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第3話|田舎領地の、古い家

馬車が去ったあと、あたりはふっと静まり返った。


完全な無音、というほどではない。

風が木々を揺らし、どこかで鳥が鳴いている。

それだけだ。



……静かね。


王都では、窓を閉めていても何かしら音が届いていた。

人の声、馬の蹄、馬車の軋み。

ここには、それがない。


目の前にあるのは、石造りの古い屋敷だった。

公爵家の本邸と比べるのはさすがに気が引けるけれど、

思っていたよりも、きちんと立っている。


華美な装飾はない。

白く塗られた壁も、ところどころ色が落ちている。

それでも、傾いてはいないし、屋根も崩れていない。



……想像してた通りだわ。


良くも悪くも、飾り気のない建物だ。

重厚な木の扉に手をかけ、ゆっくりと押す。


軋む音を立てて開いた先から、ひんやりとした空気が流れてきた。

冷たすぎない、澄んだ空気。

長く使われていなかったのだろうが、嫌な湿り気は感じない。

中へ踏み入れると、床板が控えめに鳴った。


誰かが来たら、すぐに分かりそうだ。

足音が、思った以上によく響く。


広間には、石造りの暖炉が据えられていた。

灰はすっかり冷えきっている。

家具は最低限そろっているが、どれも年季が入っていた。

人に見せるための部屋ではない。



……住むための場所ね。


そう思うと、不思議と肩の力が抜けた。


「今日は……ここまででいいわ」


誰に言うでもなく、そう呟く。

確認も片付けも、明日でいい。

疲れた日は、休めばいい。


奥の部屋に、簡素な寝台があった。

清掃は行き届いているが、飾り気はない。


私はその前に立ち、しばらく眺める。


……悪くない。


そう思えたことが、何よりだった。



荷物の中から、包み紙にくるまれた食事を取り出す。

公爵家の者が持たせてくれた、素朴なパンと鶏肉の煮込み。

豪華ではないが、気遣いが感じられる。


古い屋敷の厨房は、思った以上に簡素だった。

黒ずんだ石の調理台、使い込まれた木の棚。

道具は最低限だが、どれもきちんと手入れされている。


空気はからりとしていて、息苦しさはない。

食事を終え、棚から小さな鍋を取り出して火にかける。

今は、これだけでいい…。


棚の奥で、ひとつのカップを見つけた。

乳白色の磁器に、淡い金の縁取り。

持ち手は緩やかな曲線を描き、指にすっと馴染む。

派手さはないけれど、形が美しい。


――執事喫茶の常連だった身としては、見逃せない。


そのカップに紅茶を注ぐと、穏やかな香りが立ちのぼる。

窓際に腰掛け、ひと口。


……大丈夫。


ここでも、ちゃんと紅茶は美味しい。

私はもう一口だけ飲んでから、そっと息をついた。

登場人物


アンネリース・フォン・ローゼンヴァルト

18歳/ローゼンヴァルト公爵家令嬢

物静かで礼儀正しいが、内面は非常に落ち着いている。

一人の時間と紅茶を愛する。

婚約破棄にも動じない安定した自己肯定感の持ち主。

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