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第二話 教会の影、聖職者と銃











ゼルグレア王国の片隅にある古びた村に突如として現れた魔獣、紫牙シガ


対抗するすべもない村人たちを前に、少女ミレア・エストリスは希少な銃《ベルグマンMP18型》を手に立ち上がった。


相棒ルナ・フィールライトの魔法とともに、ふたりは見事に魔獣を撃退したが……



これは、平穏の裏に隠された忌まわしき記憶へと続く――次なる扉の前章。


























 夜が明けきる直前、村の大通りには、昨日までの怯えが嘘のように静けさが広がる。


「……あれほどの魔物が現れるなんて、もうここには住めねえかもしれねぇな……」


「違ぇんだ、何かがおかしい。前にも少しだけ似たやつが来たことはある。でも……ここまで凶暴なのは初めてだ」

焚き火の明かりが揺れる囲炉裏のそば、村長を囲んで数人の男たちが小声で語り合っていた。


ミレア・エストリスはその会話を背後で聞きながら、静かにMP18を点検していた。

昨夜の戦いでこそ魔物を退けたものの、古い銃はやはり不安定で給弾不良を起こしていた。


「――ねえ、さっき言ってた“前にも似たやつ”って、いつのこと?」

ミレアが声をかけると、男たちのうちのひとり、肩に布を巻いた老農夫が苦しそうに息をつきながら言った。


「十年ほど前さ。あれも変な牙をした奴でな……ここから南にある丘の上に聖堂がある……教会のやつらが来て、何かを“封じた”って話だった。あれ以来、静かだったんだが……」


