第四話 灰の遺構と青き記憶
崩れた聖堂の地下で出会ったのは、“黒環の楔”を名乗る仮面の少女・ラミア。
封印の真実と母の銃の正体を知る中、再び魔獣がその咆哮を上げる――
乾いた咆哮が遺跡の奥に響き渡った。
剥き出しの牙と燃えるような眼を持つ魔獣──冥咆覇牙が、再び目の前に姿を現す。
その身を覆う黒甲殻は以前よりも一段と濃く艶を増し、全身から噴き出す魔力の奔流が空間をわずかに揺らしている。
爪は太くなり、足取りひとつひとつに地面が軋むほどの重みがあった。
「前より……強くなっている!?」
ミレアが息を呑んだ。
背後からラミア・ヴェルゼリオが興味深そうにその様子を見つめている。
長く垂れた銀髪が、光の届かぬ地下の闇にふわりと浮かんで見えた。
「なるほど。あれだけの外殻と魔力障壁……下級魔術では通らないわけだわ」
ミレアは銃を構え、引き金を引く。
次の瞬間、連続する銃声が空間を切り裂いた。
前回の戦闘ではほとんど通らなかった外殻が、今度は一部を砕かれ黒い体液が飛び散る。
(……通った)
撃ち抜かれた部分が赤黒く爛れ、魔獣が怒りに満ちた咆哮を上げた。
なぜか、MP18に装填されていたマガジンが、薄く赤く染まっていた。微かに煙すら立ち昇っている。
「……えっ、ちょ、ミレア、その銃……!」
ルナが目を見開き、思わず声を上げる。
過熱した金属の匂いが、地下の空気に焦げたような刺激を混ぜた。
(連射しすぎた……)
ミレアはわずかに顔をしかめながら、熱を帯びたマガジンを手早く引き抜き予備と交換する。
右手の指先には、じんわりと痺れるような熱が残っていた。
(……しばらく、連続射撃は避けたほうがよさそう)
マガジンを交換すると銃身の熱が僅かに落ち着き、金属の焼ける匂いも和らぐ──その一瞬を突くように、冥咆覇牙が突進してくる。
「しまっ……!」
反応が遅れた。
間に合わない。
「もう、だめ……」
──その瞬間だった。
「見ていられないわね。これが“聖遺物”の所持者と、その護衛?」
冷ややかな声が響いた直後――ラミアの左目に蛇の瞳孔のような紋章が浮かび、空間が揺れる。
彼女が掲げた小さな指先から放たれた光が、冥咆覇牙の強固な外殻を裂いた。
紫の光が一閃。
冥咆覇牙は内部から崩壊し、断末魔の咆哮とともに塵と化す。
ミレアとルナは呆然とその光景を見つめるしかなかった。
「……冗談でしょ。あれ、私たちが必死で戦っても歯が立たなかったのに」
「これが……黒環の楔の実力……」
ラミアは、手を払って埃を払うような仕草で振り向いた。
「……まだ、貴女は未熟だわ。ミレア・エストリス…けれど悪くない。観察する価値はあるわ」
「どういう……意味?」
問いかけにラミアは答えず、代わりにふっと微笑む。
「せいぜい、“アマリエ・クラウゼの意思”を辿ることね。その名の重さを、これから知るでしょう」
そしてラミアの身体は、まるで幻のように砂となって崩れ落ち跡形もなく消えた――
残されたミレアとルナは、瓦礫の上でしばし立ち尽くす。
だが──その奥、冥咆覇牙が立っていた背後の壁が、淡く光を放っていた。
「……ミレア、その壁……」
「ああ。さっき、あの魔獣を倒した場所……」
無意識のうちに、ミレアはヴァルミナ──MP18のグリップを握りしめた手をその壁へと伸ばしていた。
指先が触れた瞬間、石壁は音もなく光に包まれ、紋章が浮かび上がる。そして、重厚な扉が開かれる。
「まるで……認証システムね。ヴァルミナと私にしか反応しない……?」
その先は、閉ざされた遺跡の心臓部──そして、帝国の忘れられた遺産だった。
回廊を抜けた先に広がっていたのは、魔術と機構の融合された奇妙な空間。
中央には球体状の装置があり、そこには無数の銃器構造と魔力導管の設計図が投影されていた。
「これが……ヴァルミナの原型……?」
──そこには、こう記されていた
『アマリエ・クラウゼ設計:対魔獣可変戦術兵装“ヴァルミナ”』
『エネルギー転換装置を核に、術者の魔力を変換し魂金の核《弾》として排出する機構を実装』
『試製型適合者に関する記録█████████。起動には“同調権限”の刻印が必須』
『最終制御コード:██████ "エリュシオン計画"に基づく仕様変更あり。担当責任者署名:抹消』
『██機構過負荷により█████反応██████■』──※この項目はデータ破損のため読取不能
「魔力で、塊《弾》を造ってる……だから、私は“補充”なんてしてなかったんだ」
ミレアが静かに呟いた。
ルナは目を見開き、驚きの声を漏らす。
