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天は二物を(「魔法使いの弟子」後日譚その1)

天は二物を(「魔法使いの弟子」後日譚その1)



「ねえ、祥子さん」

「はい?」

「そろそろ今日行くところ教えてくださいよ?」

「ふふふー、実はまだ決めてないの」

「ちょっと地図見せて……って! 何で全国版しかないんですか?」

 祥子さんは俺の質問に嬉しそうに顔を輝かせた。

「だってこの地図があれば、どこでも好きなところに行けるでしょ!?」

「そういう台詞は、地図を読めるようになってから言って下さいっ!! どうするんですか、今日の宿は」

「もう、コーキくんは心配症ねぇ」

 

 天が祥子さんに与えたのは器用な手先と決断力。与えなかったのは地図を読む才能と判断力。

 祥子さんと俺は、祥子さんの運転で初めての旅行に来ている。付き合い始めてからのこの二ヶ月、会えない週末に何をして過ごしたか聞くと、たいてい祥子さんは「うーん、車でふらふらと」と答えた。

 ……でもまさか本当にふらふらと迷ってたとは思わなかったよっ!!

 

「お願いだから、カーナビつけて下さい。俺は祥子さんがいつもどうやって家に帰るのかものすごく心配です」

「大丈夫よ。周りの人も教えてくれるし」

「いいですか、祥子さん。最近のナビは優秀なんです」

「うん」

「どこにいても『自宅へ帰る』って言えば、自宅までのルートを教えてくれるんです」

「素敵。『オズの魔法使い』みたい」

 本当に祥子さんは浮世離れしたところがあって、見た目もそうだけど中身もとても30歳とは思えない時がある。それもしばしば。俺は無駄だとは知りつつも祥子さんを説得しようと試みたが、まるで相手にされなかった。

「あっ、あっち晴れてるみたいだから、あっちに向かって走りましょう」

「祥子さんっ!!」

 

 俺のかなり必死な叫びに、祥子さんは車を道の端に寄せた。そしてハザードランプを点滅させると俺に向き直った。

「浩輝くん。あのね。私はこの車を愛してるから、この車にオンダッシュのいかにもポン付けしましたっていうナビはつけたくないの。それにこの車のハンドルを握ってるだけで楽しいから別にどこに行っても構わないの。だから、ナビにあっちに曲がれこっちに曲がれ言われて走るより、面白そうな道を見つけて『あれー? こっちに走っていったら何か楽しいことがあるんじゃないかなー』って、そういう気持ちを大切にしたいの」

「それで、今みたいに迷子になったらどうするんですか?」

「んんー……キスしようか!」

 とってもいいことを思いついたという顔で、祥子さんがそう言った。

 

 ……結局、いつもこのキスにごまかされる。祥子さんは柔らかくていい匂いがしてキスした後はいつも色っぽい溜息をつく。今日もその溜息に俺は負けてしまった。

「祥子さん、早く泊まるところ決めましょう。どこでもいいから。布団のあるところなら」

「布団のない宿があったら大変ね」

「からかわないで下さい」

 いつもそういうことばかり考えてるわけじゃないけど、俺はそういうお年頃だし男なのでいつも祥子さんに余裕なく迫ることになる。

「しょうがない。魔法使いに聞いてみるか」

「えっ?」

 祥子さんが、後部座席に置いたバッグに手を伸ばして、中から小さなノートパソコンを取り出した。

「何やってるんですか」

「え? 携帯電話を接続して地図情報を表示してるの」

「……そんなもの持ってるなら最初から使ってください」

「これはナビと違って道案内はしないのよ。……やったわ、浩輝くん! 10キロ先に温泉宿があるわ。今日は浴衣でまったりしっぽりよ!」

 途中でまた道に迷いつつ温泉宿に着いたときにはもう日が暮れていた。飛び込みで泊まれたからよかったものの、ここがこの辺りで唯一の宿だと聞いた俺は祥子さんの無計画っぷりに眩暈がした。祥子さんは夕飯のメニューで鹿だの猪だの出ると聞いて大喜びで、俺の心配など気にもとめてないみたいだった。

 

 俺は鹿や猪よりも布団と祥子さんにありつけたことが嬉しかった。ということで夕飯の後、布団を敷いた仲居さんが出て行くのを待ちかねてまったりしっぽりを迫った。祥子さんがこういう時に素直なのはとてもいいと思うのだが。

 

「祥子さん、また目開けてる。恥ずかしいから見ないで下さい」

「見たい。佐川急便のお兄ちゃんみたいに爽やかなコーキ君が、こういう時はちゃんと男っぽい顔するんだなぁって嬉しいんだもの」

「駄目です。ほら、後ろ向いて。こっち見ない」

 

 朝方。祥子さんが部屋の中を動く気配で目が覚めた。祥子さんは浴衣に丹前をはおっていた。

「祥子さん?」

「ごめんね。起こしちゃった? 温泉入ってくる。せっかく来たんだし」

「あっ……待って、しょーこさん。そのっ、温泉はちょっと」

「どうしたの?」

 祥子さんは不思議そうな顔で俺を見た。

「ごめん。昨夜キスマークいっぱいつけちゃった……」

「ええーっ!?」

 祥子さんは最初そう叫んで、それからにやっと笑って言った。

「じゃあちょっと見せびらかしてくるか!」

「祥子さん、勘弁して下さい!」

 俺は笑いながら逃げ出そうとする祥子さんを捕まえて、無駄と知りつつ説得を試みた。

「祥子さんの決断力が人並み外れて素晴らしいのは認めます。本当です。でも祥子さんの魔法使いだか神様にお願いして、そっちを少し削ってもらってその分を判断力に回してもらってください!」

「ああ、ごめん。そっちは外部接続なの」

「えっ?」

「ほら、ここに」

 そう言って祥子さんは、再びにやっと笑って俺を指差した。

 

end. (2009/03/13サイト初出)

「魔法使いの弟子リターンズ」へ続きます

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