ソフィアとノア ※一人称
今回はいつもと違い、一人称でいきたいと思います。
闇の少年目線です。
懐かしい夢を見た。
酷く優しく、酷く穏やかで、――――酷く残酷で、悲しい夢。
『……――ア、……ノア』
ノア――、僕をそう呼ぶのはただ一人。
僕にその名を与えてくれた、彼女だけだ。
『見て、このお花。すごく綺麗でしょう?』
無邪気で花が咲いたような笑みを浮かべながら、彼女はそう僕に問いかける。
薄く桃色がかったその花は、確かに綺麗だったがどこか儚い印象を僕はもった。
『わたし、このお花、好きなんだ』
そう言って僕に差し出してきた。
よく見れば見るほど、僕はその美しさに見入った。
そして、彼女に似ていると、ふと思った。
『なんか、ソフィアに似てる』
『そう?』
『うん。だってソフィアって、すごい綺麗に笑うじゃん」
素直にそう言えば、彼女は驚きに目を見開きやがて頬を薄く紅に染め、照れたように『ありがとう』と言った。
『何照れてんの』
『ノアのせいっ』
彼女はすねるように頬をふくらまし僕から目をそらす。
そんな彼女の頬を両手で包みこむようにして触れ、自分のほうにむかせた。
『っ……』
『すごい顔真っ赤。熱いよ』
『うううるさいっ』
そう言いつつも抵抗をしない彼女を、僕は素直に好きだと思った。
そして、守りたいと思った。
唯一僕に対して普通に接してくれた人。
絶対に失いたくなかった。
それなのに。
『貴様、闇の者をかくまっていたな。闇の仲間だったのか、裏切り者』
『違う……彼は、悪い人じゃないの。すごく優しくて、とても温かい人なの』
僕の存在がバレて、国の騎士が家に押しかけてきた。
この屋根裏は秘密基地のようなもの、簡単には見つからない場所だった。
彼女は自分の身が危ないというのに、僕のことを庇っていた。
何て馬鹿なんだと思った。
僕はじっとしていられず、屋根裏から飛び出す。
玄関まで行くと、彼女の目の前にいた騎士の男は剣を鞘から抜き放ち、それを彼女の首に向けていた。
僕はそれを見た途端、何も考えらなくなった。
あれはきっと、ただ脅していたにすぎなかっただろうに、僕は殺そうとしているようにしか見えなかったんだ。
僕は当時魔法は使えなかったが、その分を技術で補っていた。
剣の技術だけなら、誰にも負けない自信さえあった。
僕は常に身に着けていた何の変哲もないただの剣を鞘から抜き、片手で彼女を庇うように自分の背後にやると、剣を騎士の喉元めがけて薙ぎ払った。
瞬間、鮮血が飛び散る。
その騎士はその場に倒れ込み、もう二度と動くことはなかった。
『お、お前が闇かっ』
裏返る声でそう言ったほうに目を向ける。
『ひっ……』
恐怖に満ちたその目を見た瞬間、僕の身体は勝手に動いた。
ただ、彼女を殺そうとした彼らに対する憎しみに突き動かされる。
僕は、我を失った――。
『――もういい』
そんな言葉と共に僕の体は優しい温もりに包まれた。
それが彼女のものだと気付いたとき、僕は我に返った。
血塗れた剣に恐怖し、思わずそれから手を放す。
恐る恐る周りを見渡せば、そこには何人もの騎士たちが血を流し死んでいた。
自らの手についた血を見て、自分がやったのだと知る。
『もういい……もういいよ、ノア』
僕を抱きしめる彼女の声が震えている。
泣いているのだと、僕は気付いた。
『早く、逃げよう』
そう言って僕の手を引っ張り、彼女は走りだした。
――どれほど走ったか。
遠く離れた誰もいない森の中で立ち止まると、彼女は僕の頬や手についた血を必至に拭いとった。
穢れを知らないその真っ白な手で。
『ノア』
僕の名を呼ぶ彼女の頬は涙にぬれていたけれど、彼女が好きだと言った花によく似た色をしたその瞳は、まだ光を失ってはいなかった。
『きっとすぐに、他の騎士たちがわたしたちをつかまえにくる』
『……でも僕が守るから。絶対。この手も、離さないから』
『うん』
『ソフィアも、絶対離さないで。約束して』
『……うん』
少し、迷うような間を含んだ後彼女は頷く。
そして言った。
『でも、もしかしたらバラバラになっちゃうかもしれない。でも、またきっと……絶対、会えるから』
そう言うと、彼女の目に涙が溢れその頬を伝う。
僕はそんな彼女に違和感をもつものの、ただそれに頷いて、そっとその涙を拭うことしかできなかった。
『じゃあもしバラバラになったとき。また会うときは、いつかの今日だ』
『今日は丁度、私たちが初めて会った日だしね』
『そういえば、そうだったね。……何年後でもいい。あの屋根裏で会おう。……約束』
『うん、約束』
その直後、追ってきた騎士たちが僕らの名を呼び、捕まえに迫ってきた。
――――その時。
彼女は裏切った。
とても優しい、裏切りだ。
繋いでいた手を放すと、彼女は僕にむけて魔法を唱えた。
その魔法は転移魔法。
『ソフィア――?!』
僕の視界が徐々に白くなっていく。
『ごめん、ノア。二つ目の約束は、ちゃんと守るから。……ごめんね』
そう言って、彼女は微笑んだ。
儚く、綺麗な、微笑み――――。
その二つ目の約束さえ、彼女は守らなかった。
――守ることができなかった。
守る前に、彼女は――
――――死んだ。
彼女は最期も、優しい微笑みを浮かべて『ごめんね』と、そう呟いた。
二度と、会うことはできない――――。




