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傷跡の消し方

 僕の両親は有名な劇団で主役を務めるような人達だった。そのせいか、おかげともいうべきか、僕もまた小さな頃から演技をしていた。


 忙しかったけど、それ以上に楽しいという気持ちがあった。そしてやりがいもあった。だから両親に感謝している。少しばかり文句を言うなら、演技については厳しい人達で、いつも怒られて嫌だったことかな。


 そんな僕だったが、学校には普通に行かせてもらった。これもまた両親の意向だ。一般的な小学校、中学校に通わせてもらった。


 演技のことは、言わないようにした。自慢しても良かったのだが、面倒なことになりそうだったのでやめておいた。両親からも口止めされていたし。それでも自然と友達に囲まれていたし、僕は何不自由なく学校生活を謳歌していた。


 青春を過ごしたという思い出の中で一番大きかったのは、やはり彼女ができたことだろう。


 中学時代、僕に彼女ができた。明るく皆を引き連れるタイプのリーダー的な女の子。彼女の輝きが劇団の主役のような眩しさで、僕は自然と惹かれた。


 そんな時、彼女から告白をしてきた。正直自分でも驚いた。確かに関わることは多かったと思うが、それでも僕に惹かれていたとは思ってもいなかったからだ。


 もちろんすぐにこちらも気持ちを伝えて、晴れて僕たちは恋人となった。


 稽古とかがあって簡単に恋人らしい遊びをすることはなかったけど、それでも彼女は許してくれた。少し寂しいと笑っていたけれど。


 そんな彼女を悲しませないように、僕は合間を縫って遊びに誘った。彼女は無理をしなくてもいいと言ったが、正直あの子といる時が一番幸せで心が落ち着く時間だった。だから何の苦もなかった。



 役を演じつつ彼女と過ごす。そんな幸せがずっと続くと、僕は思っていた。



 ありふれた想像、在り来りな妄想は、すぐに空想であると知ることになった。


 中学三年生の頃だったか、僕は交通事故にあった。


 運転していたのは年老いた男性だった。どうしてか分からないが、僕達が手を繋いで歩いているところに突っ込んできたのだ。


 その時の僕は多分生まれてから一番頭が回っていたのだと思う。状況を即座に把握し彼女が被害に合わないように突き飛ばした。そうして気づけば、僕は病院のベッドで眠っていた。


 目を覚ますと、何故か悲しそうな顔をした両親が居た。視界が黒く染まっていて気づかなかったが、反対側にはと申し訳なさそうな顔をした医者も居る。


 なんで悲しそうにしているのか分からなかったが、鏡を渡されてすぐに理解した。


 顔の左側が一面包帯でグルグル巻きにされていたのだ。すぐに医者から説明が入る。「事故で顔の左半分が大怪我を負ってしまった」と。


 混乱していると、医者は躊躇いがちに情報を追加する。「大きな傷が残ってしまう」と。


 その、僕の顔には消えることのない傷ができてしまったのだ。


 両親が悲しんでいたのは、もう僕が舞台の上に立つことが叶わないから。なぜなら、顔もまた重要視される劇において傷なんて以ての外だから。しかもここまで大きな傷になるとメイクをしても隠しきれないらしい。


 その瞬間に、僕の演者としての人生は閉ざされてしまった。最初こそ世の理不尽に怒りを覚えたが、不思議と時間が経ってしまえば受け入れてしまっていた。


 その要因に、彼女の存在がある。彼女は悲しそうな顔をして僕の顔を撫でた。申し訳なさそうな顔で涙を流した。そんな彼女を見ていて、僕は心が苦しくなった。顔の痛み以上に、心が苦しくなった。だから平気であると装うために、この傷で失ってしまった一番大きなものを忘れるようにした。


 当然悲しいし、結局生涯を通して演じたいという気持ちが消えることは無かった。それでも、その時の僕は彼女が居ればそれでいいと思った。


 しかし、世界というのは残酷なものだった。


 彼女が遠くに引っ越すことになってしまった。両親の都合らしい。ネットというものが随分と浸透して来たが、そこまで便利なものという訳でもないので遠くに行ってしまうと関わりが無くなってしまうようなものだ。そのため、僕はこの瞬間に自分の中の大切なものを両方とも失ってしまった。


 それからの生活は地獄のようなものだった。


 中学は同情の目に晒され、僕は卒業までずっと哀れみの目で見られ続けた。


 高校になるともっと最悪だった。この醜い顔のせいで殆どの人が寄り付かなくなり、僕は孤立してしまった。イジメを受けることはなかった。といっても随分と避けられていたようで、イジメと捉えることもできたような気がする。


 幸いだったのは、存在価値の無くなった僕を両親が見捨てなかったことだ。劇に出れなくなった僕でも昔と変わらず愛してくれた。いつか出られるかもしれないと、稽古だって続けた。