「教会が……?」とルナ・フィールライトが小さくつぶやいた。

紫の三つ編みが揺れ、彼女の視線が村外れの丘を見つめる。


「ああ、あそこの聖堂だ。昔は立派だったが、最近は誰も近づかねぇ。妙な噂ばかりが残ってな……」


ミレアとルナは顔を見合わせた。偶然の一致――ではない。

数日前からこの周辺で魔獣の動きが妙に活発になっていた理由が、もしその教会にあるとすれば、確かめずにはいられない。


「村のみんなをこのままには出来ない。あたしたちが、直接行くしかない」

ミレアの言葉に、ルナは静かにうなずいた。

彼女の手の中には、淡く揺れる光の杖。魔法の気配が微かに高まり、決意の色を帯びる。


「……また戦いになるかもしれない。でも、逃げたくない」

火の粉がぱちりと弾けた。


少女たちは立ち上がり、昇り始めた朝日に背を押されるように、村の丘の向こうへと歩き出す。

教会へ続く坂道は、古びた石畳が雑草に埋もれていた。


建物はかつての威厳を失い、白く塗られた外壁は風雨にさらされてくすみ、至る所にヒビが走っている。


「ここが、封印の場所……かもしれないのね」

ルナ・フィールライトは手にした杖を胸元に抱え、小さく息を吐いた。魔力の流れを感じる――薄く、だが確かに、地中から漂うような淀んだ気配。


ミレアは銃を下げたまま、入口の前で立ち止まる。

重たく閉ざされた扉は、誰かが内側から鍵をかけたような固さだった。


「誰か、いる……?」

ノックも反応もないまま、無理やり押し開けると、教会の内部にはひんやりとした冷気が満ちていた。

埃をかぶった長椅子にステンドグラスはくすんでおり、代わりに天井の梁から下がる古い燭台が、ほのかに赤黒く揺れている。

神聖だったはずの空間は、今や時の流れにすべてを奪われていた。


だが、奥に進むにつれ、空気が徐々に変わっていくのをふたりは感じ取っていた。

石畳の床には古びた聖句が刻まれ――その先、薄暗い祭壇の前に、ひとりの人物が静かに立っていた。

その人物は、まるで最初からそこに存在していたかのように、微動だにせず佇んでいた。


「……来たか。よくぞ、ここまで」

白を基調にした長衣に金糸の刺繍の法衣に身を包んだ男。

顔の半分はフードに隠れ、手には黒革に包まれた分厚い書物。


「あなた、聖職者……?」

ミレアが一歩前へ出る。


「……名乗るような者ではない。ただの、番人だ。封印を守り、そして、終わりの日を見届ける者」

その言葉に、ルナの背筋がぞくりと震えた。

まるで“来るべき日”を待っていたかのような声音。



何もかもを知っている――そんな印象。

ただの人間に見えたが目の奥に秘められた異様な力を感じ取った。

ミレアはそっとトリガーに指をかけながら、慎重に一歩を踏み出そうとする。


だが、ルナが先に声を上げる。

「待って、ミレア。これ以上進むと危険よ。何かが変だわ」


その言葉と同時に、祭壇の左奥から何かが動き出した。

それは、最初に見たものとはまったく異なる存在だった。


地面が揺れ、壁が震え、そして現れたのは――

「……な、何だ、あれ?」

ルナが目を見開き、息を呑む。


現れたのは、“冥咆覇牙ヴォルグル”という名の、怪物。

巨躯を持ち、骨のように硬い黒い皮膚が全身を覆っている。


だがそれだけではない。

背中から生えた巨大な羽と、二本の異常に長い爪が、まるで闇そのものを引き寄せるように動いていた。


「これが……“封印されたモノ”の正体?」

ミレアは呟いた。


今はその言葉を口にしている場合ではなかった。

「前の魔物とは、格が違う……!」

ルナがその爪を見つめ、冷静に言った。

魔獣はその巨大な体を揺らし、猛然と二人に向かって突進してきた。


「ミレア、これだけは言わせて! 今、銃を使う時よ!」

ミレアは素早く銃を構えた。だが、再び弾詰まりが起きる。

「またか……!」


魔獣は咆哮を上げ、ミレアまであと3メートルのところまで迫る。

「――っ!」

ルナが間一髪のところで飛び込み、魔法の力を込めた風縛の鎖を放つ。

挿絵(By みてみん)


しかし、冥咆覇牙の巨大な体にその力は通じない。

風縛の鎖は、ただの束縛にしかならず、数瞬後には解けてしまった。


「もう……だめなの?」

ミレアの心が揺れるその時、彼女の手に感じる異常な力。

再び銃を構え、今度は弾詰まりを起こさぬよう、慎重にトリガーを引いた。


「――ファイア!」

無数の銃弾が空気を裂き、魔獣に命中する。

だがその硬質な肉体には深い傷を残せず、ただその怒りを煽っただけだった。


「やっぱり……普通の魔物とは違う……っ!」

ミレアの心臓が激しく打ち鳴る。

手に握る銃が、彼女の動揺に呼応するかのように微かに震えている。


「はやく逃げないと!」

ルナが声をかけた瞬間だった。

魔獣とミレアたちの中間地点の床が、まるで何かに引き裂かれるようにバキバキと音を立てて割れ始める。


「なに……地面が……!」

ひび割れはあっという間に広がり、教会の床にぽっかりと黒い裂け目が生まれた。

そこから吹き出す風は冷たく、底の見えない奈落へと続いているようだった。


「下に……何があるの……?」

ルナが呟く。

その声に答えるように、魔獣が再び咆哮した。



だが、その巨大な咢が再び開かれる前に――

ミレアたちの足元にある床が、崩れた。


「っミレア、掴まって!」


「わっ――きゃあっ!」



二人の少女の身体が、闇の中へと飲み込まれる。

天井のくすんだステンドグラスから差し込んでいた鈍い光が、教会の裂け目を静かに照らしていた――











【用語解説】


教会


ノルテラント全土に信仰を広めている宗教組織。

表向きは慈善と教化を目的とした機関だが……


ミレアたちが訪れた教会は、聖堂の分院であり地方の拠点にあたる。

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