第3話 バレた秘密と、エプロンの距離
バレンタインの翌日。
教室の空気は、少しだけ静かだった。
昨日のざわつきが嘘みたいに落ち着いている。
俺は席に座りながら、机の中の箱をそっと触った。
森山のチョコ。
全部食べた。
最後の一つは、ゆっくり味わった。
隣を見る。
森山は頬杖をついて窓の外を見ている。
赤いリボンが揺れる。
「……なに」
視線に気づいたらしい。
「いや」
「昨日のことなら忘れて」
早い。
「なんで」
「なんとなく!」
ツン、復活。
でも耳が赤い。
「うまかったって言っただろ」
森山はむっとする。
「お世辞でしょ」
「違う」
即答したら、森山が一瞬止まる。
「……ほんとに?」
「ほんと。ちょっとビター強かったけど」
「やっぱり!」
机を軽く叩く。
「そこなの!そこが難しいの!」
その言い方。
俺は思わず笑う。
「温度管理だよ」
森山が止まる。
「え?」
「チョコは四十五度くらいで溶かして、少し冷ましてから型に入れないと分離する」
沈黙。
森山がじっと俺を見る。
「なんで知ってるの」
やばい。
言い過ぎた。
「……なんとなく」
「なんとなくで温度言わないでしょ」
鋭い。
「潤、作ったことあるの?」
逃げられない。
数秒迷って、観念する。
「ある」
「え?」
「クッキーとか、ガトーショコラとか」
森山が固まる。
「え、ちょっと待って」
顔が近づく。
距離が、近い。
「それ、誰に作ったの」
なんでそこ。
「家族とか」
「女子にあげたことは?」
「ない」
即答。
森山の表情が、ほんの少し緩む。
「……ふーん」
なぜ嬉しそうなんだ。
「じゃあ、昨日の」
「うまかった」
「だからそれお世辞」
「違うって」
森山はしばらく黙り込む。
それから、ぽつり。
「教えて」
「は?」
「その温度とか」
「なんで」
「来年、もっとちゃんと作りたいから」
来年。
さらっと言うな。
「別にいいけど」
森山の目が少し輝く。
「ほんと?」
「放課後、家庭科室」
「今日?」
「今日」
森山は一瞬迷う。
それから、小さくうなずく。
「……行く」
放課後。
家庭科室。
俺はエプロンをつける。
森山もエプロン姿。
赤いリボンは外している。
その分、制服シャツのラインが目立つ。
……見るな俺。
「なに見てるの」
「見てない」
「怪しい」
森山は腕を組む。
その動きで、柔らかいラインが強調される。
マシュマロか。
いや集中。
「まず湯せん」
俺は手本を見せる。
森山は真剣な顔で見る。
さっきまでのツンは消えている。
「ゆっくり混ぜる」
「こう?」
「そう」
手が触れる。
一瞬、止まる。
森山の指先は少し冷たい。
「……潤、真面目だね」
「作るときは」
「なんか、ずるい」
「なにが」
「昨日まで普通だったのに」
森山は少し拗ねたように言う。
「急にかっこよくならないで」
心臓が跳ねる。
「なってない」
「なってる」
真剣な目。
俺は目を逸らす。
チョコがなめらかに溶けていく。
森山が小さく笑う。
「去年まで、買って詰め替えてただけなのに」
「知ってた」
「え」
「ラッピング毎回同じ店だった」
森山が真っ赤になる。
「気づいてたの!?」
「なんとなく」
「最悪……」
でも、どこかほっとしている。
「潤にだけは、ちゃんと作りたかった」
小さな声。
俺の手が止まる。
「なんで」
森山は答えない。
代わりに、チョコを型に流す。
「ほら、ちゃんとテンパリングできてる?」
「できてる」
「ほんと?」
「ほんと」
目が合う。
距離が近い。
甘い匂い。
森山が小さく呟く。
「来年は、もっとすごいの作る」
「俺のために?」
沈黙。
それから、ツン顔で。
「女子限定じゃないの、潤だけだから」
胸が熱くなる。
チョコより、甘い。
俺たちの距離は、少しずつ溶け始めていた。




