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スカウトヒーロー

作者: ひさまた病

「なあ、もうそういうのは辞めようぜ?」

 嘆願するような言葉は、果たして俺が発したものだった。

 場所は校舎裏の閑散とした空間。いじめっ子を呼び出したり、告白したりするにはうってつけの場所だ。

 状況は、俺の同級生――二年のワルで評判という、今のご時世嘲笑の対象にすらなりそうな三人組が、一人の丸っこい太った男の子を囲んでいる。

 誰が見てもいじめの現場だ。俺が警察官なら現行犯だぜヒャッホウ! とノルマ達成に勤しんでいるに違いない。

「お、おいサエキ」

「あいつらはやめとこうぜ……良い評判聞かねえよ……」

「そりゃ良い評判の不良なんか居ねえだろ」

 俺のうしろで、俺を必死に止めようとする友人。いい奴らだまったく、面倒事になりたくないならさっさと逃げようものなのに。

 まあまあ、だが俺は退く訳にはいかない。

 なんにしろ、弱いものいじめはダイッキライだったりするからだ。

 そして、俺を変えるための、正念場だったりもする。

「ワリイな、先に教室に戻っててくれよ」

「また停学になっても知らないぞ」

 停学と言ってもなあ……絡んできた不良に対して上着とシャツを脱いで上半身裸になってアームロックを仕掛けようとした所で先生に見つかっただけだ。この筋骨隆々とした肉体美が見つかっただけで一週間の停学とはなんとも息が詰まる様な世の中だと、俺はつくづく思う。

「さ、サエキィ……てめえ、何のようだ?」

 深い剃りこみを入れた、アクリル絵の具を塗りたくったような金髪の男が言った。

 地球の恩恵を受けすぎたような恵まれた屈強な身体に、さしもの不良もビビっているようだ。

 もっとも、俺が身体を鍛える理由になったのが、彼ら不良の存在なんだが。

「弱いものいじめは辞めろっての」

 と上から言ってみるものの、俺の足は震えてる。

 結局は俺もビビっちまってるんだ。

 俺は言いながらネクタイを緩めて、ワイシャツのボタンを外す。

 すぐさまあらわになる俺の素肌。

 連中の視線は、気持ちいまでに俺の割れた腹筋に、ぴくぴくと痙攣する胸筋に向けられていた。

 ブレザーと共に脱ぎ捨てれば、状況は一週間前とまったく同じ。ここで教師が来れば一発KOだが、あの丸っこい男の子は助かるだろう。

(帰れ。いつもみてえに、あの気怠げな感じで、実はお前なんか倒せるんだけど面倒だから帰るぜ! みたいな感じで帰ってくれ)

 俺は祈った。

 人物は違えど、不良は過去に俺をいじめてたんだ。

 連中のような存在はムカつくが、同時に俺に耐性がない。つまりは弱点だ。

 体を鍛えても、日本拳法を習っても、事実連中に打ち勝ったという実感がないからビビリまくる。

 足が震える。魂が慄える。構えようとすると、筋肉が痙攣したように腕を震えさせた。

 武者震いなんかじゃない。

 俺はビビってる。

 じゃり、と靴が砂をにじった音に、俺は思わず肩を弾ませた。

 それが、連中には襲いかかる前兆だと認識されたんだろう。三人組は少し腰を退いてから、取って付けたような舌打ちやら、悪態やらを吐き出して踵を返した。

 ――俺がほっと胸をなでおろしたのは、連中の姿が失せた時で。


「やってくれたわね」


 凛、とした声が俺の背中を叩いたのも、ちょうどその時だった。

 下級生だと思われる男の子は、俺の肩くらいまでの身長で、おろおろしながら俺のブレザーとワイシャツを拾ってくれている。可愛い後輩だ。もっとまともな環境なら、可愛がられただろうに。

