Wheel 1
「レイク、あんたやっぱりプロだよ。さすがに俺たちとは違うわ」
久しぶりに地元のバンドに参加した後の恒例飲み会で仲間のマイクが言った。
演奏が目的か飲むための演奏かどっちかわからないけど、ちょっと腹の出た気のいい連中との集まりは愉快だった。
「やめてくれよマイク」
ビールを飲みながらレイクは笑った。
「なんでだよ、俺だったら自慢するけどな。『ロートレックのレイク・ギルバートは俺の親友だ』これでロック好きのかみさん落としたくらいなんだぜ」
「じゃあ今夜のビールはマイクのおごりだな。そういえばキャシーの具合はどう?」
「早期だったから全摘でピンピンさ。残念ながらもう子供は作れないけどな」
「孫もいるのに現役かい? ごちそうさま!」
レイクはマイクの胸に軽くパンチを食らわせた。
「レイクは再婚しないのか? もうルイーズも許してくれるって」
「あはは、今さらめんどくさいよ」
「俺たちと違ってレイクはまだまだいけるのに、もったいないな」
これまでどこの場所でもルイーズの話になると急に気まずくなることが多かった。相手がレイクに気を遣いすぎるのだ。いつしかそんな場面にも慣れてしまったが、それだけ彼女の事故はショッキングだったということか。
だから妻の死の真相もその後の生活もすべて知っていて、それでも変に気を遣わなくてもいい、遣わせなくてもいい地元の友人は貴重だった。
マイクの話にもあったように一時期、レイクはロックバンド「ロートレック」に参加していた。交通事故で急死したメンバーの代わり、サポートメンバーとしてだったがヨーロッパツアーにも参加した。そのまま正式メンバーにと乞われたが諸事情があってファンにもメンバーにも惜しまれつつバンドを去った。短い期間だけの参加だったが数枚のアルバムには彼の演奏が残っている。
しかし当時、地元ではちょっとした騒ぎだったらしい。だから40年近くたった今でも幼なじみからは『ロートレックのレイク・ギルバート』と呼ばれたりもするのだ。もちろんロートレックはすでに解散し伝説のロックバンドのひとつになっているのだけど。
息子たちは自分が生まれる前の話には興味はなさそうだし、ましてやマイクが言うほど自慢したい話ではない。聞かれれば答えるが自ら話すような過去でもない。
レイク自身は今でも演奏するのは好きで指もまだまだ動くが、ふたりの息子たちにはどうやら音楽の要素は遺伝しなかったようだ。長男イーサンの容貌には確実にレイクの遺伝子が認められるし、二男のエヴァンに至っては困ったことに、もっとやっかいな遺伝子が受け継がれたようだ。
そのエヴァンが物書きとして初めて賞をとった。ゲイを世間にカミングアウトして生きていける時代になったのだな、とレイクはしみじみ思う。そんな息子を父親として誇らしく思うと同時に胸のいちばん深いところがかすかに痛むのも確かだった。