第七話:ヒロイン登場
部活体験から二日たち、初めての休日がきた。アルカナは朝早くに寮を出ていき部活に向かった。部活の参加は自由なので遊ぶのもいいが、そこまでやりたいこともないので部活に向かおうと思い寮を出た。
学校の廊下を歩きながら、魔法カードの作成について思考を巡らせていると――
「きゃああっ!?」
「うわっ!」
横の廊下から走ってきた彼女と正面衝突した。
ドシャッと大きな音が響き、彼女が持っていたバケツの水が勢いよく俺の全身にかかる。彼女は慌てて水に足を滑らせ、派手に尻もちをついていた。
「君、大丈夫?」
「あ……あぁ、ありがとうございます……」
差し出した手を握らせて立ち上がらせる。濡れて肌に張り付いた髪を気にしながら、申し訳なさそうにこちらを見上げてくる。
「君この学校の制服じゃないし、従業員の割には俺と同い年な気がするし」
「私、この学校の生徒です……この服装は色々あって」
服装は黒や白を基調とした長めのローブに頭部を覆うベール、そして首元を包むウィンプルという、シスターの衣装をしていた。俺の住んでいた村にもいたな。基本的には教会にいて祈りを捧げたり、怪我の治療をしたり、子供がすくすく育つための祈りをしたりしていた。
「シスターさんでも学校に通うんですね」
「はい……私は回復魔法が使えなくて、それを習得するために来ました」
回復魔法か。回復魔法は初級魔法の中でも最も難しく、中途半端な魔法では一時的な治癒にしかならなかったり、かえって痛くなったりする。俺も何回か練習を試みたが、1回もちゃんと使えたことがない。
「けど、シスターって子供の頃に親に教えられるんじゃないのか?」
素朴な疑問を口にすると、彼女はキュッとベールの端を指先で握りしめ、長いまつ毛を揺らして伏し目がちに語り始めた。
「私の親は……クロバキア王国にいた時にアストロフによって殺されました。私は親によってシードの祖母の家に引っ越していたので助かったんですけど、9歳の時に祖母が死んで、教会に保護されたんです。そこから、私はしたいこともなかったから……適当にシスターになりました。でも、教会のみんなは、私がシスターになることに賛成してくれませんでした。原則シスターになるには、子供の頃に神様からお告げをもらう必要があるんですけど、私は9歳……みんなが授かる5歳に比べて遅すぎました。回復魔法を教えてもらえないのも当然ですよね。私には、シスターになる資格なんてないのになぁって……」
消え入るような声で自嘲気味に小さく微笑む彼女。その瞳には諦めと寂しさが滲んでいた。そんな小さな背中に抱え込まれた劣等感が見えて、俺はまっすぐに彼女の目を見つめた。
「俺の個人の意見としては、今からでも神からお告げもらえばいいじゃん。俺らはまだ12歳の子供。それに、君はシスター服を着ていて、シスターとして休日は仕事をしている。俺はシスターになる資格はあると思うぞ」
「え……」
彼女が思いがけない言葉を聞いたように目を丸くする。ぽかんと口を開けたあと、じわじわと頬を赤く染めてパッと俯いた。気恥ずかしさを誤まかすように、俺は水浸しの床に目をやった。
「ところで、どうしてそんなに大きな掃除道具を持っていたんだ?」
「あ……それは、学校の用務員さんが掃除しているのを見てたら、お手伝いしてほしいって言われちゃって」
「お人良しだね。そのせいで俺と君はぶつかってずぶ濡れだ。……乾かして匂いを取ろうか」
俺は小さな魔力を指先に集めた。
「『ファイア』、『リフレッシュ』」
燃え上がった小さな炎により服の水分が一瞬で乾いていき、続く風の初級魔法『リフレッシュ』で生乾きの匂いを取った。
「すごい……! すぐに乾いて、匂いもなくなりました……!」
彼女は自分の服の匂いをクンクンと嗅ぎ、目を輝かせてパッと表情を明るくした。だが、すぐに恐縮したように上目遣いで俺を見つめてくる。
「こんなことまでしてもらって悪いですね……何か恩返しさせてください」
「じゃさ、1日俺と付き合ってくれ」
部室
「こんにちは、体験入部の人連れてきました」
「ええっと……今日はよろしくお願いします」
部室のドアを開けると、中にいたエレナ先輩が勢いよく飛びついてきた。
「かわいい! よくこんな可愛いシスターちゃん捕まえたね!」
「先輩、体験部員が怖がってますよ。……フルード、遅かったね」
小動物のように身をすくめて困惑している彼女を見て、アルカナが冷静に突っ込む。
「色々あって少し遅れた」
その後は部活の説明をした。彼女は膝の上でこぶしをギュッと握り締め、背筋を伸ばして真剣に話を聞いていた。一通りの話が聞き終わってから、彼女が回復魔法が使えないことを先輩に話した。