 振り向けば、スーツ姿の女性。

 タイトなスカートは窮屈そうに、黒ストッキングを纏う長くしなやかな足を生やしていた。

 艶やかな黒髪は鈍く青味がかっていて、フレームが薄い黒縁の眼鏡は知的なイメージを加速させていた。

「やってくれたわね」

「……何を、ですか?」

 繰り返す彼女に、俺は問いかけた。

 後ろからひょいっと顔を出した男の子から服を受け取ると、彼はひょこひょこと目の前の女性の元へと歩いて行く。やがて隣に並ぶと、こちらに振り向いた。

「あなた、名前は?」

 それを待っていたのか、彼女はようやく口を開いた。

 俺の問いを華麗にスルーしてくれたのは悔やまれるが。

「さ、佐伯円佳さえきまどか、です」

 答えるや否や、彼女はポケットからやや大きめのタブレット端末を取り出し、しなやかな指で軽く操作する。

「サエキマドカ……二年七組、教室で半裸になるというハレンチ行為で一週間の停学処分を受け、今日にそれが解けたばかりの子ね。成績は可もなく不可もなくで中の上、出席率は、停学を除けば百パーセントの生真面目な生徒だった……なるほど、取るに足らない子ね、君は」

「な」

 この学園の人間なら大体そう認識しているだろう情報は、だが恐らく部外者だろう彼女の口から発された事によって驚きに変わる。

 どうやって? と聞く前に、彼女は畳み掛けるように言った。

「教師の権限でデータベースにアクセスしてるだけよ」

「は、犯罪なんじゃあ……」

「メア、話を早くするために見せて上げなさい」

「は、はいっ」

 メア、と呼ばれた男の子は脇を閉めて気をつけの体勢のまま、キッと鋭い視線を俺に浴びせる。

 その瞬間だった。

 不意に、突如として俺の視界いっぱいに無数の男たちが現れた。

 制服を改造する、不良という看板をその身に纏う男たち。

 俺をいじめた、この精神と肉体を蹂躙しつくした男たち。

 肌という肌が粟立ち、鼓動が早くなる。

 息が詰まる。

 冷や汗がにじみでた頃――その姿は、また不意に、消え去っていた。


未堺みさかい騎士ないと……と言います」

 怯えたように、額の汗を拭いながら彼が告げる。

 俺はと言うと、気がつけば腰を抜かした体勢で、見上げるように彼の自己紹介を聞いていた。

「……本名?」

「はい……」

 親御さん……。

 色々と同情の余地が有りそうだ。

「私は彼の監察係でね。……三十年前に、某北の国で発生したウイルスは知ってるかしら」

 また、彼女は唐突に始めた。

 俺は首をふる。そんな事を突然言われても、覚えはないに決まってる。

「死亡率九○パーセントの奇病。その感染者の子供の内、五年以内に老衰で死亡する確率八○パーセント」

 彼女はそうして、未堺の肩を叩く。ぽん、と擬音が鳴りそうな気易い所作だった。

「地球はもちろん、神の恩恵を頂き過ぎた生存者は、特異体質を得る。私はそういった力を持つ彼らを保護するために設立された監察機関から来てるのよ」

「……そ、そうなんですか」

 にわかに、というか、それを間に受けて理解などできるような内容ではなかった。

 どこかのゲームか小説か、そういったところから引っ張り出してきたような設定だ。

 俺はまた、面倒な事に引っかかったなあと頭を掻きながら嘆息する。しっかりと上着を着て、ワイシャツをズボンにしまった俺は、

「それじゃあ、授業が始まるんで教室に戻りますね」

 言って、踵を返した。

 それを阻止したのは、背後から俺の肩を掴んだ彼女だった。


 そしてその手が、この瞬間。

 ――俺の人生を、良くも悪くも大きく変えることとなっていた。


 眼前で大地が沸き立つ。

 そう認識するや、地面の一部が突如として隆起した。それは風船のように楕円で、そして俺の数倍はあろうかという程の大きさになったかと思えば――爆散。

 耳につんざく轟音、胃の腑を震わす衝撃。

 岩石が、烈風共に脇を吹き抜け、その細やかな破片が全身を掠める。

 身体が一つの心臓になったように、俺は大きく驚愕に、衝撃に、恐怖に、興奮に弾んでいた。

「あーあ、予行練習もしてないのに敵が来たわ」

 眼の前で起こった爆発は、だが炎を上げたわけではない。

 地面の下で凄まじい爆風が大地を打ち上げたのだ。

「あなたが、くだらない正義感に駆られてメアを助けるから」

