誰ひとり幸せに出来ない男
王立学園に、ルイス第三王子と男爵令嬢が一線を越えたという噂が広がった。
と言うか、男爵令嬢が言いふらしてます。
両者が合意の上の性行為なら問題無いと言えなくもないのですが、ルイス殿下には婚約者がいます。いずれは公爵家の一人娘である婚約者と結婚して、公爵家に婿入りする予定だというのに……。
「これは、私への宣戦布告と受け取っていいのかしら……?」
生徒たちから注がれる心配そうな目がつらい。
はい、私がルイス殿下の婚約者のソフィア・ガードナーです。望んでもいないのに、噂の渦中の一翼を担っています。
自分で言うのもなんですが、容姿は平凡ながらしっかり者で、頭脳もそこそこ優秀。ガードナー公爵家の有望な後継者と言われています。
一方、ルイス殿下は美しい容姿のせいか三人目と言う事で甘やかされて育ったせいか、我慢や忍耐という事が出来ず、楽な方へ楽しい方へと流れる方。
何とかルイス殿下を舵取りしてくれと、私が婚約者の座に納められました。
「別に宣戦布告しなくても、欲しいならいくらでも持って行っていいのだけど」
ぶっちゃけあんな男要らない。
でも、愚かな王族が平民に迷惑を掛けないように管理するのも貴族の務めです。
大昔にあった国では、国王は潰したい家に何の役にも立たずにお金ばかりかかる象を贈ったそうです。それを思えば、場所を取らないだけルイス殿下の方がマシでしょう。
こちらはそんな事を思っているのですが、ルイス殿下の中では「ソフィアが国王陛下にお願いして、美しい自分の婚約者になった」と信じているので、私たちが理解し合える日は来ないと思えます。
そんなルイス殿下と分かり合うどころか愛し合う事すらできるという奇特な、ふわふわな茶色の髪をした可愛らしい男爵令嬢は、入学した時からルイス殿下のお気に入りでした。
殿下の寵愛を受けるうちに野心を持ってしまったのでしょうね……。でも、操を捧げるのは悪手だと思うのですよ。
私の困惑など気付かず、勝ち誇った顔で鼻高々に学園を闊歩していた男爵令嬢でしたが、間も無くして殿下の隣で腕を絡めているのは奔放と噂の金髪の子爵令嬢になりました。
でしょうね。だってルイス殿下は飽きっぽいのですから。
責任感の無い男に純潔を捧げても、責任を取ってくれませんわよ? 行くところまで行ったら、飽きられるだけです。
男爵令嬢にはそれが分からなかったのでしょう。
固い果実をもぎ取った後は、熟した果実を味わいたい。ルイス殿下らしい、下衆な欲望のままの行い。
脂ぎったヒヒジジイのようですわ。
男爵令嬢は、いつの間にか学園から消えていました。
殿下の周りには子爵令嬢を始めとした身持ちの悪い女子生徒たちが媚を売って侍るようになり、生徒たちの殿下を見る目も冷たくなりました。
艶福家ですこと、なんて見ている状態ではなくなりました。実際、何とかしてくれと嘆願してくる生徒が次々と出てきてます。
でも、私がいくらルイス殿下に注意しても
「大丈夫、本当に愛しているのは君だけだよ。ちゃんと結婚は君とするよ。こういう事をするのは結婚前だけだ」
と、何を怒っているのか理解しません。
仕方がないので、父と一緒に国王陛下と王妃様にご注進したのですが、
「今だけだから、落ち着いて待っていてソフィア」
「結婚したらルイスも落ち着いて、もうそんな事はしないだろう」
と、こちらも話が通じない。
「学園はいつから汚らわしい売春宿になったのですか!」
ここまで言って、やっと私が嫉妬しているのでは無く、自分たちの息子が学園の風紀を乱しているのだと気付いてくれました。
「殿下と同じクラスの女子生徒は、爛れた人たちの側にいたくないと言っています。殿下の影響を受けた婚約者から性行為を求められている人もいます。男子生徒の中には、どの女性が一番テクニシャンか当てようなんて下卑た賭けをする者までいますわ。ルイス様のせいで、王立学園の品位は嘆かわしいほど滅茶苦茶です!」
このままでは退学者が続出して、売春婦と客しか残りません!と、脅したら、やっと国王陛下が動いてくれました。
男女の遊びを弁えた何人かの夫人をルイス殿下に宛てがう、という方法に。
汚らわしさではどっこいどっこいですわ。
子爵令嬢がルイス殿下に会おうと王宮に突撃したけど、新しい女性と楽しんでいたので追い返されたとか噂は聞きますが、とりあえず学園の風紀は元に戻ったので良しとしましょう。
時は流れ、学園を卒業した私とルイス様は結婚しました。
最も権威のある大聖堂で、贅を凝らした婚礼衣装。王家と公爵家の力をこれでもかと注ぎ込んだ結婚式です。
