Aの食卓
=========夕食の献立=========
・ハンバーグ
・鶏肉とゴボウの炊き込み御飯
・肉じゃが
・トマトのサラダ
・豚汁
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「あのね、食べる前に言っておきたいんだけど」
と、夕食に箸を付けようとする前に、睦美が話しかけてくる。
「この料理のどれかにね、私の薬指が入ってんの」
睦美のその告白を耳にし、オレの箸がピタリと止まる。
確かに、睦美の左手には痛々しくも白い包帯がグルグル巻きにされている。
睦美はケガのことなど気にもしていない様子で、ニコニコと笑顔を浮かべながら、オレの反応を楽しんでいるようにも見える。
「オマエ、痛くないのか?」
と、オレは訊ねる。
「ぜぇんぜん」
と、睦美はあっけらかんと答える。
「というのはウソだけど、でも、いつの間にか指が無くなってたのよね。ホントだよ。さっきまで気付かなかったの。気付いたときは、ちょっとだけ痛い感じがしたけど、すぐお医者さんに診てもらったから、今は平気だよ」
オレは、睦美の手をマジマジと見る。
睦美は、恥ずかしがるように、包帯の巻かれた手を背中の方に回す。
「さあ、冷めない内にどうぞ」
「どうぞって、こんなモン食えるかよ!」
オレは、握っていた箸を、乱暴にテーブルの上に置く。
「食べてくれないの?」
と、睦美も、声を荒げる。
「私が指を犠牲にしてまで作ったご飯だよ。それが食べられないって言うの?」
「じゃ、逆に訊くけど、オマエならオレの指が入ったメシが食えると言うのか?」
睦美は、あっさりと「食べるよ」と答える。
「大好きな人の指が入ってるんだもーん」
「おまえなぁ、よくもそんなことが………」
オレは、睦美の言葉にあきれ返る。
「とにかく、このご飯を食べてくれなきゃ、今後、一切ご飯は作らないからね。もちろん、朝食もお弁当も。お腹が空いたら、自分で作るか、コンビニでお弁当でも買うか、はたまた実家で食べるか、どれかにしてね」
「わかった、食うよ」
オレは、観念して、投げ捨てた箸を手に取る。
睦美は、楽しそうにしながら、オレの食べる様子を眺めている。
「よりによって、肉料理ばっかり………」
オレは目をつぶって、料理を口に放り込む。
デミグラソースのかかったハンバーグには、合挽きのミンチが使われている。
でも、もしかしたら、牛肉と豚肉と睦美の薬指の合挽きだったのかもしれない。
炊き込みご飯には、骨付きの鶏肉が入っている。
でも、もしかしたら、骨付きの睦美の薬指だったのかもしれない。
肉じゃがのジャガイモには、出汁がよく染み込んでいる。
でも、もしかしたら、睦美の薬指の出汁だったのかもしれない。
トマトのサラダには、中華風味のドレッシングが、満遍なく振り掛けられている。
でも、もしかしたら、ドレッシングの色は睦美の血の色から出ていたのかもしれない。
豚汁は具沢山で、オレ好みのやや甘口に味付けしてある。
でも、もしかしたら、お椀の底の方に、睦美の薬指の爪が沈んでいたのかもしれない。
全部、食べ終わった時には、オレの目には、溢れんばかりの涙が、たっぷりと浮かんでいた。
「全部、食べてくれて、ありがとう。これで、キミも人食い人種なのだ」
睦美の腕が、オレの首に巻きついてくる。
その時、睦美の左手には、すでに包帯は無く、健全な薬指が現れていた。