力の差
「戦闘――――開始っ!!」
その言葉を訓練所中に響かせると、魔法で作った分身である火王は炎に包まれた。
炎が消え、完全に火王の姿がフィールド上から消えた時には、すでにアルフォンスは騎士三人に囲まれていた。
アルフォンスは自分の周りが敵に囲まれている状況に少しも焦ってはいない。
むしろ余裕を感じていた。
――剣に一切手を触れないほどに。
「――なぜ剣を抜かない」
「すでに闘いは始まってるんだぞ」
そう声をかける騎士たちにアルフォンスは微笑を浮かべる。
「――だから?」
「なっ……」
「油断、しないほうがいいよ」
「……は? お前、何言って……」
アルフォンスは騎士たちをそっちのけで、観客席にいる火王にむけ言った。
「ボク、魔法使えないから、首に一筋薄く切り傷つけたらそれで勝ちでいい?」
「……別に構わないが、動けなくなるほどの怪我を負わせるなよ」
「はいはい。……でも少しは傷つけると思うけど、そこはまぁ許してねー」
二人の会話を聞いていた騎士たちは全員、違和感をもつ。
二つの違和感だ。
一つは“魔法が使えない”ということ。
この世界に生を受けた者は、必ず竜と契約を交わす。
そして竜と共存し、その竜の力を借りることによって魔法を使用する。
それなのに、アルフォンスは魔法を使えないと言った。
すなわち竜と契約をしておらず、そして彼が持つ剣も竜のそれではなく“ただの”剣ということである。
そんな例を聞いた者は一人としていなかった。
そして二つ目。
それはアルフォンスの勝利条件が“首に一筋薄く切り傷をつける”ということ。
魔法を使えない者が魔法を使える者に敵うなど、到底思えない。
それなのに首に切り傷をつけるというのはあまりにも難関である。
下手をすれば殺してしまうその箇所に魔法を使うことなく薄い切り傷をつけるというのは、無理だと思わざるを得ない。
それも、三人を相手に、だ。
誰もが、アルフォンスに勝ち目はないと思った。
「くそっ……黙って聞いてりゃ随分となめられてるじゃねぇか」
「っ……行くぞ!!」
しびれを切らした三人がアルフォンスに襲い掛かる。
瞬間、アルフォンスの笑みが深まった――――。
一瞬の瞬き。
その間にすべては終わっていた。
三つの閃光が走る。
そして三人の背後からは鈍い音が聞こえた。
彼らそれぞれの背後には壁がある。
もちろんそれはそれなりに遠いところにあるのだが、そこには一つずつ光る何か。
「はい、ボクの勝ち」
騎士の三人はゆっくりと後ろを振り返った。
そこには小型ナイフが壁に刺さっている。
そして恐る恐るというように首に触れた。
「嘘、だろ……」
「そんな、たった、一瞬で……」
「こんな、やつに……負けた……?」
彼らの手には血がついていた。
首にできた一筋の赤い線、それはアルフォンスの勝利の印。
「おい、勝負、ついたのか……」
「まさか……」
「どっちが、勝ったんだよ……」
「あの新人が、とか、言わないよな……?」
客席からアルフォンスたちを見下ろす騎士たちもざわめき始める。
「……その、まさかだな」
「「「え……?」」」
火王は一瞬姿を消し、そしてフィールドに姿を現した。
そして勝敗を告げる。
「勝者、アルフォンス・レンフィールド!!」
場が静まり返った。
誰もがその言葉を疑い、目の前の状況を信じられずにいる。
そんな中、一人、いつもと変わらないアルフォンスは言った。
「さ、早く次いこうよ。すんごい退屈なんだけど」
騎士たちには、今何が起きているのか、それを理解するのに少し時間が必要だった。
その後も、闘いらしい闘いが繰り広げられることなく勝敗は呆気なくついた。
勝者は、アルフォンス。
最終決戦でも、彼は変わらずの速さと強さを誇った。
唖然とする騎士たちはやがて、“怒り”というものを感じ始めていた。アルフォンスの余裕な態度に劣等感を感じ、そして騎士としてのプライドが傷つけられたからだ。
最後に騎士たちはこんな提案をした。
「アーデント様。もう一度、あいつと闘わせてください。今度は騎士団のトップが相手です。お願いします」
「――だ、そうだ。アルフォンス、いいか?」
火王がアルフォンスに問いかける。
「別に構わないよ。……何度やっても同じだと思うけどね」
そう答え、彼は呆れたような溜息をついた。
そして、言う。
「次は、楽しませてよ?」




