お義母さんの腸内熟成カリー 〜山口家の場合〜
1. 招かれざる夕食
「たんとお食べなさいね」
義母の笑顔が、妙に艶めかしく光っていた。
土鍋の蓋を開けると、湯気とともに鼻腔を襲う濃厚な香り。スパイスが渾然一体となった芳醇な匂いに混じって、どこか生臭いというか、発酵食品のような発酵しすぎた匂いがした。
俺は、目の前のカレーを見つめる。黒光りするルーに、ゴロゴロとした肉片のようなものが沈んでいる。箸で掬おうとすると、ねっとりと絡みつくような粘度を感じた。
「……これ、本当にカレーなんですか?」
「もちろんよ。私が長年研究してきた“究極の熟成”カリーだからねえ」
義母は自信満々に胸を張る。ふと、隣の妻を見るが、彼女は何も言わない。ただ、テーブルに視線を落とし、無表情でスプーンを握りしめている。
「どうやって、熟成したんですか?」
「それを知りたい? ふふ……ちょっと、台所に来なさいな」
俺は、義母に導かれるままキッチンの奥へと足を踏み入れた。
2. 熟成の秘密
義母が冷蔵庫の隣の引き戸を開ける。そこに現れたのは、畳ほどの広さの小部屋だった。部屋の中央には、ステンレス製の寝台。その上に、大量のバナナの皮、ヨーグルトの空き容器、そして何より……異様なまでに黒ずんだ排泄物の山が、整然と並んでいた。
「……これ、まさか」
「そう。私の腸内でしっかりと発酵させたのよ」
義母の声は、どこか恍惚としていた。
「腸内環境を最適に整え、時間をかけてカレーを熟成させる。腸内細菌がね、スパイスと油分を分解しながら、旨味を最大限に引き出すのよ。それを、毎日少しずつ採取して、寝かせて、さらに熟成……このカレーはね、私の身体そのものなの」
俺は、背筋に冷たいものが流れるのを感じた。
「……それを、どうやって採取してるんですか?」
「あら、見たい?」
義母は悪戯っぽく微笑むと、ゆっくりとスカートのウエスト部分に手をかけた。俺が止める間もなく、スルリと下着を下ろし、無造作にステンレスの寝台に腰を落とす。
「ほら……」
彼女の腹部がわずかに痙攣し、尻の奥からくぐもった音が漏れる。
「ぷぅ……っ」
微かな空気の抜ける音とともに、濃密な刺激臭が鼻を突いた。直後、**ぐにゅり……ぷちゅ……**という水分を帯びた音が響き、茶色くどろりとしたものが排出された。それは、まるで発酵食品のような照りと、異様なコクのある香りを放っていた。
「これをね、数日間寝かせるの」
義母は白いゴム手袋をはめると、排出されたばかりのそれを手に取り、陶器のボウルに移した。さらに、乾燥スパイスをふりかけながら、指でゆっくりと馴染ませていく。
「ほら、こうするとスパイスが浸透して、より深みが出るのよ」
俺は限界だった。
「……無理です。食べられません」
「何言ってるの。ここまで作って、食べないなんて失礼よ?」
義母の目が細くなる。
3. 運命のスプーン
俺は、もう一度食卓に戻った。目の前のカレーは、さっきよりもねっとりと、絡みつくように光って見えた。
スプーンを握る手が震える。これは、食べ物なのか? いや、俺は何を言っているんだ。義母の身体から排出されたものを口に入れようとしているのだ。
「食べなさい」
義母の声が、妙に低く聞こえた。妻は相変わらず俯いたままだ。俺が拒否する理由は、ここには存在しないようだった。
スプーンをゆっくりと口元へ運ぶ。鼻をつく香りは、意外にも芳醇だった。スパイスの香ばしさと、強烈な旨味の気配が、むしろ本格的なカレーを思わせる。だが、その奥に、明らかに別のものが潜んでいる。
「……いただきます」
俺は、意を決して口に運んだ。
ねっとりとした舌触り。スパイスの奥から、わずかに発酵臭が滲み出す。深く、重く、異様なコクが広がる。カレーだ。確かにカレーの味がする。だけど、これは……!
喉を通った瞬間、全身が震えた。これは人間の作るものではない。人間の内側から生まれた何かだ。
「……美味しいでしょう?」
義母の声が、どこか甘やかに響いた。
俺は、胃の奥からこみ上げる何かを押さえつけながら、ただ頷くしかなかった。