第81話 天輪に映る笑顔
暖かくなってきて朝の目覚めが辛くなくなってきました! しかし寝ていたい。
ブレスの跡が残る正面ではなく、焦げた民家の片隅にある木箱のに背を預けた。
アイテムバッグをシャフナーに託しちまったから、オーブの付け替えができない。
左の目がぼんやりと見えなくなってきた。
「ふう。全滅させた……よな」
「ゴホッ、ゴホ。誰か、誰かいるの? 助けて、助けて!」
木箱の中から聞こえる声には聞き覚えがあった。まさか……「この声、小僧か!?」
急いで木箱を開けてみると、他人の返り血か、血まみれですり傷がある小僧が中に入っていた。
「お前、無事だったのか」
「うう、父ちゃんがなにも言わず、無理やりこの中に。僕、捨てられたのかな」
「……お前」
なんて声をかけりゃいいんだ。俺が、バッカを……。
「父ちゃん、なんかおかしかった。周りの人たちが化け物だって。水がね、いっぱいかかったの。ねぇ、父ちゃん何があったの? 父ちゃん、悪いことした? 苦しい声がいっぱい聞こえたよ」
……またはらわたが煮えくり返ってきたような感覚だ。
でも、小僧は生きてた。俺にはこいつを助けてやる責任がある。
「……バッカは死んだ。そのバッカを利用するやつがいたから止めた。あいつは契約を、破っちまったんだ」
「そんな気はしてたの。うぐっ、うぐっ……お父ちゃん。ねぇ悪魔様。僕、これからどうやって生きたらいいの?」
「小僧。俺と契約しろ。お前を守ってやる」
激しく泣き始めた小僧。それでもなお、頑張って俺と話をしようとする。
絶望するのはまだ早い。
「えぐっ……契約って、なにをすればいいの?」
「お前を連れ帰る。そして勉強するんだ。世界から必要とされるようになるほど。できるか?」
「僕、目が見えないよ。ひとりじゃ無理だよぉ……」
「ひとりでやれなんて言ってないぜ。お前はバッカを失ったけど、新しい家族、そう。可愛い妹を得る。無事に戻ることができたら、説明してやる」
「妹? 女の子? 家族?」
「そうだ。だが、前にも言ったことを覚えてるか?」
「えぐっ……うん。自分で、考えて。助けられるだけじゃなくて、僕も助けないといけないんだよね」
「そうだ。お前がミーコを助けられるくらい強くなれ。お前を助けたバッカのように。それができるようになるまで、俺がお前を守ってやるから」
そう言って小僧をかついでやる。
まだまだ小さい。体も鍛えねーとだめだ。
「う、うん。でもどうして僕を持ち上げるの?」
「野暮用さ。直ぐ戻る。ちょっとだけ待ってろ」
「置いていかない?」
「いかねーよ。契約したんだろ? 置いてったら俺が裁きを受けることになるだろ」
「分かったよ。泣かないで待ってる」
「いい子だ」
ウスバカゲロウを構え、ブレスを放出した方角を見る。
あれほどの攻撃で、まだ全滅させられていなかった。
正面にいるのは、怪物のような姿をしたリースだった。こいつは蛇っぽい感じじゃない。虫とトカゲを混ぜたような気持ち悪い魔族にリースの顔が生えている感じだ。相応のダメージを負わせたようだが、よく生きてたな。
「やられた、やられた。あんな強い攻撃を受けたのは初めてだ。お前、只者じゃないと思ったが、なぜ邪魔をした」
「お前に手柄を横取りされた仕返しかな」
「ギャッギャッギャ。あの程度のことでか。それなら取引をしよう。まぬけな王が他国を取る手助けをしろ。そうしたら、その国はお前にくれてやる」
「俺さ。見た目が派手とか地味とかそういうのは気にしないんだけど」
「何を言ってる? やるのか? やらないのか?」
「虫っぽかったりグロテスクなのは苦手なんだよ。あと、えらそうに上から命令してくるやつ。お前、ダブルでダメだわ。ついでに言うとお前、心根が腐ってるんだ。だからそんな臭いすんじゃねーの」
「調子に乗りやがって、ぶち殺して……体が動かん!?」」
「お前、もう死んでるし」
「な……」
やっぱり、トレントはどの部位でも便利そうだ。
がっつりと地面から伸びた根っこでやつをがんじがらめにされ、動けなくなったリースの首を飛ばすのは容易かった。
……飛ばしてもまだ動いてるけど。
「こいつの体、どうなってんだろ。みじん切りにしないとダメなのか? うええ、気持ち悪ー。どんだけリアルだよ」
「あ、悪魔の力をなぜお前がはっ!?」
「うっさいしゃべんな。触りたくないからトレントの木で埋葬しとこ。周囲に火があるから土葬と火葬同時にできるや」
「や、やめ、やめ……ぎゃあーー!」
「俺、悪魔だし。トラウマだわこの光景。うええっ、気持ち悪ー」
こんなゴミに容赦する必要はない。ただのしゃべるモンスターだ。つってもこんなのモンスターオーブになったとしても必要ないけど。
少しだけスッキリしたわ。
ゆっくり小僧を置いた場所まで戻り、焦げた民家付近で焼け残った布類を拝借してきた。
「小僧、終わったぞ。その体についた……水、拭いてやる」
「うん、ありがと。僕ももう泣かないよ。悪い奴、倒してたんでしょ?」
「ああ。まだやることはあるけどな」
「僕も、悪魔様みたいに強くなれるのかな」
「さぁな。ちなみにお前の妹になる予定のミーコは魔法が使えるぞ」
「本当に!? 悪魔様みたいなことができるの?」
「それは無理だな。何せ俺は特別だ。はっはっは」
「ねぇ、お父ちゃんって恰好良かった? 僕、お父ちゃんに似てる?」
「ん? そうだな……男の格好良さは見た目じゃねーぜ」
「どういうこと?」
「たくましさっつったらいいのかな。動じない強さっつーか。けなされてもバカにされても芯が折れない強さ。大抵のことは笑って流し、いざってときは恐ろしいほどたくましく強い。そういった意味でバッカは恰好良かったんじゃないか」
バッカは無抵抗だった。俺に止めてくれるのを待っていたかのように。
この場にとどまっていたのも、小僧がここにいたからかもしれない。
小僧を肩車すると、俺はブレスを放出した先へと歩き出した。
リースの野郎が生きていたなら、ザッハークだって当然生きてるはずだ。
ここでの戦いはもうじき終わる。
その先にあるもの……廻る天輪ってやつを探さないと。
……いや、それはもう、ここに見つけたのかもしれない。
「小僧、こんな状況じゃ無理かもしれねーけどさ。笑ってみてくれよ」
「こ、こう? 悪魔様の肩車、ちょっとふらふらして怖いよぉ」
「こいつ、言うじゃねーか。ほれほれー!」
「わわ、危ないよぉ……ふふふ、あはははは」
青い空に映る小僧の笑顔は眩しかった。
失った者の代償。どうかせめてもの救済をこいつに与えてやってくれ。天使ソルージュよ。
小僧のルオ君は無事でした。
もうじき長いクエストも終わり。
どんな職を得るのでしょうか。




