第67話 対人の焦り
さて本格的にクエストのスタート。まずは序幕部分から……
クエスト、廻る天輪……開始されたかどうかより、まずは周囲の安全確認だ。
もう宇宙の時のようにおかしな状況になるのはご免だぜ。
立っているのは普通の土の上。それなりにスペースがある場所だが、白い壁に囲まれてる……いや、城壁か何かか。
もっとも目立つのは、俺の目の前にある、人が入れそうな穴だ。のっけからわけが分からない状況。異世界に転移するってのはこんな感覚かもしれない。
それ以外、周りにあんのはスコップのようなものか。
肝心の掘った奴が見当たらないな。
「誰か、誰かそこにいるのか……」
「人の声?」
穴の底からか細い男の声が聞こえたのだが、奥を確認しようにも暗くて全然見えない。
「そこに誰かいるのか」
「……もう、時間が無い。聞いてくれるか。見知らぬ者よ」
「時間? どういう……」
「頼む。何も聞かず、聞いてくれ。我が息子ザッハークを……どうか、止めてくれないか。あれは自らの力を誰かに認められたい。そんな気持ちが強すぎるだけなのだ」
「ザッハーク? 確かクエストの……」
「私はもう助からん。これを……わしの寝室にあるものは好きに使ってくれて構わない。たの……んだぞ」
穴から飛び出て来た袋をキャッチする。それには血がべっとりとついていて……穴の下は惨状が想像されるに十分だった。そして、穴の声はもう聞こえることはもうなかった。
いきなりのヘヴィ展開。せめて埋めてやるべきか。
スコップを手に、穴埋めをしてしばらくたった時だった。
「殺せ!」
「なっ……!?」
半分くらいまで穴をふさいだところで、こちらを挟むように剣を持ちターバンを頭に巻く奴らが襲ってきた!
冗談じゃねーぞ、誰かが死んで、頼まれごとをされて、その次は賊に襲われるのかよ。
後ろに三人、前に三……いや、前方の奥に長髪の司令官みたいなやつが一人いる。そいつは指示を出しているだけみたいだ。
刃物を持った野郎六人。そいつらは刃物以外にも何か背負ってる。
殺せと叫んだのは長髪野郎だ。そいつは動いていない。
命令されはしたが、仮面をつけた奇抜な俺にびびっている雰囲気がある。
襲われるとしたら魔物だろうと思っていた。人間相手にいきなり刃物なんて使えるかよ……トレントの枝を出してけん制しつつ、ダイアウルフの結晶をで後方の奴らを近づけないように……撃ち放つ!
「うわ、何もないところから木が!? ば、化け物だ!」
「まぁ、妖魔なんでね」
「ザッハーク様の言うとおり、悪魔の使いのようだぞ!」
……なんだ? 長髪野郎が口角を吊り上げて笑ってるように見えた。
「父上を殺したのはそいつだ。仕留めておかねばお前らの首は無いと思え。俺は城に戻るるからな」
「ザッハーク様! 承知しました!」
……あいつがザッハークか。
推察するに、父親を殺したのはあいつっぽい。だが、いまはこいつらをどうにかしないと。
後ろの三人は俺を悪魔だと思い、命令どおりには動かず怯んでいる様子。
前にいた三人も警戒しているようだが……妙だな。
「っ!」
「ちっ……」
もうひとりいやがった! 付近の木の上だ。
ナイフが俺の頬をかすめ、鮮血が噴き出る。
リアルな痛み。そしてリアルな血。
やっぱりこの痛みは、現実のソレと同じだろ。
ゲームだから、死んでも平気。
ゲームだから相手を殺しても平気。
そんな生ぬるい環境じゃねーことだけは……実感していた。
俺の今の状況は普通じゃない。
だからこそ焦って行動して、今ここにいるんだ。
相手を殺す覚悟がなけりゃ、ガチで俺が死ぬ。
えぐい状況、ガキみてーな泣き言を叫べば助かるなんて状況じゃない。
だが、刃物を振り回して人型生物をぶっ殺せるほどおつむが吹っ飛んでるわけじゃねー。
……俺はまだ冷静に動ける。木にいる邪魔なやつを先にどうにかしよう。
トレントの枝を用い、木へと飛び移る。
あまりの速さに木の上にいたやつは何が起きたかも気付かず、トレントの枝でなぎ払われたそいつは奇声と共に地上へと落下。
「なっ……木の上のやつがやられた!? 本物の悪魔だったんだ!」
「でもよ、このまま戻ったらザッハーク様に殺されるだけだ。遠くから攻撃すればなんてことはねえ。奴のいる場所へ火矢を放て!」
背負ってたのは弓矢か。六人のうち四人が、木へ向けて矢を放とうとしているのが見える。
残りの二人が火を付けるための作業に掛かっている……が、バカにしてんのか? 先に火付け役を狙うに決まってるだろ。
「名付けて……バレットウルフ!」
ダイアウルフの結晶を飛ばす技を、そう呼ぶことにした。
今度はかなり遠くに飛ばさないといけなかったので、集中して放つと……その影響なのか、はたまた俺の意思がウルフに傾いた影響なのか。
その結晶は大きなオオカミの形を成し、火を用意する二人の腕を貫き……食いちぎった。
「ギィヤアアアアアアアアア!」
「くそ、悪魔め。もういい、そのまま射掛けろ!」
目を逸らした間にこっちは地上へ降りてるんだよ。
しかも木目掛けて矢を射かけるために少々近くへ行き過ぎたな。
最大限にトレントの枝を地面すれすれに伸ばし……いっきに薙ぎ払う!
