第80話 力無くば誰も裁けない
曇っていますが暖かくなってきました!
体の動きを確かめながら、じいさんが作ったという地下室を出た。
まるで現実世界の地下シェルターのようだ。これを魔法で作ったらしい。
あのじいさん、なかなかやるな……俺にだってこんなことできやしないのに。
「くぅ、やっぱり妖魔の体はリンクしてねーと動きが悪いなぁ……」
全身をボキボキならしながら、現在地を確認してみる。
後方遠くには壁をぶち壊したバッカの家が見える。前方は荒れ果てた民家の跡。
槍で破壊したこん跡も刻まれていた。住民は見当たらず、バッカの姿もここには見えない。
……体は問題ない。モンスターオーブの確認もしたが、トレントの足版、こいつは使える。土の地面から根っこを伸ばすことができる。コンクリみたいな場所だと無理だろうけど、地中を掘って少し離れた場所にも根を地中から出せた。
足元に根を伸ばせば、ゆっくりと地上から自分の体を持ち上げられるのだ。
今のリンク無し状態でも、最大まで伸ばせば二階建ての屋根くらいまでは上るかな。周りにでかい建物は無いし、見晴らしは直ぐに良くなる。
最大まで到達する前に、視界へある姿が飛び込んできた。
着ていた服などでしか判断できなかったが、間違いないのだろう。
「……バッカ。お前はもう、元には戻れないんだな」
その光景を見て気持ち悪くなり、その場で軽くリバースした。あいつとはそんなに多くの言葉を交わしたわけじゃない。
一度は俺を殺そうとした相手でもある。だが、同情の念を強く覚える。
あいつの首にトレントの枝を巻き付けていた位置には傷があった。その影響だろうか。
バッカは顔面が蛇の集合体で、胴体は人間のまま動いていた。
そんな化け物が無作為に人々を襲い、殺し回っている。人々の恐怖は計り知れないだろうが、あいつ自身が望んでやってることじゃないはずだ。
「俺が終わらせてやるから。だってお前、生きてるだけで辛いだろう?」
バッカの頭部分には、俺が小僧にくれてやったビュンビュンゴマが、バッカを止めてくれと言わんばかりに巻き付いているままだった……。
伸ばした根っこから降りて、バッカの前まで直ぐにたどり着く。
周囲は逃げ延びる際に、消し忘れたのか、火が燃え盛っていた。
「シュルルル……」
「どうしたよ。さっき殺した人間相手みたいに襲って来いよ。襲えよ。俺を襲えよ! なぁ、早くしろ!」
俺を警戒しているのか、足を止めたままぼう然と立ち尽くしているバッカだった何か。
ウスバカゲロウを構え、刃を外側にして、バッカに向けた。
「シュルルルルー!」
「救えなくて、ごめん。お前が臣下だったら変わっていたのか? なぁ、バッカ……」
初めて殺すつもりでウスバカゲロウを振るってみると、どうだ。ミンニャが勧めるだけはあり、その攻撃軌道やリーチなど多様に変化して、狙った首部分の蛇をキレイに切り刻んだ。
血しぶきが上がり、どさりと胴体は倒れ、動かなくなった。
だが、蛇の部分はまだ動いている。
「動くんじゃねーよ、お前は!」
動いている蛇の部分に地面からトレントの根っこを伸ばして、そのヘビをさらに串刺しにした。その上でウスバカゲロウでみじん切りにしてやった。
「バッカ、小僧……お前ら、救いたかったなぁ……なんでこんな。いや、分かってるよ。あいつらを止めないと、同じ犠牲者が何人も出るんだろ? 自分の息子だってことも分からず、殺しちまうかもしれないんだろ? そんなの、あんまりだよ。俺が選択を間違えたのか? もっとお前を……」
『自分を責めないで』
ふとソルージュの声が聞こえた気がした。
「だってよ。俺がもしバッカだったら……」
もしかして今、親父は俺に対してそう思っているのかもしれない。
自分がテンプルヴァイスの使用を認めなければ、息子は……。
『あなたなら止められます。さぁ、立ち上がって』
「バッカ、小僧……必ず供養するから。かくまってくれてありがとう。さよならだ」
眼がしらが熱い。胸くそも最悪だ。切り替えられない悲しみと怒りの感情のまま、再びトレントの根を伸ばし、今度はザッハークを探し始めた。バッカを見つけた時よりもさらに根を伸ばすと、とてつもない砂煙を巻き上げている場所があった。
どれほどの軍勢なのか、ここからでは理解できない。
……遠くにいても分かる。あの中にはもう、人なんていない。
「裁きを、か」
自分から何かを裁きたいなんて考えたことは無かった。テレビのニュースもファンタジーさながらな現実世界。たったひとりの人間には、いきどおりを感じる出来事があっても何もできやしない。
法は人々が話し合って取り決めたものだ。
その取り決めに従わない者は裁かれるのだろうし、法には歴史がある。
生まれる前から決まった束縛というのは不思議だが、人々がトライアンドエラーを重ねた結果とも言える。例え納得がいかなくても、それが民主主義の法だ。
今、俺の眼前に広がる法はどうだろうか?
