77話 戦う葦《あし》
ようやく暖かくなってきました。(求ム晴天)
壁がぶち破れてしまった先からはもくもくと沸き立つ砂けむりが見える。
小僧は大きな音で目覚めてしまったらしく、アルナーが優しく声をかけてくれていた。ちゃんといいとこあるじゃないか。
「じいさん」
「知識の宝庫の出番じゃな。煙の立ち上り方を見る限り、騎馬隊五百といったところじゃろう。四方の民家からは人々が逃げ始めておる」
「こっちは破壊されたあばら家に女子供とじいさんだけだ。五百も相手にできるのか?」
「相手の目的次第じゃろうな」
兵士がここに向かってくる理由か。バッカと俺が繋がってるのが分かってて、行く先を限定されたとか? あるいは脱獄を聞いてバッカがザッハークに報告したとか。いや、バッカの子供が危なくなるからそれはないか。
だとすると、目撃者による通報かな。壁に耳あり障子に目あり。俺たちは明らかな不審者だ。小僧しかいないあばら家で朝から騒いじまったしな。
「俺たちが誰かまでは分かってないかも。けど、怪しい奴がいるって通報にしちゃ大がかりだ」
「戦時で兵が血に飢えておる時期じゃろう。それをよう抑えておる。先頭の男、あれがバッカじゃろう?」
なるほど。隊長格に昇進したんだな。その初任務ってところか?
自分の家付近に通報があれば、そりゃ隊長としては放っておけないよな。
「……シャフナー、お前も下がっててくれ。少し話をしてくる。俺の合図があったらさっきみたいに前方の敵へ槍を打ち込んでみてくれないか?」
「いいけど、本当にひとりで大丈夫?」
「うむ、危険じゃぞ。あの顔は覚悟を決めた男のものじゃ」
「分かってるよ」
真剣な大人の顔くらい見れば分かる。特に親が子供を思う顔はいやってほど伝わって来るよ。ただ、警告はしたはずだ。こっちもじいさんや姉妹を見捨てるつもりは無い。年若くとも男子たる力、齢15にして相当となる。戦場の時代じゃ15で立派な成人だった。
俺は俺の状況を確かめるまで死にたくなんかない。リスボーンしなきゃ終わりだ。
逆刃陽・炎を取り出して、ぶっ壊れたあばら家から外にゆっくりと出てみた。
先頭を進む立派な馬に乗る男は、こちらを見て兵士たちを静止する。
……俺がつけた首輪、外れてるな。そればかりか喉付近に噛みつかれたような傷がある。
俺を見て動じていない。予測はしていたんだろう。
「よう、バッカ」
「やはりジャッジ様でしたか」
「首に巻いたアレ、外したんだな。ばれちまったか」
「最初からそんな気はしていました。自分で外したわけじゃありませんけどね」
「そっか」
「息子は?」
「安心しな。仲間がちゃんとそばにいて見てるよ。家を壊しちまってすまないな」
「そうですか。家はもともとあばら家です。あなたに補強してもらったとはいえ、いつ壊れてもおかしくはなかったですよ。この仕事が終われば、もう必要ありませんから」
「……やっぱり、戦わなきゃダメか?」
「すみません。あの方の命令です。逆らえばこいつらも全員殺すことになります」
「俺に従い反旗を翻すってのはどうだ?」
「無謀です。あなたは変わり果てたあの王を知らない。逆らっても無駄死にするだけだ。どうか都合のいい願いを聞いてもらえませんか?」
「なんだ? 言ってみな」
「私が勝っても負けても、息子の命だけは助けてください。こちらが勝ったらあなたたちの命はとりとめるよう、王に願いますから」
「……それでザッハークが許すとでも?」
「無理でしょうね。こちらの首も飛ぶでしょう。それでも息子は助かる」
「じゃあこうしよう。俺が勝ったらお前は俺の臣下になる。そこにいる部下のことは忘れろ」
「……返答しかねる」
「息子の命と天秤にかけてもか?」
「はい。私は、隊長ですから。契約を……破棄してしまいすみません。あなたには感謝しかないというのに」
いい覚悟だ。先日、息子が一番の宝物と言っていたのは事実だろう。
しかしそれと同じだけ情をかけられる味方ができたってことか。あるいはこいつらにもそれぞれ子供がいるって話をしたのかな。
悪いが、俺には関係ない話だ。
「戦とは双方に死を、だぜ。戦の結果はどちらにも悲しみばかりが刻まれる。それでも人は、戦う葦だと俺は思っている」
「戦う葦とは?」
「水草の例えさ。人は弱いからこそ考え、そして戦う。武にしろ、知にしろ、商いにしても、その形が違うだけで人は常に戦っている」