すると、全員まとめてキレイにスッ転んだ。
やはりトレントは使える。火付け役のやつらは気絶したようだが、こっちの四人はまだ動けそうなので、ウスバカゲロウで追い打ちをかけた。外側が刃物になっていないので打撃武器替わりに使用できるのはありがたい。
近くでみるとこいつら……城の兵士ってより遊び人の荒くれって感じだ。
気絶してないやつひとりを残し……援軍も無さそうなので少しだけ安堵する。
「こ、殺さないでくれ」
「こっちを殺そうとしたのに虫のいい話だな」
武者震いが止まらねぇ。こちとらろくにケンカだってしたことがない高校生だぞ。
命を狙われた時、人ってこんな風に震えが止まらなくなるのか。
平和ボケも大概にしろってことだよな。
いつ他国に襲われるかも分からないような日本の状況。
まじで戦う術を身に着けた方がいいと悟らされた。
こんな風に取り囲まれたら、どんな戦う術があっても冷静じゃいられない。
先のマギナってやつとの攻防やダイアウルフとの戦闘が、まじでいい経験だった。対人は半端じゃねーほどやばい。このクエスト中に出来る限り戦闘経験を積み重ねないと、まじで死ぬぞ。
さて……びびりまくってるこいつにこれ以上なにかするのは反吐がでそうだが、こちらの隙を見せれば確実に俺の首を取りに来るだろう。
「おいお前」
「ひっ……」
ウスバカの柄部分をひねり、外側を刃物状態にした。
そして、円の内側にそいつの首を入れる。
「ここ、殺さないで」
「死にたくないならまず情報を寄越せ」
「なな、なんでもしゃべりますから。どうか、命だけは」
「なぜ俺を襲った」
「ザッハーク様のご命令です。殺らなきゃ俺たち全員仕事を失うと」
「お前らの仕事は?」
「馬の養育と売買です。ザッハーク様は大量の馬を保有してますんで」
「この穴にいたのは、ザッハークの親か」
「あんたが殺したんじゃ……」
「違う!」
「ひっ……」
「ザッハークというやつは何を企んでいた?」
「マルダース様さえいなければ、王になり好き勝手できると。それで……悪魔に頼み父には家督を下りてもらうと言ってました。今日がその日のはずなんですが」
……今のところ嘘は付いていないように思える。やはり、さっきの穴にいたのがザッハークの父親。そしてこの国の王。
つまり、俺は王を看取り、最後の願いを聞いた?
だが、これからどうする。素顔ではないにしろ、ザッハークはには見られたわけだ。
こいつらを生かしておけば、俺のこともバレるか。
王……マルダースから預かったものはなんだ? いや、これが切り札になる可能性だってある。うかつに取り出すべきじゃねー。
くそ、酷い巻き込まれ方から始まったクエストださすがは最上位のアイテムなだけある。
このクエスト……洒落にならない難易度なんじゃねーのか。
「た、頼むよ。見逃してくれたらなんでも言うことを聞くから!」
「口先だけだろ。なにせ俺を殺さないとお前も死ぬんだろう? なら、どんな手を使ってでも俺を殺そうとするはずだ。こっちの命も掛かってるんだぞ」
「あんたみたいな強い悪魔、どうやったって殺せるわけないだろ!?」
……嘘をついてる人間ってのは大抵にして目や所動作が泳ぎがちだ。
こいつらは全部で七人しかいなかった。
大量に馬を持ち仕事を与えているなら、ザッハークの部下は多いのだろう。
百人、二百人と集めれば、俺に特別な力があろうとも、敗北する。
他者よりどんな優れた力があろうとも、ひとりの力ってのはたかが知れてる。
猛将呂布然り、項羽然り。
そして俺は……猛将じゃねえ。真なる兵の魂を持つ日本生まれだ。兵ならば知を、策を、武を。全てを兼ね備え勇なる将であれ。
まずはこいつを上手く乗せてみせなきゃ始まらねー。
「……お前の家まで案内しろ。お前が最も大切なものを差し出せ。それを預かればお前は俺を裏切らないだろう。そしてお前には偽りな俺を殺したという名誉をくれてやる。これは取引じゃねー。お前が唯一助かる手段だ」
「……えっ?」
「悪くはない話だろう? まず、名を名乗れ。お前はこいつらの中で最も運がいい男だ。たったひとりで悪魔を殺したとなれば、ザッハークに英雄扱いされるかもしれないぞ?」
偽死暗転……とでもいえばいいかな。
偽りの死で場の幕を閉じ、違う場面にみせかける。
時間と即行動が必要。幸いここは闇討ち現場なのだろう。俺たち以外誰もいない。
他の気絶した奴らに悟られないように、こいつを味方にして利用する。
利害が一致すれば、この場は乗り切れるはずだ。
「わ、分かりました。俺はバッカといいます。悪魔との取引でも構わない。このまま死ぬより何倍もましですよ。け、けど。取引した大切なものは返してくれるのか?」
「それはお前次第だ。裏切れば……俺の妖術でお前の大切なものもろともお前も殺す」
「ひっ……裏切れるわけねえ。あんたはザッハーク様と違い、温情のある処置をしてくれた。裏道を案内するからついてきてくれ」
「ああ。だがその前に……ふん!」
「ひええ!?」
さらに寝てるやつへトレントの枝攻撃をお見舞いした。
……ふう。この演出でもう勘弁してくれ。
俺自身が俺自身の発する言葉でさっきからちびりそうなんですけど。
……これも妖魔の影響なのか。
思ったより残忍かつ冷徹に言葉を発していた気がする。
これも生き残るため……あとは少しばかり俺の血を垂らしておいて、と。
「これでよし。死体はまるで魔法のように消えたとでも言っておけ。なにせ俺は、悪魔なんだからな」
強襲↠撃退↠脅迫↠従順というコンボですね。
利害がある脅迫。ここで強くなることを決意する主人公さん。




