第5話 ずるいのは、どっち
それから数日。
家庭科室での放課後は、もう当たり前みたいになっていた。
「今日はなに?」
森山がエプロンの紐を結びながら聞く。
最近、結ぶ動きも慣れてきた。
以前より手際がいい。
「今日はマドレーヌ」
「レベル上がってない?」
「森山も上がってる」
そう言うと、森山は少しだけ嬉しそうな顔をする。
でもすぐツン顔に戻る。
「べ、別に潤のためじゃないし」
「はいはい」
もうその言い訳は聞き飽きた。
生地を混ぜながら、森山がふと聞く。
「潤さ」
「ん?」
「もしさ」
珍しく歯切れが悪い。
「……他の子に告白されたらどうするの」
泡立て器が止まる。
「なんでそんな話」
「なんとなく!」
ツンのわりに、目は真剣。
「好きじゃなかったら断る」
「好きだったら?」
「付き合う」
当然の答え。
森山の手元が少し乱れる。
「ふーん」
声が低い。
「森山は?」
「なにが」
「告白されたら」
「……考える」
少し間があった。
それが妙に引っかかる。
焼き上がったマドレーヌは、きれいな焼き色だった。
森山が目を輝かせる。
「え、すご」
「森山がちゃんと温度守ったから」
「……ほんとに上達してる?」
「してる」
一口食べる。
ふわっとして、ちゃんと甘い。
「うまい」
森山がほっと息をつく。
そのとき、スマホが震えた。
森山が画面を見る。
一瞬だけ、表情が柔らかくなる。
「誰」
つい聞いてしまう。
「三浦」
胸がざわつく。
「なに」
「今度、部活の打ち上げあるから来ない?って」
「へえ」
声が冷たい。
自分でも分かる。
森山が俺を見る。
「行かないけど」
「なんで」
「甘いもの作る方が楽しいし」
さらっと言う。
心臓が跳ねる。
でも、素直に喜べない。
「別に行けばいいだろ」
「潤、怒ってる?」
「怒ってない」
「嘘」
森山が一歩近づく。
距離が近い。
甘い匂い。
「潤ってさ」
「ん?」
「意外と嫉妬するよね」
言い当てられて、言葉が詰まる。
「してない」
「してる」
森山が少し笑う。
でもその笑顔は、どこか不安そうだ。
「私が他の男子と話すの、嫌?」
真正面から聞くな。
逃げ場がない。
「……嫌」
小さく答える。
森山の目が大きくなる。
「なんで」
「好きだから、って言ったらどうする」
言ってしまった。
空気が止まる。
森山の頬が、ゆっくり赤くなる。
「……今の、ずるい」
「森山が聞いた」
沈黙。
心臓がうるさい。
森山はしばらく黙っていたが、やがて小さく言う。
「私だって」
「え」
「潤が他の子に教えるの、嫌」
視線が揺れる。
「だから、“だけ”って言ったの」
あの日の言葉。
胸がじんわり熱くなる。
「じゃあさ」
俺は一歩近づく。
「俺以外に教わるな」
「なにそれ」
森山が笑う。
でも逃げない。
「じゃあ潤も」
「ん?」
「私以外に教えないで」
目が真剣。
これはもう、ほとんど告白だ。
「約束」
小指を差し出す。
森山は一瞬迷って、そっと絡める。
指先が触れる。
温かい。
「……ずるいのは、潤だから」
森山が小さく言う。
「なんで」
「急に好きとか言うし」
「嫌だった?」
沈黙。
それから、ほんの少しだけデレた顔で。
「……嫌じゃない」
心臓が、跳ねる。
でも。
まだ、はっきりとは言わない。
あと一歩。
その距離が、もどかしい。




