忠告と命令
「お前、やっと戻ってきたのか」
雨は止み、空がようやく明るくなってきた頃。
早朝になって城に戻ってきたアルフォンスを、宰相のアレックがそう言って迎えた。
「何処に行っていた」
「んー……どっか?」
真面目に聞いたはずの質問をいつも通りふざけた答えで返してきたアルフォンスに、アレックは呆れ溜め息をつく。
「……まぁいい。女王様がお待ちだ。……ついてこい」
そう言ってアレックは歩き出した。
そのあとをアルフォンスがついていく。
階段を上って暫く歩き、アレックは一つの扉の前で止まった。
アルフォンスもそれにならい立ち止まる。
その扉は豪華というよりは威厳に満ちており、その前には一人の騎士が立っていた。
「女王様、アレックです。アルフォンスを連れてまいりました」
少し大きめの声でアレックがそう言うと、中から「入れ」という声が聞こえ、そうして扉が開かれる。
「ようやく戻ってきたのか、アルフォンス」
火王が部屋の奥の中央にある椅子からそう言ってきた。
目の前にある机に片肘をおいて頬杖をつき、もう片方の手にはペンが握られている。
机に紙が何枚か広げられており、端には紙が山のように積み上げられていた。
そんな様子を見、アルフォンスはここが王の執務室であることに気付く。
「どーも。遅くなりましたー」
全く悪びれる様子のないアルフォンスに、火王も怒りを通り越して呆れた。
「遅くなった、なんてレベルじゃないだろう。一日経ってるぞ、時間を考えろ、時間を」
「別にいいでしょ、自由に使ったって。ボクの時間なんだから」
「お前一人の時間じゃないだろう」
「ボクだけの時間でしょ」
「…………。……もういい」
溜め息をつきそう言うと、火王はどこからか袋を取り出しアルフォンスに渡す。
「ほら、これ、……受け取れ」
「……なに、これ」
「騎士の服だ。我が国の騎士団【紅蓮の聖騎士団】の一員にお前もなっただろう。お前のその恰好じゃいろいろと不便だからな、これに着替えろ」
「嫌だ、って言っ――」
「言わせない」
次はアルフォンスが溜め息をつく番だった。
火王は有無を言わせない笑みを浮かべている。
「返事は?」
「わ・か・り・ま・し・た」
そう返すとアルフォンスは扉に向かって歩き出した。
「待て」
「今度はなに」
「侍女を待たせてある。ここから出てすぐのところにいるから、そいつについていけ。お前の部屋まで案内してくれる」
「あー。そりゃどーも」
そうしてアルフォンスは執務室をあとにする。
アルフォンスが出て行ってすぐ、執務室に残った宰相のアレックは火王に言った。
「あの態度、注意せずに放っておいて本当にいいんですか。あまりにも女王様に失礼では……」
「いい。あれがアイツなんだ。しょうがないだろ。注意しても、なおるとも思えないしな」
「確かにそうかもしれませんが……」
「ちゃんとした場でそれ相応の言動ができればそれでいい。普段まで縛ろうとは思わない。……ま、ちゃんとした場まであの状態では、さすがに困るがな」
「…………」
眉間に皺を寄せるアレックに火王は苦笑を浮かべる。
だがその笑みが消え、厳しい表情になった。
ペンを置き、両手を組む。
その表情にアレックもすぐに気持ちを切り替えた。
「それよりも、だ。……アレック、少し頼みたいことがある」
「はい、なんでしょうか」
少し間をおき、そして声を僅かに小さくして火王は言う。
「――アルフォンスに注意しろ。……何か異変があれば報告してくれ。どんな小さなことでもいい。
――――あいつは、“異例”だ」
「――異例、ですか……?」
アレックは火王の言葉に、少し戸惑ったようにそう言った。
「あぁ。お前もそのうちわかるだろう。とにかく注意してくれ」
「……わかり、ました」
時は戻り。
アルフォンスが火王の執務室を後にし廊下に出ると、すぐそばに女がいた。
「お待ちしておりました、アルフォンス様」
その言葉から彼女が火王の言っていた侍女であることを察し、アルフォンスはあの読めない笑みを浮かべる。
「案内、してくれるんでしょ?」
「はい」
「ん。じゃあよろしく」
アルフォンスがそう言うと、その侍女は軽く頭を下げそして歩き出した。
そのあとにアルフォンスも続く。
「ここです」
階段を下り廊下の最奥にあるドアの前までくると、侍女はそう言って頭を下げた。
「どーも」
それだけ言ってアルフォンスはドアを開ける。
「アルフォンス様」
「なに」
「騎士の服に着替え終わりましたら、執務室にくるよう女王様のご命令です」
「は? また行くの?」
「はい」
「……わかった」
小さくため息をつきそう返すと、アルフォンスは部屋の中へと入りドアを閉めた。
部屋の中はベッドや椅子、机などの生活に最低限必要なもののみというとても簡素なものだった。
アルフォンスと同じ騎士という位の者の部屋はどれも最初はこうであり、ここから徐々に生活感のある感じになっていくのだろう。
だが彼にはそうなる理由がなかった。
彼にとって“部屋”というものはそれほど必要なものではない。
“あったらいい”という感覚の軽いものである。
何故ならアルフォンスには“住む”という意識がないからだ。
そんな彼にとってこの簡素な部屋は丁度いいものだった。
「さて。着替えなくちゃね」
『めずらしいな。お前が他人の言うことを聞くなんて』
「別に、言うことをきいたつもりはないよ」
アルフォンスはそう言ってベッドに腰掛ける。
「せっかくもらったんだし着たほうがいいでしょ。それにこれ着たほうがいろいろとやりやすいしね」
そうして火王からもらった騎士の服に着替えた。
『お前、早速着崩すんだな』
「あんま、きっちりしたのは好きじゃないからね」
相棒の邪神竜が言ったように、アルフォンスはもらったばかりの騎士服を着崩していた。
常につけている首飾りは例外なくつけられており、上着は黒いシャツの上に羽織るような感じで袖に腕を通すことなく肩に引っかけるように着ている。
少し大きめのそれは、邪神竜が変化した姿の小型武器を隠し持つのに丁度良かった。
腰には何の変哲もない剣を差し、姿は一応騎士として見ることができるが、まさか彼が入ったばかりの新任とは思わないだろう。
「さーて。火王様のところに行きますかー」
そう口にするとアルフォンスは自室を出て火王の執務室へと向かった。




