第69話 城内潜入成功
ところ変われば神話もまた変わる。ペルシャ神話を見ているとそんな感覚を強くもちます。
バッカの子供に遊びを教えるため、目に宿していたオーブを変更することにした。
これにより、ダイアウルフとのリンクがひとつ削れることになるのだが……必要なものを所持していない上、あれこれと妖魔の力を試す必要がある。もう少し多くのオーブを身に付けられたらいいんだけどな。
新たに目に宿したオーブは北の森で退治した巨大なクモのようなモンスター。たしか名前は【セグメントスパイダー】だ。
欲しいのはそいつの糸。これはシルク材のようなものになるらしいのだが……シルクって蚕の繭から作られる天然繊維のことだろ。まぁ糸さえあれば紐をつくれる。紐と木は実に相性がいい。
糸を上手く出せるか試してみると……目からではなく目の下にあるタトゥー部分から糸が確かに出た。そして……新たに気付いたことがある。
司令部である胸部のダイアウルフとではなく、トレントと、スパイダーが直接リンクしている感覚を覚えた。
つまり手から糸を……出すことができた!
こんな場所から糸を出すのを見られたら、スパイダー男とか呼ばれちまいそうだ……。
今の状況じゃ壁にへばりつくとかは難しいだろうが。
この糸、長さや太さを変えるのにさして苦労はしない。この能力、トレントと同じくらい使い勝手がいい気がするぞ。
これならトレントの能力も相乗効果で上がっているかもしれない。
さて、まずは丸くて薄い牛乳キャップ程度の木をトレントで造り、中央に軽く穴をあけて、糸を紐程度まで織り交ぜてその穴にとおした。
「小僧、この紐の両端を持つんだ」
「……こう?」
「そうだ。真ん中に何かあるのは触れば分かるな?」
「うん。丸い木があるよ」
「両手で持ってる糸を手前か奥かに振りまわしてみな」
「うん……ヒモがからまったよ?」
「よしよしそんな感じだ。今度は左右の手で紐をこう引っ張れ……よし、そのまま続けろ。上手くいけばクルクルと中央の木がずっと回るぞ。自分で制御できるはずだ」
「わぁ……すごい音がする。これは僕がならしてるの?」
「そうだ。こいつはビュンビュンゴマと言う歴史ある悪魔の遊びだぞ」
「なんか、気持ちいい……」
「真ん中にある木を変えれば指に掛かる紐の感じも、鳴る音も変化する」
「見えなくても、伝わってくるよ。こんなことができたなんて。使ったのってヒモと木だけなの?」
「中央に穴を空けるために刃物も使ったが、それだけだ」
「ビュンビュンゴマ……教えてくれてありがとう」
「小僧。俺に教わるだけじゃなく、自分で楽しいことはないかってのを考えるのも案外楽しいもんだ。できないことは悲しいに決まってるが、誰かの力を頼ることは、悪いことじゃねー」
「ジャッジさんはどうして助けてくれたの? 僕、お願いしてないよ?」
「気まぐれを起こしただけだ。だが、気を付けろよ。自分がやりたいから助けてくれ、じゃねー。自分がこうしたい。だがそのためには何が足りないかを把握する。そして助力を願うためにどう行動すべきかを考えるんだ。お前の熱意と行動次第で人は必ず動かされる。そういう生き物だ」
「難しいよ。どうしたらいいの?」
「考えろ。今は難しくても、ビュンビュンゴマを楽しいと思えるお前なら、きっといい答えが見つけられるだろう。悪魔の俺が言えるのはそこまでだ。せいぜい頑張りな」
「うん。ありがとう」
……ま、俺もえらそうなこと言えるほど大人じゃないけどな。
親父の両目がふさがっていたときはこうして、ビュンビュンゴマを作ったっけ。あんときゃ牛乳キャップだったけど。
他にもマッチを一本動かして数値を合わせるゲームなんかもしたな。
音と指先の感覚。脳をフル活用すること。それだけで楽しめるものは社会に沢山ある。
思考の向け方によって生きる希望はどこまでも変わる。そんなことを間近で経験していたから、今の状況に苦しまない俺がいるのかもしれない。
■バッカのあばら家■
バッカが戻り、食事を済ませてから翌日を迎えた。
渡した材木が売れたのか、バッカは布材なども買ってきた。その布で、俺の右顔半分を完全に隠せた。