結婚式の後は、屋根なしの馬車で公爵邸へ向かいました。
沿道の平民たちが、国家式典では遠くからしか見られなかった第三王子の美しい姿に熱狂してます。
集まった子供たちには妖精の扮装をした女性たちが振る舞い菓子を配り、街はお祭りのような盛り上がりでした。
そして夜。
私が寝る準備をしていると、廊下からルイス様と部屋の護衛が揉めている声が聞こえました。
「あら、思ったより早く私の部屋を見つけましたのね」
私の部屋からずっと遠い部屋をルイス様の部屋にしたのに。
仕方が無いので、寝着の上にきっちりとガウンを着て彼を部屋に入れます。護衛にも部屋の中に立ってもらいましょう。
「メイリー、お茶はいいわ。眠れなくなるもの。ルイス様、お話を手短にどうぞ」
どっかりとソファーに座ったルイス様の向かいに座ります。
「今夜は初夜だ! なぜ妻が私の部屋に来ずここにいる」
「そういう約束だったじゃないですか。ルイス様が言ったのですよ。『結婚したらこういう事はやらない。結婚するまでだ』って。結婚までにもう十分にやったのでしょう? 結婚したのだから終わりです」
「それは! それはそうじゃなく……!」
「国王陛下も王妃様も、『ルイスは結婚したらもうそんな事はしない』と言ってましたわ。なので、私には指一本触れないでくださいね。ではお帰りください」
「ま、待て! 子は、公爵家の跡取りはどうする!」
「あなた以外の方と作りますわ」
「私に、お前が他の男と抱き合っているのを耐えろと言うのか!」
……この人は、自分を棚に上げて何を言ってるのでしょう。
「嫌なら離縁いたしましょう?」
「お、お前は私を愛していたのではないのか?」
「……まあ、象よりは」
「ゾウ?」
「そうそう、国王陛下が隠居なさいますわ。遠くの離宮で余生を過ごす事になるので御一緒に行かれては? 陛下がルイス殿下のために女衒のような事までされてすっかり貴族たちの信望を失いましたので、殿下のお兄さま方も我慢の限界になったようですわ」
もちろん、我がガードナー公爵家が後ろ盾となりました。
年若い国王を支えるのも貴族の務めです。王太子殿下は支えがいのある方ですわ。
「父上が隠居……?」
……って、問題はそこですか。
「田舎は嫌ですの? でも、男爵令嬢や子爵令嬢に頼ろうにも、もう家にはいませんわよ」
「彼女たちに何かしたのか!」
「私は何も。公爵家に喧嘩を売った家に関わろうとする家は無いので、皆に付き合いを断たれた結果です。今頃は借金返済のためにどこかの娼館に売られたと思いますわ。ルイス様がつまみ食いしたお相手たちも」
「可哀想に……」
「はあ!?」
あら、淑女らしからぬ声が出てしまいました。
「子爵令嬢が助けを求めて王宮に行ったのに、新しい恋人と懇ろだからと追い返したのは殿下でしょう!?」
ルイス様が「分からない」という顔をしています。
「どこかのご夫人と乳繰り合っていた時ですわ」
「あ……!」
やっと思い出したようです。
しかし、直截的な言葉を使わないと通じないって、夫人たちとどういう遊び方をしていたのやら……。
「その夫人たちも、便宜を図ってくれるはずだった国王陛下がいなくなってはただのふしだらな女ですものねぇ。国王の手前大人しくするしかなかった夫たちは、これから夫人をどうするのか……」
ルイス様の顔色が悪くなってきました。
「本当、ルイス様と付き合った女性は悲惨な事になりますのね。誰ひとり幸せに出来ない男となんて、私は関わり合いたくないですわ」
ルイス様の肩が落ちる。
お帰りください、の言葉に今度は素直に立ち上がり、フラフラと出ていきました。廊下に控えていた侍従に支えられて歩いていきます。
何故あの人が傷ついてるのでしょう?
メイリーに下がるように言い、寝室に入ります。
ベッドに横になって、あのルイス様がいつまで一人寝に耐えられるだろうと考えました。
今日は反省したみたいですが、どうせすぐに忘れて女性に手を出そうとするでしょう。
……そう考えると、年中発情してないだけ象の方がマシな気がしてきました。
彼が新たなターゲットの女性を見つけたら、私が彼の息の根を止めます。
被害者をこれ以上出さないための義務ですわ。
悲しまないでルイス様。
大丈夫。
今日祝福してくれた人たちが、若く美しい王子の死を悼んでくれますわ。
2025年5月9日 日間総合ランキング
9位になりました(°▽°)
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