 それでも心の穴を埋められることができなかった僕は、大学に入ってからネットの世界に潜って見ることにした。


 どうやら巷では「歌ってみた動画」というものが熱いと知った。素人玄人問わずあらゆる人がカバーを撮って動画投稿サイトに投稿していたのだ。


 それに興味を持った僕もその波に乗ることにしてみた。しかしインパクトがないと売れないと思った僕は考えた。この時代では避けられている顔出しとやらをしてみようかと、そう考えたのだ。今思えば随分と無謀なことだったと思うが、結果としては賛否両論あれど数字だけは伸びていった。


 顔出しといっても、目元は仮面で隠した。口元まで隠してしまうと歌いにくいので、しかたなく顔の下半分は露出することにした。そのせいで、頬から目にかけてザックリと刻まれている大きな傷がネットの海に流れてしまい、僕は「大傷の歌い手」として有名になった。


 元々劇をやっていたことで歌には自信があり、そこで批判をされることは少なかった。そして顔の傷というインパクト。これらが重なり合って、僕は日に日に数字を伸ばしていった。


 そんなある日、僕が街を歩いていると声をかけられた。どうやら僕のリスナーらしい。「顔の傷ですぐ分かった」と言われた。


 マスクをして隠しているが、目元にまで傷があるので隠しきれずバレてしまったようだ。


 その時は気にせずファンサービスをしたが、日が経つ事にそういう出来事が増えていった。


 やがて街に繰り出せば必ず声を掛けられてしまうようになり、僕は普通の生活を送ることができなくなってしまった。


 歌が評価されたのは嬉しいが、このような事で生活が大変になるとは思わなかった。


 マスクをしても隠しきれない。隠せるようなものを使うとすると不審者になってしまう。どうしようかと悩んだ末に僕が導き出した答えは、メイクだった。


 なぜそうなったのかというと、活動用のアカウントに連絡が来たのだ。「日常生活に困っていませんか? 私ならその傷を隠すことができます」と。


 過去に傷を隠すことができなくて劇を辞めることになった僕としてはにわかに信じ難い話だったが、実際生活に困っていたのでどうせならと試してみることにした。


 連絡してきた相手は、最近メイクの店を開いた方だった。要はまだ経験の乏しい新人なわけで、そんな人にできるのか? と不安には思った。


 それでも物は試しと実際に店舗に赴いてみると、店の中には女性が一人だけ居た。


 中学の彼女によく似た人だな、と最初に思った。でも彼女は確か漫画家になりたいと言っていたしメイク師になっているわけが無い。そう考えて僕はその女性が昔の恋人であるという淡い希望を自ら断つことにした。


 その女性は明るい笑顔で出迎えてくれて、軽い雑談を交えながらメイクを施してくれた。不思議とその時間は幸せなもので、あっという間に顔の傷は隠されていた。


 僕は最初驚きを隠せなかった。なんと顔の傷が完全に消えていたのだ。昔劇団のメイク師にも匙を投げられたこの傷が、だ。


 失礼なことであるとは分かっていながらも気になってどうしてか訊いてしまった。どのような技術を用いたらそんなことが出来るのか疑問だった。


 すると彼女は笑って、「傷を隠すためのメイクを勉強したんです」と言った。


 そんなピンポイントなことがあるのか、と僕は更に驚いた。彼女は続けて、「昔とある人に大怪我をさせてしまって、その時の傷を隠すためにメイクの勉強をしたんです」と告げた。


 その時僕は気づいてしまって、口を開けたまま塞ぐことができなくなってしまった。


 店に入ってすぐに思ったこと、それは僕の淡い希望でも何でもなく本当のことだったのだ。


 僕はその都合の良い現実が理解できなくて、ついボケーッとしてしまった。その時名を呼ばれた。彼女から。数年ぶりに。


 本名なんて伝えたことない。ネットに晒しているわけない。それなのに僕の本名を呼んだ。これはつまり僕のリアルを知っている人で、その言葉の響きから不思議と安心感を覚えてしまっている自分が居て、僕は自然と目から涙を零してしまっていた。


 泣きじゃくる僕を彼女は優しく抱きしめてくれて、僕はその温かさに縋るように彼女に触れた。


 いつまで泣いたのか覚えていない。ただせっかくのメイクがぐちゃぐちゃになってしまって、彼女が少し眉を八の字にしながら笑っていたのだけは覚えている。


 これは後で聞いた話なのだが、僕の傷のことがずっと胸に残っていてどうにか出来ないかと引越ししてからも考えていたらしい。その結果メイクで隠してしまえばいいという結論に至り、今日まで『傷を隠す』という特殊なメイクを学び極めてきたのだとか。


 誰にも声をかけられることもなく手を繋ぎながら歩いていると、彼女が笑いながら言った。


「傷が出来たら私が隠してあげる」


と。

閲覧いただきありがとうございます。

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