市場周辺では前王が死んだことが伝わり混乱しているらしい。
そして……「前王の食事係だったものが辞めてしまい、城では調理人を募集しているようです」
「解雇されたのか?」
「脱走ですね。ザッハーク様が王となり、軍備を進めているようですから、巻き込まれると思ったのでしょう」
「他国に攻め入るつもりだと?」
「荒れた愚王のいる他国の王女にザッハーク様は夢中だという噂を耳にしました。数日の間にもその国へ攻め込む準備をするでしょう。俺は悪魔を倒したと報告しに行かねばならないで今日にでも城へ行きます」
「……それならもうひとつ、俺の作戦に乗ってもらおう」
「作戦、ですか?」
「ああ。お前は悪魔を倒したばかりでなく、不足していると聞いた料理人まで紹介したってのはどうだ?」
「あく……ジャッジ様は料理もできるので?」
「まぁな。なにせ俺は悪魔だ。悪魔は人が欲しがるものをなんでも出せる。だからそう呼ばれるのだろう?」
「しかし、ザッハーク様は、そう簡単に満足させられないでしょう」
こちとら世界で1,2を争うほど飯が美味い日本出身だぞ。
適切な食材なんかがあれば十分美味いと言わせる自信はある。
「とにかく、やってみようぜ。善は急げだ」
「分かりました。ひとりじゃ心細かったんでむしろ……いえ、さすがは悪魔の所業」
そうだ、それでいい。
俺は悪魔役に徹するとしよう。
■王城付近、人員手配所■
バッカに案内されながら、料理人に扮するために特別な働き口を募集する場所まできた。
ここにはバッカがいっしょだからか、すんなりとおしてもらえた。
中には頭にターバンを巻いた偉そうなやつがいるのと、他の料理人ぽいやつがいた。
審査するやつは随分えらそうな雰囲気はあるが、バッカと同じくザッハークの部下か。
「ダメだダメだ! こんなありきたりの料理を王に食わせるつもりか!」
「す、すみません。ああっ!」
……できた料理を食った偉そうなやつは、怒りに身を任せて、できた料理の皿を作った奴にぶちまけている。
この雰囲気は独裁者が支配する地域のものだ。
上下関係の厳しい社会はこういう光景ばかりだろう。昔の日本でいうちゃぶ台返しみたいなもんだろうか。
「おやぁ? これはこれは。ザッハーク様直属の雑兵、バッカ様じゃあありませんかね?」
「シドク。荒れてるな」
「ふん。さっさと美味い料理をザッハーク様に出さないとどうなるか……それより、そっちの変な奴は誰だ?」
「俺の知り合いの腕利き料理人だ。噂を聞いたから試験を受けさせにきた」
「ほう? ほうほうほう。つまり不味い料理だったらお前の責任になるわけだな?」
……こっちは忙しいんだ。さっさと話を進めてもらおう。
許可は出したようなものなので、調理場を遠くから眺めてみる。
ざっと見た限り、多くの食材がある。
卵、野菜、小麦粉、パン粉、肉類、野菜類、香辛料は種類が多い。火起こしや油の準備も万全。
なんでも作れそうだ。
「……バッカ、ザッハークの好みは分かるか?」
「……肉料理で香辛料が多いものを」
小声で確かめると、軽くうなずいて調理場へ入る。
シドクと呼ばれる奴はこっちを見てげらげらと笑っている。
俺に皿を投げつけるシーンでも想像しているのだろうか。んなことされたら避けるけどな。
まずはその笑いを止めてやろう。
広い調理場に俺ひとりなら好き放題できる。
包丁に近い刃物が数種類あるが、ミンチ機がないので肉を適当にとり、刃物を二つ装備して叩きまくる。
ズタズタにされる肉を見てピタリとヤツの笑いが止まった。
ミンチ状まで肉を叩き切ったら今度は玉ねぎも同様にみじん切りにして混ぜる。
こいつに下味を付けたら片手サイズに丸く形を作る。
このまま焼けばハンバーグ類だが、衣をつけてメンチカツにする。
その衣側に香辛料を多く用いれば、外はスパイシー、中はジューシーになるわけだ。
俺の作っている光景が不思議なのか、笑うのを止めたシドクってヤツが、近づいて興味津々にこっちを見始めた。こいつも首が掛かってるんだろう。期待の眼差しへと変わっている。
