第2話 そのチョコ、誰のため?
バレンタイン当日。
教室の空気は、もはや砂糖菓子みたいに甘ったるい。
朝から女子がそわそわしている。
俺はなるべく平静を装いながら席に座った。
隣。
森山はいつも通り——に見える。
紺のブレザー。
赤いリボン。
髪はゆるく巻いている。
……今日は少し、可愛い寄りだ。
気合い入ってる?
いや、考えるな。
「おはよ」
勇気を出して言う。
「……おはよ」
素っ気ない。
でも声はいつもより柔らかい。
机の中をちらっと見る。
小さな箱がいくつか入っている。
女子用だろう。
俺は視線を逸らす。
どうせ俺には関係ない。
一時間目が終わる。
さっそく女子の列ができる。
「森山、ちょうだい!」
「はいはい、並ばない」
慣れた様子で小分けの袋を配る。
可愛いラッピング。
俺は横目で見る。
去年も、その前も、俺にはなかった。
今年も——
ない、はず。
昼休み。
森山が席を立つ。
小さな箱を一つ持って。
俺の心臓が跳ねる。
……来る?
いや違う。
森山は俺を通り過ぎて、窓側の席へ向かった。
そこにいるのは——
サッカー部の三浦。
背が高くて爽やかで、いかにもモテそうなやつ。
森山が箱を差し出す。
三浦が驚いた顔をする。
周囲がざわつく。
俺の胸が、妙に重くなる。
ああ、そうか。
あれが本命か。
そりゃそうだよな。
俺なんかより、三浦の方がずっと似合う。
森山はすぐ席に戻ってきた。
俺はノートを見つめたまま言う。
「よかったな」
「なにが」
「渡せて」
森山が固まる。
「……見てたの?」
「隣だし」
少しの沈黙。
「別に、本命じゃないし」
「へえ」
強がりの声が出る。
「でも特別っぽかったぞ」
森山の眉がぴくっと動く。
「潤には関係ないでしょ」
冷たい。
ツン、どころじゃない。
放課後。
俺は早めに帰ろうとした。
どうせ、もらえない。
そう思っていた。
昇降口で靴を履き替えていると、後ろから声がした。
「潤」
振り返る。
森山。
頬がほんのり赤い。
手には、小さな箱。
昨日見たやつだ。
「これ」
差し出される。
「……余り?」
思わず言ってしまう。
森山の目が見開かれる。
「ちがう!」
思ったより強い声。
周りが少し見る。
森山は小さく息を吸う。
「三浦に渡したのは、ただの義理」
「え」
「部活で色々手伝ってもらったから」
沈黙。
「これは」
箱をぐっと押し付けられる。
「潤の」
時間が止まる。
「……俺の?」
「女子限定じゃないの、これだけって言ったでしょ」
昨日の言葉が蘇る。
鼓動がうるさい。
「なんで俺」
森山が顔を逸らす。
赤いリボンが揺れる。
「……潤、甘いの好きでしょ」
「え」
「この前、購買でチョコパン二個買ってた」
見られてた。
「あと、家庭科室の前、よく通るし」
ばれてる。
俺は箱を受け取る。
手が触れる。
温かい。
「開けて」
その場で?
「今」
森山は真剣だ。
箱を開ける。
少し歪んだチョコ。
昨日のやつだ。
一口かじる。
少しビター。少し不格好。
でも。
「うまい」
森山が息を止める。
「ほんとに?」
「ほんと」
昨日と同じやり取り。
でも今日は違う。
俺はちゃんと言う。
「森山、ありがとう」
森山の目が揺れる。
ツンの仮面が、少しだけ外れる。
「……あんまうまくないけどね」
「いや、ちゃんとうまい」
沈黙。
それから、ぽつり。
「来年は、もっと上手くなるから」
「来年もくれるのか?」
森山が真っ赤になる。
「ばか!」
でも。
小さく、聞こえるか聞こえないかの声で。
「……あげるに決まってるでしょ」
その瞬間。
俺のバレンタインは、甘くなった。




