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すれちがい(「ツーリングを少々」大里さん視点の番外編その二)

すれちがい(「ツーリングを少々」大里さん視点の番外編その二)



「ありえなくないですか!?」

 と、熱を込めて語っているのは大里の職場の後輩であり、バイク仲間でもある岡本珠緒だ。彼女には珍しく憤りを隠さないのは、やつあたりではなく大里に共感してもらいたいという強い思いがあるからだろう。


 ついこの前、飲み会の会費回収でもよく似た台詞を別の後輩女子が口にしていたが、その言葉にはもっとざらざらした棘を感じた。あれは男女別の会費の差をもっとつけろという要求の方が前面に出ていたせいか。それとも単純に声の出し方が乱暴だったせいか。


 その時とは違い、目の前の珠緒の訴えはただのわがままではない。切実な問題でもあっただろう。

 ただし訴えている本人が穏やかなせいか、内容と本人の醸し出す雰囲気とのギャップのせいか、聞く方は内容よりもそのむきになる姿に注目し可笑しみを感じてしまう。

 なるほど。たまちゃんのおっさん人気はこのあたりが原因なんだなと、大里は冷静に分析しながら黙って彼女の主張を聞いていた。


 大里がそんな分析をしているとも知らずに珠緒が訴えているのは、出たばかりの道路地図についてだ。

 カーナビゲーションやモバイル端末の普及に伴って、冊子型の地図売り場は年々その面積を減らしている。そんな中で新しく出たライダー仕様の地図に、彼女は大きな期待を抱いていたのだという。

 行きたい場所が決まっていれば走るべき車線に加えて渋滞や事故情報まで反映してくれるナビはとても便利なのだが、オートバイでは幹線道路ばかり走ってはつまらない旅になる。面白そうな道を捜して横道に逸れるにはタンクバッグに広げたまま収納して信号待ちのちょっとした時間に見られるサイズの小さい地図が最適なのだ。

「全国版ですよっ。それでキャンプ場が載ってないとかいったい何の意味があるんですかね!」

「縮尺に合わなかったんだろうな。最近はキャンプ場も携帯で検索すれば探せるし」

「でも、圏外で頼みの地図開いてキャンプ場が載ってなかったら困るじゃないですか」

 珠緒の言うとおり、馴染みの三角テントマークが無理でも極小の三角でも載せておいてくれたら助かるライダーが何人もいるだろう。しかし繰り返しになるが、紙の地図の需要は年々減っている。その中で最新の道路が載った全国版地図を刊行した出版社は頑張っていると大里は思う。

 どちらの味方もできない大里がどう答えようか迷っていたところに、タイミング良く胸ポケットに入れたスマフォが震えた。


「ちょっとごめん」

 着信が地元の友人からだと確認した大里は、ひとこと断って電話を受けた。

『雄二、お前いつ戻ってくるの?』

「今日の夜」

『今どこよ』

「刈谷……の」

 そこで大里はちらりと珠緒を見てから続けた。

「観覧車の中」

『観覧車!?』

 友人はおうむ返しから畳みかけるように叫んだ。

『まさか女連れ!?』

「そーゆーことで」

 相手の返事を待たずに電話を切った大里は、向かいに座って景色を眺める連れを眺めた。

 狭いゴンドラの中。先程の友人の叫びはほぼ確実に珠緒の耳に届いている。しかし彼女は体ごと横を向いて、聞こえなかったと全力でアピールしている。

 大里の連れの女にはなりたくないらしい。


 誰かに連れまわされるタマじゃないってか。

 たまちゃんのくせに。

 彼女がこちらを向いていないのをいいことに、大里は一瞬にやりとした。


「髪まだ濡れてる。悪いね、急がせたみたいで」

 そう声をかけると、大里の予想どおりに珠緒はあわててこちらに向き直った。

「いえっ、そんなことないです。洗面台が混んでたんで、早めに出てきただけですから! 大里さんは全然悪くないですっ」

「いつも風呂上りのくつろいでるとこに来襲して悪いとは思ってるんだよ」

 大里は言葉とは裏腹な悪びれない顔で言った。ツーリング中の彼女に会うのはこれで二回目だが、どちらも彼女は風呂上りだった。とはいえ、自分に会うために身綺麗にしてきたと思うほど大里はうぬぼれていない。温泉をみれば入りたくなるのはツアラーの習性だ。


 ここは伊勢湾岸道路の刈谷ハイウェイオアシス。高速道路上にある休憩所のひとつだが、天然温泉もあれば観覧車もある。

 東京へ帰る珠緒はこれから東へ、実家へ帰る大里は西へ向かう。

 同じ日に同じ場所を通るなら途中で会おうと、上下線から入れるこの場所で待ち合わせをした。大里より早く着いた珠緒は時間調整も兼ねて温泉に入っていたらしい。


「ツーリングの話聞かせてよ。どうだった、四国?」

 大里が旅の話題を振ったとたん、珠緒の顔がぱっと輝いた。

「讃岐うどん、それと鰹の美味しいの食べました!」

「ああ、うまいよな」

「讃岐うどんを食べたのが、高校生のアルバイトっぽい女の子たちがたくさんいるお店だったんですよ。釜揚げうどんの大を頼んだら、しばらくしてまた戻ってきて『大は四玉ですけど大丈夫ですか』って」

 珠緒がその光景を思い出したようにころころと笑った。

「さすがうどん県。讃岐人って絶対うどん用の胃がもうひとつついてるよな」

 大里も笑って、それから訊いた。

「四国、走りにくくなかった? 車の挙動が違うでしょ」

「そうでした! 確かに、何かいいところでスピードが乗らないっていうか」

「長い間本州とつながってなかったからかなぁ。本州でも場所によって車の挙動って違うけど、四国は走りが独特な感じがする」

「でも楽しかったです! 思ったより時間かかっちゃって端まで辿りつけなかったから、また今度ちゃんと高知に行きます。クジラグッズもあっちの方が充実してるみたいなんで」

「おお、出たクジラグッズ」

 笑いあっているところへ、降車のアナウンスが流れる。

「降りるか」

「はい」

 名残惜しさのかけらもない返事にほんの少し心残りを覚えつつ、大里は先に席を立った。


 職場で決まった一斉連休のA日程とB日程、その二つが重なる週末の、ほんの一瞬の邂逅。

 現地集合、現地解散のこれはデートにもならないだろう。


「野の百合っていうより、逃げ水だよなぁ」

「はい?」

「何でもない」


end.(2013/06/09サイト初出)

このシリーズは続きを書く予定ですがまだ書いてません。とりあえずここまで。

明日はまた一話完結ものをアップします。

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