「回復魔法かぁ。ごめんだけど私も使えたことがないの。……あ、けど魔法カードならあったと思う」
先輩は棚をガサゴソとあさり、回復魔法の魔法カードを二枚手渡した。
「みんなに二枚ずつ渡してるから、拒否せずに受け取って」
「ありがとうございます……!」
「後、部室に魔法の本いっぱい置いてるから借りて読んでもいいよ」
「ありがとうございます!」
「いいっていいって。頑張っている子を応援したくなるのは普通でしょ。さぁ部活を再開しよ!」
先輩に優しくされて嬉しかったのか、彼女はパッと花が咲いたような笑顔を見せた。
俺とアルカナは魔法カードの作成に取りかかった。だが、まだ一回も成功していない。思った以上に模倣を書くのは難しく、うまく書けたとしても魔力を流し模様を魔法回路にさせようとするが、魔力が暴走して灰になる。
(何かが抜けている気がするな……)
一つではないはずだが、先輩は答えを教えてくれない。きっと感覚や才能のことだろう。器用なアルカナの方が早くできるだろうな、と思いつつ作業を進める。
ちらりと隣を見ると、彼女は回復魔法の本を開きつつ、カードを両手で大切そうに持ってじっと見つめている。魔法カードを見ることで、魔法を使う時のイメージなどができるのかもしれない。俺とアルカナが扱っているのは中級魔法のカードだったので複雑で何もイメージできなかったのだけれど。
ふと先輩の方を見ると、先輩は魔法創造をしていた。水中でも目がぼやけずに見ることができる魔法を創造しようとしているらしい。だが先輩も苦戦しているらしく、よく目が見えなくなって痛そうに目を押さえている。
そういうことをしているうちに昼になり、部活が終わる。
アルカナと先輩は飯を食ってからまだ作業を続ける気らしい。アルカナの視線は『彼女のことは任せる』と言っているようだった。俺と彼女は昼飯を持ってきていないので、今日はここで切り上げることにした。
「俺、飯もってきてないので今日は帰ります。お疲れ様でした」
「私もお昼ご飯持ってきてないので、今日はお暇しますね。本当にありがとうございました!」
俺たちは頭を下げて部室を出た。
「今から飯食べて、街で行きたい所あるから引き続き付き合ってくれるか?」
「はい!」
彼女は嬉しそうに深々と頷いてみせる。
「よし。その前に……服変えようか」
中央街
入学日の夜にアルカナと一緒に食べたレストランで飯をすまし、俺はあるところに向かっている。彼女はまだ俺が向かっている所を話さずについてきてもらっている。話したら逃げられそうだからな。
中央街は休日ということもあって、いつもより盛り上がっている。けど、それも同じ国の人たちだけならだ。クロバキア人は特にひどく、金の苦労や他の国の人への差別をこそこそと言い合っている。5年前に滅んでまだ馴染めていないのもあるだろうが、『世界最強の国』と言われていたプライドが邪魔をしているのだろう。
けど、子供達は人種関係なしに楽しそうに遊んでいる。兵士の真似事や棒で打ち合いをしていた。
すると、子供一人が棒で撃たれたことで体勢を崩し、派手にこけた。
「痛っ……!」
俺が子供に駆け寄ろうとしたよりも先に、彼女が風のように駆け寄る。彼女は子供に優しく寄り添いながら、ポケットから先ほどもらった魔法カードを取り出した。
「回復魔法『ヒール』。子供の傷を癒しなさい」
カードが柔らかな光を放ち、少年のすり傷はみるみる塞がっていった。
「大丈夫? 傷は痛くない?」
「うん! ありがとうお姉ちゃん!」
「……この子に、神様の恵みがありますように」
「お姉ちゃん、シスターみたいだね!」
「ふふ、いつもの癖でね。じゃあね!」
「バイバイ、お姉ちゃん!」
子供の手前笑顔で見送った彼女だったが、すぐにハッとして、照れくさそうに顔を赤くしながらそそくさとこちらに帰ってきた。
「よかったのか、魔法カード使って? 貴重な二枚のうちの一枚だぞ」
「うん、誰かが困っていて自分がそれを助けられるなら……助けるのは普通でしょ」
当然のように、優しく微笑む彼女。
「……お人良しすぎるな、やっぱり」
「ふふ、じゃあフルード君が行きたいところに向かおうか」
首を少し傾げて可愛らしく微笑む彼女を促し、そして俺らは目的の場所についた。
「フルード君、ここが行きたいって言ってた場所……?」
「うん」
「……帰っていいかな?」
「ダメ」
目の前にそびえ立つ建物を見上げ、彼女の顔からすーっと血の気が引いていく。
「ここ教会だよ、それに一番大きいところの。薄々感じてたけど……シスターになることに賛成してもらってない私が、簡単に入っていい場所じゃないって……」
「だから服着替えて帽子も被せて、バレないように変装させたんだよ」