無慈悲で人々を与奪する光景。そこにはなにも権利などない。
ただ、無理やり蛇を植え付けられ、従わされ、殺される。ザッハークによる絶対的な法。
そしてそれは、終わらせるべき法。あってはならない光景はもう、うんざりだ。
トレントの根っこに自らの手足、胴体を深くからませて、大きく息を吸い込んだ。
できる、できないなんて知ったことじゃない。全身全霊をもってあの光景を……ぶっ壊す。
【山竜のブレス】
あのとき地底でぶっ放されたブレスさながらの猛撃が、ザッハーク率いる蛇の集団を撃ち抜いた。
反動で伸びた根っこが大きく揺らぎ、倒れこむ自分をさらに根っこを伸ばして支える。そこに赤いイノシシの突進力を出し、前のめりの姿勢を強制的に作った。
……今のブレスは失敗だ。全然威力が足りないし、十分な数を仕留めきれていない。
「力を貸せよ。あのモヤが必要なんだよ」
初めて自分から、右半身に宿るジャッジメントの力を欲した。力が足りない。とにかく今は力が欲しい。
「今だけでも力を貸せ、クソジャッジメントがァーーーーー!」
爆発的に右半身のモヤが広がり、グングンと左半身に宿る妖魔の力を浸食していくのが伝わって来る。
これでいい、全ての裁きを下してやる。
【|ラプチャーディザスター《歓喜なる惨事》】
地面から沸き立つトレントの根っこに両手両足を絡ませながら、トレントの大木を背中に出汁、眼前の全てを山竜のブレスで崩壊させていく。あらゆるものの崩壊。化け物共が粉々に撃ちあがって行くのが見えた。それと同時に、シャフナーが俺の左眼下に装着した山竜のモンスターオーブは砕け散り、俺の体も激しくトレントの大木にめり込む。
絶大な威力。俺の体が壊れる代わりにモンスターオーブは砕けたのだろう。たった二発で終わった山竜のモンスターオーブ。でも、惜しいとは思わない。それほどに苦しい事態だったのと、妖魔の力を知ったのだから。
人も、人ならざる者も、その最後はあまりにも儚い。圧倒する力《財・知、武》なくば裁きなど成り立たない。どんなにきれいごとを並べ立てても、力無き世界は無秩序だ。
「けどよ。こんなの、ただむなしいだけじゃねえのかよ。バッカ、小僧……」
ジャッジさん命名、【|ラプチャーディザスター《歓喜なる惨事》】
どちらも英語です。つづりは Rapture Disaster RaptureはRuptureになると、(血管などが)破裂するような意味になります。 Disasterはファンタジーやゲームなどでよくでてきますよね。
アイシクルディザスター! みたいな。
ディザスターの意味は災害や惨事などです。
全話数の中でようやく強めの戦略級妖魔術が放出された瞬間でした。
しかしジャッジメントと合わさった妖魔の力はこの程度ではありません。
まだまだ極極極一部なのです。




