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姉の告白(姉が結婚しようと思ったきっかけは意外なものだった)

姉の告白(姉が結婚しようと思ったきっかけは意外なものだった)



「姉ちゃんがさぁ」

「うん?」

「結婚しようと思ったきっかけって何?」

「お茶漬け」

「……金箔でも入ってた?」

 思わずそう訊くと、姉は声をたてて笑った。


* * *


 七年前に嫁いだ姉は近所でも評判の美人だった。

 近所の評判なんていうのは居酒屋の酎ハイ並みに水増しされてるんじゃないかと疑われるかもしれない。でも姉に関しては信じてもらっていい。

 通学路にある男子校の校舎が(地盤沈下で)道路側に傾いたために「傾校の美女」と呼ばれたのも、道ばたで見知らぬイケメン美大生から絵のモデルになってくれと頼み込まれたのも、完成したその絵に一目惚れしたお金持ちが姉にプロポーズしたのも全部本当の話だ。数々の逸話は近所のおばさんによって今もことあるごとに拡散されている。

 姉の絵を描いた美大生、立川さんは件のお金持ちの後援をうけて海外留学を果たし海外の有名な賞を取り、今ではちょっと知られた画家になっている。

 そしてこのお金持ちというのが姉の旦那、俺の義兄にあたる壮介さんだ。

 出会いのきっかけとなった姉の絵は結納品のひとつとしてうちの両親に贈られ、お宮参りや七五三の写真、マラソン大会の賞状などと一緒に元の姉の部屋に飾られている。『姉記念館』みたいになってる部屋は身内ながらどうかと思う。正直引く。


「いつだか画家の立川さんの見送りに、空港まで行ったの覚えてる?」

「うん」

 姉は立川さんが留学するとき空港へ見送りに行った。当時小学生だった俺も一緒だった。

 姉に飛行機を見に行こうと誘われてついて行ったら、モノクロ写真が似合いそうな彫りの深い顔の、芸術家タイプの男がいた。それが立川さんだった。

 お邪魔虫の自覚があった俺は少し離れた場所で飛び立つ飛行機を眺めていたから、二人がどんな会話をしたのかは知らない。立川さんはそのまま異国の地で画家への道を歩み、姉はさっさと玉の輿に乗って嫁に行った。

「姉ちゃんと立川さんってさ、あの頃付き合ってたの?」

「付き合ってたわけじゃないけど……あのとき立川さんに『待っててくれ』って言われたわ」

 変な声が出そうになり、あわてて空気をごくりと飲み込んだ。そんな気配がなかったわけじゃないけど、やっぱりあの時、空港では俺の知らないドラマが進行していた。

「でも壮介さんはっ?」

「まだお付き合いする前よ」

 ちょっと安心。

 それはともかく。

「それで?」

 姉はどこか懐かしむような笑みを浮かべていた。

「突然すぎて何も言えずにいたら、立川さんが『画家としてやっていける自信ができたらすぐ迎えにいく』って言いだしてね。

 ――それを聞いた時に、何故か急に壮介さんのお茶漬けの話を思い出しちゃったの」


 だいぶひっぱられたがここでようやくお茶漬けの登場だ。


「お茶漬け?」

「そう、お茶漬け。……壮介さんね、どこへ行っても接待でその土地のご馳走をふるまっていただくらしいんだけど、どんなに珍しいものでも、というか珍しいものほど食べ慣れないものでしょう。醤油も味噌も、お出汁も違うし。『珍しいものをわざわざ用意してくれて』とは思ってもやっぱりそれが続くと食べ疲れるんですって。残すと口に合わなかったんじゃないかって心配されるからって気をつかって全部食べて、それでやっとうちに帰って食べるチープなお茶漬けとたくあんが一番おいしいんだって言ってたの」

 お金持ちも楽じゃないんだな。

 子どものいない姉は壮介さんが出張の時によくデパ地下で話題のスイーツや惣菜を手土産に実家に遊びに来る。何故か大トロの味がする牛肉とか、見たことも聞いたこともない謎の野菜が入ってるサラダとかを食べるたびに姉と俺は本当に同じ国に住んでるのかと疑いたくなる。そういうものを食べ慣れているはずの壮介さんがうちでただのお茶漬けをおいしく食べてるっていうのはちょっと意外だ。