大きな帽子を目深にかぶり直し、もじもじと不安そうに指を弄る彼女。
「付き合ってくれると言ったよね。シスターでもあるお方が嘘はつきませんよね」
「……はい」
キュッと唇をかみしめて、申し訳なさそうに小さく頷く。
「じゃ、行こう」
教会
静まり返った大聖堂の中に入ると、すぐに大きな石像が立っていた。
「なぁ、この人が教会で信仰されてる神か?」
「この人はガルド様でね、神話級魔法を生み出し、そして『蘇生魔法』を使って息絶えたんだよ。ガルド様以外、誰一人使えなかった魔法で……」
「この人が神話級魔法を使えたたった一人の伝説か。なぁ、ガルドは『蘇生魔法』で誰を生き返らせたんだ?」
「自分の奥さん。普通の一般人の。ガルド様は英雄でも優秀な人でもなくて、自分が愛した人を生き返らせたんだよ。その行動に感化されたのもあるし、神話級を生み出した点や司祭だったから、こんな石像ができたらしいの」
「へぇー、結構知ってるんだな」
「ふふ、シスターとして勉強してたからね」
どこか誇らしげに、控えめに胸を張ってみせる彼女。
「じゃ、治療室の場所はわかるか?」
「教会は多少大きさが変わっていても配置が決まってるから、左の手前側にあると思う……なんで治療室に行きたいの?」
「君の回復魔法の手がかりがあるかもしれないだろ」
彼女は息を呑み、驚いたように目を見開いたあと、嬉しそうに口元を緩めて黙った。俺の意図を察してくれたらしい。
治療室の陰から、本職のシスターたちが使う回復魔法を遠目で観察する。
「……何か分かったか?」
「魔力の流れが……はっきりと見えます。以前は全く理解できなかったのに……」
「魔法カードを観察して使ったおかげで、イメージが具体化されたんだろ。あとは実践あるのみだな。バレる前に撤収するぞ」
治療室を離れ、来た道を戻ろうとしたその時だった。
「おや、そこの二人……何か探し物かい?」
背後から掛けられた声は、驚くほど穏やかで優しかった。振り返ると、四十代ほどの整った身なりの男が、穏やかな微笑みを浮かべて立ち尽くしていた。
「治療室の方から出てきたようだが……ふむ、なるほど。帽子で隠しているようだが、君か」
男は彼女の変装をひと目で見破ると、困ったような、どこか可哀想なものを見るような目でクスクスと笑った。その声には、子供を諭す父親のような優しさが満ちていた。
「またシスターごっこかい? 気持ちは分かるよ。だがね、困るんだな。使えもしない治癒魔術で傷人に触れられては、教会の信用に関わる。君は神のお告げを受け取れなかった『特別な子』なんだから、身の程を知って静かに生きていきなさい。それが君のためでもあるんだよ?」
一見すると親身なアドバイス。だが、その根底にある強烈な蔑絶を察して、彼女の身体が恐怖で小さく震えた。
俺は彼女の前に一歩踏み出し、男を睨みつけた。
「『身の程を知れ』なんて言葉、撤回しろよ」
「ん? おや、お友達かい?」
男は俺の怒りにも腹を立てず、ふっと優しく目を細めた。
「ボク、熱くなるのはよくないな。教会の秩序というものがあってね。大人たちのルールに子供が首を突っ込むものじゃないよ。さあ、手をとめて帰りなさい」
「あんたの態度を見ただけで分かる。あんたより彼女の方がよっぽど聖職者だ」
「……なんだって?」
男の眉が、ピクリと跳ね上がった。微笑みの仮面に、わずかな亀裂が入る。
「彼女は人を侮辱せず、困っている子供がいれば迷わず魔法を使って助ける。あんたらが『九歳だから』なんて勝手な理由で儀式をやらないだけで、彼女の行動は本物のシスターそのものだ。今からでも神のお告げの儀式をやればいいだろ」
「……ハッ、生意気な口をきくな」
男の口から、先ほどまでの優しいトーンが完全に消え失せた。
「原則は五歳だと言っているだろうが! 十二歳の不適格者に割く時間も羊頭狗肉な魔法を与える余裕も、この大教会にはないんだよ!」
「原則、原則ってバカの一つ覚えみたいに……」
俺は鼻で笑い、エントランスの方を指差した。
「じゃあエントランスにあったガルドの石像は何なんだよ? 自分の愛する人を救うために蘇生魔法を使ったガルドの行動だって、教会の『原則』からは逸脱していただろ。あんたらはその身勝手で強い想いに感化されたんじゃないのか?」
「~ッッ!! ガキが、ペラペラと知ったような口を叩くな……!!」
男の顔が怒りで真っ赤に染まり、額に太い青筋が浮かび上がった。先ほどの紳士的な面影はどこにもない。手元に魔力が集まりかける。
「行こうぜ。こいつと話してても時間の無駄だ」
俺は絶句し、怒りに震える男を置き去りにして、彼女の手をしっかりと握り締めた。そのまま教会の出口に向かって走り出した。