「ふふふ、確かにそうかもしれませんね」
少し笑ったか。初めてあったときは数ある雑兵の中のひとりに過ぎなかったこいつに何があったのか。それは恐らく喉元の傷が物語っている。
「よく聞け、お前たち! 私とジャッジ様の一騎打ちを邪魔するならば、容赦なくたたき斬る!」
「しかし隊長。単なる偵察任務のはずじゃ?」
「だまっていろ。これは命令だ」
馬を降りたバッカは、俺に曲刀を向けている。その背中には弓と矢もある。
不思議と刃物を向けられた怖さはもう無かった。どうしてかな。バッカとはこうやってやり合う気がしていた。
こいつが我が子を思う、心優しい父親だからなのか。それは分からない。
だが……「行くぜバッカ。まずは妖魔の力無しで相手してやるよ」
「お覚悟!」
「来い!」
バッカが曲刀を振り上げ走って来た。まずはあいさつ代わりってとこだろう。こちらの異様な武器にも恐れはせず、土ぼこりを巻き上げながら真っ直ぐ武器を振り下ろしにきた。受け止めろ。そう言っているような振り下ろしだ。
俺の持つウスバカゲロウは鎌タイプ。受け止めるというより流して引っ掛ける方が合っているのだろう。
剣を振り下ろす腕力はバッカの方がはるかに上だ。そのまま身を引いて振り下ろす力をななめに流してみた。
バッカはそれに合わせて体をひねり、強引に蹴りへ持っていった。蹴りの振りが早いが、上段で見切りやすい。身をかがめてやり過ごすと、こっちが蹴りをお見舞いしてやる。そうだ。パクリマの格闘を思い出す感覚。
きれいに足へ当たったが、倒れずこらえてみせる。やはり数日前とは別人の体だ。
「ぐっ」
「どうした。でかくなったのは図体と顔だけか?」
悪いが負ける気も、死ぬ気も全くしない。
大きく後退したバッカは、さらにもうひとつ腰から曲刀を取り出し二本の曲刀を軽々と振り回してみせる。器用なことで。そんなら俺も妖魔の力を使おうか。ウスバカゲロウ、使い慣れねーわ。
「おい、あいつどこからともなく木を出したぞ!?」
「悪魔だ! 悪魔の力だ!」
ギャラリーが見ていたようで、よくののしりやがる。
そのとおり、俺はスリークオーターの妖魔だからな。お前らからすりゃ悪魔だろう。
「うおおおおおおお!」
「悪いがウスバカと違ってトレントは使い慣れてるんだ」
二本の曲刀を振りかざして迫って来るバッカの攻撃を、トレントの枝とウスバカゲロウで巧みに弾いていく。
とはいえトレントの技は放出限界。悪いがここまでだ、バッカ。わざと後方に大胆に下がって上空からの奇襲を受けやすい姿勢を作った。
好機と判断したバッカは、勢いをつけて二本の曲刀を上に構えて飛び、上空から曲刀でスライスしに来た。
「……ジ・エンド」
「これは、糸!?」
放出された糸は二本の曲刀に絡みつき、バッカの武器を使い物にならなくさせた。その武器を……そのまま俺を襲って来ようとしていた兵士へとぶつけてやる。
「ギャアーーー!」
「ジャッジ様、なぜ!」
「よく見ろ。もう兵士の統率がとれてねーんだよ」
『王の敵を殺せ!』
バッカが劣勢と判断したんだろう。一斉にこちらへ向けて馬を走らせる他の兵士多数。
俺の敵は最初からこっちの兵士だ。
「お前ら覚悟はできてるよな! 最後の警告だぜ。きっとここが、殺さずに戦う限界点だ!」
「よせお前たち! 戦うのは私だけだと言っただろう!」
無駄だ。手柄をもらいたくて必死の表情だ。最初からこっちの言うことなんて聞くわけねーんだよ。
この兵士らは子供じゃねー。欲にまみれた大人の顔さ。
「シャフナー!」
「はい、我が君」
合図一閃。殲滅の槍が横をかすめて兵士の過半数が吹き飛んだ。
「ああ……なんてことだ」
「開戦の狼煙だ。来いよ。悪魔が地獄を見せてやるぜ」
しかしすげー威力だ、殲滅の槍。だがどうやら……あれは打ち止めだな。
さて、こっからは全開妖魔のバトルでいくぜ!
人は考える葦である。有名な言葉です。パスカルさんが言ったと伝えられていますね。(ラスカルじゃないよ)
しかし人は考えるだけに留まる生物じゃありません。
体内では常にがん細胞やウイルスとバトルし、体外でも学問、仕事、社会にと多くのことと戦っています。
時代がどれだけ変わろうとも、人は戦い続けているのですね。
紫電のチュウニーより。