 言いながら、彼女は力いっぱい俺を引き寄せた。と思えば、脇を抜けて俺を背後に押しやった。

 入れ替わりになる名称不明の女と未堺。

 彼の姿に、不良に怯えていたあの弱々しい様子は皆無だった。

「ぼ、僕がっ、守ります。さ、サエキ先輩は、逃げてください……!」

 俺より背の低い、中学生とも見紛える風貌。

 だがこの場にいる誰よりも勇気を持ち、誰よりも強く見えた。

 俺の心が、魂が慄える。

 腕が、足が、全身が小刻みな振動に飲み込まれた。

 これは果たして、武者震いか――。


「はははッ! 見つけたぜェ、子豚ちゃんよォ!」

 遙か頭上から聞こえる声は、同時にドップラー効果をもって近づいてきた。

 爆発が起こった、小さな穴が穿たれる地点にその声の主が落下し、着地する。

 十ニ、三メートルはあろうかという高さから落ちたのにも関わらず、その男は何らかの衝撃を受けたようには見えなかった。

 燃えるような、紅い髪がまず目に入る。

 その赤色が焦がしたような衣服は、革製のジャケットにライダースパンツらしかった。

「行ける?」

「こ、コードネーム・悪夢ナイトメア……行きます!」

 未堺が叫ぶ。

 ほぼ同時に、赤髪の男の動きが止まった。

 ――表情が強張り、突如として後退する。

「や、や、やめろ、やめろおぉおぉおぉおぉッ!!」

 顔を覆い、髪を掻き上げて腰を抜かす。

 そして――爆発が、無差別に大地を打ち上げ続けていた。

 未堺の数センチ脇で大地が飛沫を上げる。

 未堺の進行方向に、地面が水柱のように高く吹き上がった。

 その尽くを、彼は避け続ける。

 走る速度はお世辞にも早いとは言えない。だがゆえに、その男は未堺の進行速度を把握しきれない。

 だが気がつけば、現実を見ていない男の目の前に、彼は肉薄していた。

 翻るブレザー。脇に手を突っ込んだ未堺が取り出したのは、手の中に収まる太い金属製の棒。

 薙ぎ払えば、それは勢い良く伸びる。黒光りするそれは特殊警棒だった。

 ――男が我に返った時には、既に遅く。

 首筋に当てられた警棒は、グリップのスイッチを弾く事によって先端の部位から電撃を発生させた。

 筈だった。

「うぐ……ッ?!」

 呻き、崩れ落ちるのは未堺の方だった。

 電気ショックが発動するよりも早く、未堺の水月に男の拳が突き刺さっていた。

 ゆっくりと倒れ、やがて地面に叩き伏せる未堺の姿に、彼女が反射的に拳を握る。

 だがそれよりも速く、俺の足は男に向けて走り出していた。

 ――未堺は逃げろと言った。

 確かに、ここは逃げるべきだ。わけのわからない、特撮じみた戦闘に入り込む理由はない。

 だが強いて理由を作るならば、だ。

 俺は弱いものいじめがダイッキライだったりする。

 だから、退くわけにはいかなかった。

「さ、サエキ!?」

 あの女性ひとの声が聞こえる。それが制止を意味しているのか、単純に驚愕なのかわからない。

 ただ同時に、その声で男の意識が俺へと向いたのは明らかで、

「――ッ!」

 彼女は失言だったことを認識したように悲鳴を押し殺す。

 それ故に、俺を呼んだのは単純に驚きからだったことがわかった。

 正直なところ、そんなことはどうでもいいんだが。

「なんだ、誰だてめえ!」

 もっともな意見だと思いながらも、俺は思い切り飛び込むように前転する。

 通過した背後で、胃の腑を震わす爆発音が鳴り響く。

「う、わ……ッ!?」

 爆風に背中を蹴り飛ばされた俺は、為す術もなく吹き飛ばされていた。

 ふわり、と身体が浮かび上がる。内臓が浮かび上がるようで、気持ちの悪い浮遊感を覚えて――そして、大した距離でもなかったそれを、俺は一気にかき消していた。

 それでも止まらない。

 拳を勢い良く男は振り上げていたが、俺はそのまま男の胸に飛び込むようにして衝突した。

 僥倖なのは、誰が見ても間違いなかった。

 俺は地面にぶち当たるのと同時に、男の顔面を拳で穿つ。鈍い悲鳴が、耳に届いた。

 そうして弾んだ身体は、そのまま再び幾度かバウンドして赤髪から離れた位置へ。

「――動かないで」

 俺が姿勢を整え立ち上がった時、地面に倒れ込んだ男へとピストルを構えた女性の姿は、この戦闘の勝利を示していた。



「特異体質……異能体質とも言われるけど、その力を持った連中が十二人、監察を殺害して逃亡を図った。それらが逃げ込んだのが、この街ってわけ」