「この銃、魔力を直接“塊”に変えて撃ってるってこと……? それじゃ、塊切れって……」
「魔力が尽きたってことになる。体力も削れるから、連発は危険」
ミレアはそう言って、自分の手のひらを見つめた。
「それに……」
彼女は腰のマガジンポーチに目をやる。
そこには数本の金属製マガジンが収められていた。
「この銃の中に、魔力を流し込むと……中で術式が働いて、“金属の塊”になって飛んでくれる。たぶん、そういう仕組み。……たぶん、内部にある術式か何かが魔力を整えて、“塊”にしてくれてるんだと思う」
「撃ったあとは、少し間を空けないとダメ……冷めるまで待たないと、次の魔力が暴れちゃう感じがする」
「冷ます……?」
「撃ち続けると、装魂筒の術式が過熱して暴走する。だから、戦闘中は過熱した装魂筒を抜いて、冷えた別の装魂筒に交換する必要がある。──これは“魔力供給装置”じゃなくて、“変換機構”だから」
ルナは呆然としながら、それでも理解しようと口を開いた。
「じゃあ……その装魂筒が全部壊れたり、使えなくなったら……?」
「終わり。私には他の魔法も使えない。これが戦えなくなるってこと」
淡々とした声の奥に、ミレアの覚悟が滲んでいた。
──その直後、地響きが鳴り、遺跡が崩れ始める。
球体状の装置が急激に赤く染まり、天井から微かに砂塵が降り始めていた。
「どういうこと……!? 魔力の流れが暴走してる……!」
《アーカイブへのアクセスを確認。セキュリティコード:消去モード起動》
装置の下部に刻まれていた古代文字が光り、頭の中に響くように再生される。
「これって……まさか、自壊機構!?」
「アマリエは、自分の技術が悪用されることを恐れていたんだ。遺産を“知った者”が持ち出そうとする時、自動で崩れるように……」
石壁が崩れ、天井から瓦礫が降り始める。
ルナが悲鳴を上げ、ミレアは彼女の手を取って走る。
ミレアたちは急いで通路を引き返す。
道が塞がれかけたとき、ルナが側壁の奇妙な亀裂に気づく。
「ここ……通れるかも!」
押し入るとそこには狭い石の階段が続いており、半ば崩れた小さな通路が地上へと通じていた。
ぎりぎりで脱出した二人は、ようやく森に出る。
全身を覆った土と汗、息を整えながらも、二人ともどこか放心していた。
「……私、まだ何も分かってないのね」
そう呟くミレアの目は、空から注ぐ光を映していた。
──ゼルグレア王都・軍事評議会室。
長机を囲んだ貴族・軍人・術士らが、緊迫した議論を交わしていた。
その中心には、魔術により投影されるミレアの戦闘映像。
MP18が放った弾によって、魔獣“紫牙”が貫かれるシーンが繰り返し再生される。
「……これが、ミレア・エストリスという少女の武器か……」
「この兵装、銃と呼ばれるものは魔力を精巧な金属の塊へ変換する未知の機構を備えている。だが、問題は──」
議長席に座る老将軍が低く呟く。
「この兵装、“魂の刻印”が施されており、使用には高い適合率が必要との情報だ。つまり、現状ではミレア以外では扱えない」
「……ならば、その魂ごと解析し、量産するしかあるまい」
誰かが冷たく言い放った。
「……彼女を殺す気か?」
「ゼルグレア王国の未来がかかっている。選択肢は……限られている」
その言葉に場がざわめく中、術技研究局の老魔導技士が口を開いた。
「それともう一つ……この兵装が有する最大の謎について、報告がある」
彼は卓上に展開された構造魔写図を指しながら続けた。
「実は我々は、この兵装の存在を以前にも確認していた」
数人が驚きの声を上げる中、老技士は静かに言葉を重ねた。
「十二年前、辺境に現れた名もなき術士クラリッサ・ヴァイゲルト。彼女が使用していたのが、今回と同型と思われる兵装だ」
「当時の軍はその性能に注目し、接触を試みたが……クラリッサはその後、消息を絶った。兵装も共に失われ、それ以来、我々はただ記録と噂だけを追っていた」
「だが今、ミレア・エストリスによって“ヴァルミナ”は再び現れた」
「血脈による適合か、それとも意志の継承か……いずれにせよ、我々の前に立ちはだかる“技術的異端”であることに変わりはない」
一同が息を呑む中、技士は続けた。
「我々は複製を試みた。外装や構造、そして内部の導力系と思しき要素も、限られた情報をもとに推定し、いくつかの仮説に基づいて模造機を再現してみたのだが……」
「発射されなかった?」
軍人の一人が言うと、老技士は頷いた。
「いや、それ以前の問題だ。“力が、存在していなかった”。魔力を通しても、何も起きない。ただの鉄筒に過ぎなかった」
