人間と妖精
「…っし!これで終わりっと!」
そう言うと金髪の彼は救急箱を元の場所に戻すため、立ち上がる。
彼…ルシアの提案で私はルシアが働く店へと来ていた。
…彼はいい人だ。
信用してもいい…。
私の中のもう一人の“わたし”がそう言ったような気もした。
「…ありがと…」
私は素っ気なく返事を返すだけ。
やはり、人間とはいえそんなに簡単に信用したらバチが当たる…。
矛盾していると思いながらもその考えを突き通す私。
「…そいつは大丈夫なのか?」
そう言うと、ルシアはルナに手を伸ばす。
…肝心なことを忘れていた…。
「あ、ダメ…!!」
「いてっ!」
声を発したが、時すでに遅し。
ルシアはルナの刃に挟まれた。
「…この子、分からないけど…私以外の人にはあまり懐いてくれないんだ…。」
「…大丈夫か?」
よっぽど沈んだ顔をしていたのか、気を遣われてしまった。
私は彼の腕から離れたルナを宥める。
「…うん。多分…この子も酷いことをされてきたんだと思う」
一度話し出すと、止まらなくなる。
「…この子もって…。オマエ、何かされてきたのか!?…もしかして、今回の事もそれが関わってるのか?」
私の顔を遠慮がちにのぞき込んでくる。
…真剣に私の話を聞いてくれる彼。
「…ルシア、私のこと妖精?って聞いたでしょ?…私は妖精と人間のハーフ。あいのこってこと…!」
「……。」
黙り込んでしまった。
勢い余って言ってしまったが…。
彼ならちゃんと分かってくれる…。 そう、どこかで思っていたのだろう。
「…ハーフ…だと?」
「うん…」
「…何でそんな震えてんだ?」
…そこには小刻みに震える手足が映った。
気づかぬうちに、私は恐怖を感じていたのだろう。
信じてくれるだろうと、心の中で思っていたとしても結局は同じ人間。
身体は仕打ちを忘れてはいなかった。
「…ハーフってことで、何回も追いかけ回されて、何度も傷も負わされたの…私、最初、ハーフが人種差別の最大の対象って知らなくて…」
「もう話すな。言いたいことは大体分かっから…」
そういった彼は私の横に来て、頭を撫でた。
「…この世はおかしいよな…。何で意味のねぇ法律作って…何が楽しいのか、俺は納得できねー」
私を励ますために言ってるのか、自分の心の内を私に聞いてほしいのか…。
でも、私はその言葉に救われた。
疑問が確信に変わる。
ルシアを信じていい。
この人なら、私を差別したりしない。
「…ルシアは…本当に優しいね」
「…初めて言われたな。ありがとさん」
微笑んだ私に対して、照れくさそうに頬を赤らめるルシアは私よりも年下に見えた。
「…それと、オマエは笑ってろ?そっちのがいい。」
そう言って微笑みかけてくれた彼。
私は彼の瞳から目を反らせなくなった。
金髪の赤い瞳のルシア。
背も高いし、女の子たちにも人気だろうな…と思っていたら…
「この髪飾り…綺麗だな。」
「あ…」
いつの間にか、彼の手は私の頭にある髪飾りにあった。
「…これ、お母さんの形見なの…」
私は髪飾りを外し、彼の手に乗せる。
ルシアは珍しいものでも見るようにその髪飾りをまじまじと見た。
「これ…魔石か…?」
髪飾りの中心に埋め込まれた赤い宝石に目を付けた。
それは“魔石”という、宝石に魔力が秘められたらとても価値が高いもの。
今入手することは困難となっており、誰もが探し求めている。
「まさか、これのせいで…?」
魔石を指差しながら言う。
勘が鋭いのは感心してしまう。
「うん…話すと長くなるんだけど…」
「いい、話して」
おずおずと話す私に、キッパリと、堂々と言ったルシア。
何故か、彼の言葉には安心してしまう。
私は、ルナを撫でながら話し始めた。
「…この髪飾り、本当はどこかの宝物庫に封印されていたらしいの…。ここにくるまでに、色々な街や村を旅してて…。これについての歴史を調べていたところだったんだけど…」
私は森での出来事を思い出す。
「鑑定士の人たちに見てもらったら…」
「これが魔石だって分かって追われたってことか…」
「うん…」
体の傷を触りながら泣きそうな声で言った。
「私は、お母さんの言ったことを守りたいの!自分の為ってことも少しはあるけど…。でも、最期に言われた、お母さんの願いだから…」
しかし、真剣な瞳、口調で言うアーミアはさっきの泣きそうな声ではなかった。
ルシアは何かを考えているよう。
そして…
「…次はどこいくつもりなんだ?」
「まず、ここで情報収集をして、ここから南下って行くつもり」
こうやってしっかりとした考え彼女の真剣さを表しているようにも思える。
「んじゃ、ここでは俺に任せろ」
「…え?」
ルシアの言葉にキョトンと目をまん丸くするアーミア。
「お前より、ここに住み慣れた俺の方が的確だろ? 結構知り合いもいるからな。…それに…」
言葉の途中に彼はアーミアの腕の傷に手を伸ばす。
「オマエを傷つけさせないためにも」
「……!」
やはり…彼女は思った。
『…ルシア…ありがと…』
目を閉じて幸せな気持ちを感じた。
「んじゃ…今日はもう、遅いから明日な」
気づけば部屋が茜色に染まっていた。
そんなに長く、この部屋にいたのだろうか…。
「…帰るか、俺の家に。」
アーミアはまた目を丸くした。
「ルシア、家あるの?」
「なんだよ、オレをそこらへんの奴らと一緒にするな」
少し傷ついたのだろうか、力無く立ち上がるルシア。
「…ま、おいで。」
「…うん」
ルシア出された手を取るアーミア。
そして思った。
『ルシアって…彼に似てる…』
昔を思い出していたアーミアの頭上には茜色の空が広がっていた。