「そうやって壮介さんが頑張ってご馳走食べて稼いだお金で留学させてもらうっていうのに、立川さんは早く成功して女を迎えにいこうとか考えてるんだと思ったら妙にイラっとしてね。壮介さんが可哀想になっちゃったの。それでつい立川さんに『そんなこと考えてる暇があるならもっと絵に真剣に打ち込んでください』って言っちゃった」

「うわぁ、きっつ」

「帰り道もずっと、壮介さんが一人でお茶漬け作ってしみじみしながら食べてる姿が頭から離れなくて。それくらい私が作ってあげるわよって思っちゃったのよね。付き合ってもいないのに」

 世間的にみれば壮介さんはぜんぜん可哀想じゃない。お金持ちで仕事も順調で、絵の中の女性に一目惚れをして、絵を描いた画家を金の力で遠くに追い払い、モデルとなった姉を口説いて結婚まで持ち込んだ、見方によってはごつい悪役ポジションだ。しかし姉はそんな壮介さん(の想像上の姿)にきゅんとなってしまったらしい。我が姉ながら、かなり萌えポイントがニッチだ。


「立川さん振ったの惜しかったなーとか思うことない?」

 最近テレビや雑誌で、海外で活躍するイケメン文化人みたいなポジションの立川さんを見かける。壮介さんは育ちのよさそうなのほほんとした顔の紳士だが、イケメンというには色々足りない。生活の安定という意味では壮介さんに軍配があがるが、わざわざ空港まで見送りにいったくらいだ、姉も立川さんに何かしらの思いはあったんじゃ……

「ない」

「全く?」

「全く。あの人、この前会った時もまだ『今の僕なら君をさらって逃げることもできる』とかぬかしてたわよ。支援者の妻をさらって逃げて、まだ画家としてやっていけるとか何を思い違いしてるのかしらね。私が個展に顔を出したのだって壮介さんの名代としてなのに、芳名帳に葉山壮介(代)って書いた意味が分からなかったのかしらね」

 姉の周囲に真っ黒い瘴気が見える。

「た、たぶん留学した国が悪かったんだよ」

 俺は苦しい弁護を試みた。きっとフランスでは既婚者を口説くのも許されるんじゃないかな、よく知らないけど。

「才能があるのは認めるけど、あの無自覚に自分が世界の中心だと思ってるみたいな言動がいちいちイラっとくるのよね」

「その才能を見出した壮介さんは流石だよね」

 姉の口角が少し上がる。

「そうでしょう」

 ありがとう壮介さん。姉のダークサイド堕ちは愛の力で防がれました。 


 ……よく考えると姉ちゃんに作らせたチープなお茶漬けを食べてほっとできる壮介さんはかなりの大物だ。姉といると緊張してぎくしゃくする男が世の中の大多数なのに。

 壮介さんが家に帰ると、きっと顔に似合わずズボラな姉は冷やご飯にお茶漬けの素をざかざか振ってポットのお湯を注ぐんだろう。つけあわせのたくあんは多分デパ地下の老舗漬物屋の、ときどきうちにも持ってくる奴だ。

 しみじみしながらお茶漬けを食べる壮介さんとそれを見守る姉の想像上の姿は、なんだかとてもいい感じだった。そう考えると、お茶漬けをきっかけに結婚を決意した姉はわりといい勘してたんじゃないかと思う。


* * *


「ところで付き合ってもいないところからどうやって結婚までたどり着いたん?」

「プロポーズお受けしますって」

「はっ?」

「付き合ってはいなかったけど、プロポーズされてたから」

「はっ!?」


end.(2013/11/03サイト初出)

この話はオンライン文化祭に参加したご縁でイラストとコミカライズを頂いています。自ブログの紹介記事へのリンクを7月18日付けの活動報告に貼っておきます。

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