「内部構造は未解析な部分が多く、魔素変換炉や術式刻印といった既知の術理は見られない。導力蓄積痕跡も検出されず、魔術的な出力機構は今のところ確認できていない。だが、それでも――本機は金属塊を放ち、魔獣の外殻を貫通したのだ」
「では、何によって金属塊を打ち出している?」
「……不明だ。推測の域を出ないが、何らかの瞬間的な圧縮膨張による運動力学的な推進作用……理屈としては成立する。しかし、それに用いられている“圧力の源”が、解明できていない」
「魔導でも錬金でもない……」
誰かがぽつりと呟き、老技士はゆっくりと首を振った。
「かつて古代フェリス帝国で試みられた“爆縮運動式射出術”に似た理論も見受けられる……しかし、これほど小型で実用化された記録は、どこにも無い」
「ならば──これは遺物か?」
議長が低く問う。
「いえ。遺物というより、“技術的文脈そのものがこの時代に存在しない”。つまり、この兵装は……我々の歴史が辿ってこなかった“もう一つの技術体系”をベースに造られたものと見るべきでしょう」
誰も何も言えなかった。
それはあまりにも異質で、あまりにも得体が知れなかったからだ。
一方、別の術報部からの報告がなされる。
「報告。王都で不明な瘴気事件が複数発生、これは黒環の楔の第三環“瘴筆”の関与が疑われます」
「……蛇眼の活動も確認されたな。今や奴らは、ゼルグレア王国の中枢にすら手を伸ばしているということか」
静寂が広がる会議室。
――影はすでに、王国の心臓を蝕み始めていた。
夕焼けはすでに終わり、夜の帳が森を包み始めている――
ぱちぱちと燃える炎の音と、時折響く虫の声だけが静寂を彩っていた。
ミレアは、ルナから渡された干し肉を手に取ると、少しだけ眉をひそめながらも口に運んだ。
保存食らしい塩気の強い味が、疲れた身体に染み渡る。
「……まさか、あんな場所が地下に隠されてたなんてね」
ルナが、火を見つめたままぽつりと呟いた。
「……ミレア、あの銃のこと、もっと早く教えてくれたら……」
「私自身、よく分かってなかった。でも……少しずつ思い出してるの。昔のこと、あの銃と、母のこと……」
彼女は手元の銃を見つめる。
自らの魔力を削って放たれる一発一発。
その中に、まだ語られていない過去と、母の記憶が詰まっている。
「この銃の真実を知るためにも、私は……この先へ進むよ。たとえ、その先が地獄だったとしても」
森の風が、ミレアの髪を揺らす。
夜は、まだ深い――
その奥に潜む影を、彼女はまだ知らない。
【用語解説】
冥咆覇牙
古代帝国は重要な魔導兵器や技術を地下遺構に保管しており、外敵や盗掘者から守るため魔獣型兵器“冥咆覇牙”を番犬として設置・制御していた。
その外見は、体高三メートルを超える巨躯に、骨のように硬質な黒い皮膚を持ち背中からは巨大な翼が生えている。
両腕には異様に長い二本の鉤爪を有し、その動きは闇そのものを引き寄せるかのような不気味さを帯びている。
古代帝国の滅亡し、月日が流れ制御装置が破損し魔獣は暴走。
以後、遺構そのものに封印される形で“封じられた遺産と共に眠る存在”となる。
教会により地下遺跡の存在を発見されるが「神罰の象徴」として、冥咆覇牙を聖域に封じ「神の怒りを鎮める」との名目で密かに監視・保護していた。
紫牙
古代帝国レル=フェリスによって創造された魔獣型兵器のひとつ。
番犬型魔導獣の一体。
全身を黒い体毛に覆われ、体長は二メートル近くに及び咆哮とともに高密度の魔力波を放つ性質を持つ。
主に都市防衛や重要施設の警護を目的に設計されたとされる。
現代においては、ゼルグレア王国の辺境村近くで突如出現し襲撃。
出現の背景には何者かが意図的に紫牙の封印を解除し、偶然の事件に見せかけて“魔導兵器の存在”を引き出すという狙いがあった。
この事件はミレア・エストリスとMP18《ヴァルミナ》の存在を王国中央に知らしめるきっかけとなり、結果として軍事評議会をも動かす重大な契機となった。
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ここまで読んでくださって、ありがとうございます。
わたしたちの旅路に少しでも心を重ねていただけたなら、とても嬉しいです。
次回の旅は【4月26日】を予定しています。
評価やレビュー……もしよかったら、聞かせてください。
それがきっと、わたしの歩みにとって大きな支えになるから。
――ミレアより
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