうのを見送るアルフォンス。

彼女がドアを開け部屋を出ようとした瞬間、その口が、不気味に歪められた――――。






アレシアが部屋を出ていき、部屋にいるのはアルフォンス一人。


彼の表情はもう、“闇の少年”のものだった。


『ねぇ、彼女ってさ。もしかして炎神と同等とはいかないまでも、“人間”の中では一二を争う強さを持ってるんじゃない?』


少年は相棒パートナーの邪神竜に問う。


『そのもしかして、だな。俺様もそう思うぜ。まぁまだ貴様には話してなかったからまさか気付くとは思わなかったがな』


邪神竜もまた楽しそうな声音でそう答えた。


『じゃあそのまだ僕にしてないっていう説明、今して。僕の予想が正しければ……彼女はものすごく良い武器になる。……僕のお気に入りの駒になると思うんだ――――」











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