第1話|婚約破棄のあとで、紅茶を淹れました(連載版)
「――以上をもって、婚約は解消とする」
第一王子クラウス・フォン・ベルンシュタインは、澄んだ青の瞳でそう告げた。
金髪が光に揺れ、背筋はまっすぐ――まさに王子様然としている。
広間には、わざとらしく息を呑む音がいくつか落ちる。
私は一拍置いてから、ゆっくり頷いた。
「承知しました」
淡い青のドレスは今回の式のため、彼が用意したもの。
髪はきちんと結い上げ、鏡に映るのは物静かな公爵令嬢。
――18歳らしい取り乱し方は、していない。
「……弁明はしないのか?」
王子が眉を寄せる。
評価されることに慣れた彼ならではの戸惑いが見える。
「必要でしょうか」
その一言で、彼は一瞬言葉に詰まった。
泣くか縋るか――そんな展開を想像していたのだろう。
「君は、王妃としては感情が見えない。もっと明るく、民衆受けする妃が必要だ」
「そうですか」
――ああ、これは“推し違い”ですね。
私は静かに納得しただけだった。
彼は喝采の中で輝く舞台を求める人。
私は静かな時間と紅茶を愛する者。
求めるものが違うなら、仕方がない。
「では、失礼いたします」
礼をして踵を返す。呼び止める声はなかった。
◆
屋敷に戻ると、部屋は驚くほど静かだった。
事情を察した使用人たちは、頭を下げるだけで余計な言葉はかけない。
「お疲れでしょう。お茶をお淹れしますか」
「ええ……いえ、今日は自分で淹れます」
湯を沸かし、茶葉を測り、カップを温める。
この一連の所作は、昔から変わらない。
こうしていると、余計な感情がきれいに沈む。
カップに注がれた琥珀色の液体から立ち上る湯気。
鼻をくすぐる香りは、いつもと同じ。
「……美味しい」
それだけで、今日は十分だった。
次のことは、また明日考えればいい――紅茶をもう一口飲んでから。
登場人物
アンネリース・フォン・ローゼンヴァルト
18歳/ローゼンヴァルト公爵家令嬢
物静かで礼儀正しいが、内面は落ち着ききっている。
紅茶と静かな時間を愛する。
クラウス・フォン・ベルンシュタイン
18歳/ベルンシュタイン王国第一王子
王族らしい自信家。喝采や舞台に慣れ、伴侶には自分を引き立てる存在を求める。




