第2話 森でサバイバル……?
森を歩き始めて、どれくらい経ったでしょう。
「あれ……? 意外と迷いますね、これ……」
私、もしかして方向音痴かもしれません。天界では常に目的地の座標が頭に表示されていたので、自分で道を探すなんてしたことがなかったんです。
「えっと、太陽の方向が……あれ? 木が邪魔で見えない……」
木々が鬱蒼と茂っていて、空がよく見えません。そして、だんだん暗くなってきました。
「え、えぇ!? もう夕方!?」
焦りました。このままじゃ森の中で夜を過ごすことになります。
「うぅ……お腹も空いたし……」
すっかり弱気になっていると、ふと甘い香りが鼻をくすぐりました。
「! この匂い……果物?」
香りの方向に走っていくと、そこには見たことのない赤い実がたわわに実った木がありました。リンゴ……みたいな? でもリンゴよりもっと鮮やかな赤色です。
「これ、食べられるのかな……」
天使の知識を検索します。うん、毒はなさそう。むしろ、この世界の一般的な果物みたいですね。名前は……フォレストアップル?
手を伸ばして一つ取り、かじってみました。
「——!!!」
美味しい! すっごく甘くて、でも後味はさっぱりしていて、果汁がじゅわっと口の中に広がって……!
「これが……下界の果物……!」
感動のあまり、涙が出そうになりました。天界の栄養バーとは次元が違います。これが「美味しい」っていう感覚なんですね。
「もう一個……いや、五個くらい……」
夢中で果物を頬張っていると、空がさらに暗くなってきました。
「あ、あれ……もう夜……?」
完全に日が暮れています。森の中は真っ暗で、木々の隙間から月明かりが僅かに差し込むだけ。
「ど、どうしよう……」
本気で焦りました。このまま真っ暗な森で一晩過ごすの? 怖い……というか、地面で寝るの? 私、数千年間、天界のふかふかベッドで寝ていたんですけど……
「そ、そうだ! 魔法があるじゃない!」
そうです、私は上位天使。創造魔法だって使えるんです。家くらい、一瞬で作れます。
「えっと、確か……『創造』の呪文は……」
手を前に突き出して、魔力を集中させます。イメージするのは、小さくて可愛い家。
「クリエイト・ハウス!」
光が弾けて——
何も起きませんでした。
「……あれ?」
もう一度試します。
「クリエイト・ハウス! 家を作ってください!」
やっぱり何も起きません。
「え、え、えぇぇ!? なんで!?」
慌てて自分の魔力を確認します。魔力は十分にある。でも、創造魔法が発動しない。
「そっか……この世界、天界と魔法体系が違うのかも……」
愕然としました。天界の魔法は、この世界では使えないものがあるんです。特に創造系の魔法は、世界の法則と密接に関係しているから……
「うそ……じゃあどうやって家を……」
パニックになりかけましたが、深呼吸して落ち着きます。
「だ、大丈夫……私は上位天使……こんなことで諦めたりしない……」
そうです。魔法が使えないなら、手作りすればいいんです。人間だって、木を切って家を作るんですから。
「よし! 材料を集めよう!」
まず必要なのは木材。幸い、周りは木だらけです。
適当な太さの木の枝を見つけて、手で折ろうとします。
「よいしょ……よいしょ……!」
びくともしません。
「むむむ……!」
全力で引っ張ります。それでも折れません。
「な、なんでぇ!? 私、上位天使なのに!?」
そう、私は上位天使なので、実は身体能力も超人的なんです。でも、この枝は……
「あ」
気づきました。私、今、天使としての力を完全に封印しているんです。翼も輪も消して、魔力も最低限に抑えて……
「じゃあ今の私の力って……普通の女の子レベル?」
試しに小さな枝を折ってみます。パキッと簡単に折れました。
「つまり、この太さの木は、普通の女の子には折れない……」
現実を理解しました。私、完全に詰んでます。
「うぅ……魔法も使えない、力も普通……どうやって家を作るの……」
座り込んでしまいました。そして、お腹が「ぐぅぅ~」と鳴ります。
「せめて、今夜は……どうにか寝る場所を……」
立ち上がって、周りを見渡します。すると、少し離れたところに、大きな木の根元に空洞があるのが見えました。
「あれなら……雨風はしのげるかも……」
とぼとぼと近づいて、中を覗き込みます。思ったより広くて、大人一人が横になれそうです。
「今日は……ここで寝よう……」
空洞の中に入り、落ち葉を集めてベッド代わりにします。ふかふかというより、ガサガサしていますが、ないよりはマシです。
「はぁ……天界のベッドが恋しい……」
横になって、空洞の入口から見える星空を眺めます。天界とは違う星座が輝いています。
「明日から……ちゃんと考えよう。家の作り方……」
そう呟いて、目を閉じます。
初めての下界での夜。想像していたスローライフとは、だいぶ違う幕開けとなりました。
でも、不思議と後悔はありませんでした。
天界の冷たい床で、書類に囲まれて眠るよりは、よっぽどマシです。
「おやすみなさい……新しい世界……」
小さく呟いて、私は眠りにつきました。