今度は油を熱して次々に揚げていけば、特製スパイシーメンチカツの完成だ。
「できたのか?」
「どうぞ」
「……これは!? 材料はまだあるな。貴様は今日から直ぐにでも王の調理場に入り、これと同じものを提供しろ!」
「はい」
シドクに気付かれぬようバッカに上手くいったと合図を見せると、安堵した表情を浮かべる。
ふう。無事に許可証のようなものを受け取ることができた。
■王城前■
ここまでは想定どおりで、バッカと城門付近まで来た。ここでバッカとは別れ、兵士に許可証を見せると、城内へ案内される。
王の調理場と言っていたから、普通の調理場じゃないのだろう。
きっと王専用の調理場だろうな。
城の内部を兵士に気付かれないよう観察しているが、なにがどこにあるのかまでは把握できない。
「あの。間違って足を踏み入れないようにしたいので、どこに何があるかを知りたいのですが」
「いい心がけだな。俺が新人の頃に書いたものがある。これでも見ながらついて来い」
……言葉選びはこう使うもんだ。
兵士にとっちゃ面倒ごとなんて仕事が増えるだけ。
なら、兵士に迷惑をかけないようにとの思考が伝わるように会話すればいい。しかし、地図ってほどのもんじゃない。なんとなくの走り書きだ。
こっちは行くな、こっちはいいみたいなことが書かれてる。
しかしこれで十分。前王の部屋は上の階、西の部屋のどれかだろう。
ザッハークの寝室とは逆、こちらは東の最奥だ。
理由は簡単。二階の東は慎重に物音を立てずに見回る、西は新しいインクでバツ印が付いているからだ。
亡くなった人の部屋周囲を見回る必要はないってことかな。
兵士に礼を告げてメモを返すと、調理場に辿り着いた。
「揉め事は起こすなよ」
「分かってます」
再忠告を受け、少し笑みをこぼす。
ありがとよ。揉め事の種を見せてくれて。
■ザッハーク王専用の調理場■
調理場には女性2名、男性が1名いた。
すでに何品か調理が完成しているが、どれも異国の料理っぽい。かろうじてシシケバブとラッシーみたいなやつがあるのは分かった。
「今日からここで仕事をするジャッジだ。よろしく」
「おお、助かるよ。よろしく」
『よろしくね』
どちらも雰囲気は悪くない。
安堵するものの、三人の顔色はよくない。
「この料理を提供するのか?」
「数が多い方がいい」
「もっと必要だけど、喜んでもらえてないの」
「あなた、何かいい料理知らない? まだ間に合うと思うから」
「んじゃ早速」
他の奴らに手伝ってもらいながら、俺の料理を作り始める。
先ほどのメンチカツを含め、他にも直ぐに作れるダシ巻き卵や、穀物があったので手軽にスパイシーなピラフを作った。
それで時間いっぱいだったが、最もやりたい料理を毒見役へ運ぶ役ができなかった。
ここで掃除人と毒見役双方に恩を売るのが俺の目的のひとつ。
明日にでもチャンスをうかがうとして、ひとまず王が満足するものは作れたと思う。
■調理人の共同部屋■
調理人には部屋が与えられるのだが、共同部屋だ。
しかもだ……よりによって、いっしょにいるのは女性。
平民の扱いなんてこんなもんだろうな。
「お疲れ様」
「あなた、どこ出身なの? あんな料理見たことがないわ」
「遠い異国だよ」
「ふーん。ねぇ、ゆっくりお話ししない?」
「俺に関わらない方がいい」
「どうして? ザッハーク様の首を狙ってるとか? ……冗談よ。怖い顔しないで」
「言っただろ。深くかかわらない方がいい」
「そう。でも、同じ場所で働くんだから自己紹介だけはしておくね。私はシャフナー。今宵あなたと知り合えたのは、ソルージュ様の導きのお陰ね」
「……ソルージュ? 今のは決まりあいさつのようなものか?」
「ええ。話し合って仲良くなりたい。そういう意味があるあいさつなんだけど……知らないんじゃそれも伝わらないのね」
「いや、伝わった。多くは話せないが、少し聞かせてくれないか。あんたと……そうだな。調理場にいたやつらのことを」
上手くというか美味く潜入したジャッジさん。
そして見知らぬ女性と相部屋の刑。