 こいつが、その一人だというわけらしい。

 質の悪い話だ。

 そもそも、そんな存在を今の今まで聞いたことがなかったことが、なによりも恐ろしい。

「彼は学生としてこの街に潜入して、情報を収集する役。精神感応系の能力だから、いざとなったら幻覚見せて逃げられるしね」

 僅かな間だけ、対象が本能的に恐れる幻覚を見せる能力――『悪夢ナイトメア』の説明は、彼女が嬉々として話したことだ。

「なぜ、俺にそんな話を?」

 後ろに組んだ手を手錠で拘束し、目と口をガムテープで塞ぐ。耳には耳栓をし、足はガムテープ。さすがガムテープ、万能過ぎて恐ろしい。

 一方で、未堺は倒された不甲斐なさに落ち込んでいた。

 だが、この赤髪のようにいわゆる戦闘型の能力じゃないんだから、別にそこまで落ち込む必要もないんじゃないのか。

「君、私のバックアップに興味ない?」

「ちょっと何言ってるかわかんないです」

 つまり、手伝えということだ。

 この学園のリアルな生徒に、命に関わる仕事を任せようと。

 武器ならともかく、人材まで現地調達で済ませようと。

 未堺も確かに生徒らしいが、俺は彼みたいな能力もないし、身体だって鍛えただけで段位がある奴には確実に負けるし。

 とはいえ。

 その言葉を無碍にできないのが、そんな非日常に憧れる男子高校生なもので。

「ま、ま。そんな事言わずに、体験だけでもしてみない?」

 だからこそ、

「ま、まあ……体験、だけなら」

 そこで頷いてしまう俺は、この瞬間のことを、いつまでも後悔することになる。

「よし、なら!」

 彼女はそういって、俺の肩を叩く。

 清々しいまでの笑顔を見せてから、まるで容易く、ちょっとお昼に行ってくるわね、みたいな気軽さで。

「あとは任せたわね!」

 走って逃げた。

「な――なんだこれは!?」

 そんな彼女と入れ違いに来たのは、ちょうど校庭に出ていた体育教師で。

「さ、サエキ! お前ここで何を――」

 俺が彼女との出会いを、心の底から後悔した瞬間だった。



                     ***        



 ――だけど、もう、不思議なもので。

 今の俺は、後悔なんてしてなかった。


「なんて、なつかしいよなァ」

 胸の中で静かにしていた呼吸さえも、気がつけばなくなっていた。

 重量感たっぷりの肉体が、肉塊になる。

 轟々と炎が街を焼き尽くす中で、その中心で、俺はどうしようもなく泣きたくなって。

 だけど、ああ、そうだ。まだやる事がある。

 もうバックアップするべき人間が誰も居ないけど、だけどその代わりとしてなら、まだ働ける。

 動かなくなった未堺のまぶたを、顔を撫でるようにして閉ざし。

 あの時の、俺がここに居る原因となった彼女から託された拳銃を、ゆっくり構えた。

 残弾は六。替えの弾倉は皆無だが、この状況では不要に違いない。

 唸りながら炎をは大気を喰らい、乾いた木材が音を立てて弾ける。

 立ち上がった所で、目の前に影が現れた。俺たちを追ってきた、例の十二人の――最後の一人。

「小僧は死んだか」

 炎とは打って変わる、心臓まで凍えそうな冷え切った声。

 男はロングコートを翻して、革の手袋に覆われた拳を構えた。

「なら、貴様で最後か」

「ああ、お前で最後だ」

 理性が吹っ飛んだ。

 死した者を背にして、背負うことすら諦めて。

 もはや動かなくなった足に鞭打って、そもそも俺のほうが重傷だったのに、なんで先に死んじまったのかと恨みながら。

 銃を構え、言葉にならぬ声で吠えた。

 最優先事項は敵の抹殺。

 それを望む本部は、既に無い。

 それを可能にする仲間は、既に無い。

 果たして目標を達成する意味が、俺にあるのかはわからない。

 だがその思考が、不要であることだけは容易にわかった。

 喪失した人差し指に変わって、中指が引き金に触れた。

「なあ、もう終わりにしようぜ」

 提案は、懇願なのかも知れない。

 男は鼻を鳴らす。

「ああ、これで最後だ」

 

 鋭い視線が交差する。

 男が駈け出し、銃弾が交差する。


 ――最後の戦いが、始まった。

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