第59話 北の森にて
「ご馳走さま。美味しかったですわぁ……あなた、いつまでそうやって目を閉じているおつもりかしら?」
こっちは採血とか苦手なんだよ。男ってそういう生き物なんだ。ヨナがたまに血がしたたるゾンビの絵とか見てるけど、俺は絶対目を逸らす。
にしても、血なんて美味しいのか……って、あれ? 目を見開いてみたら、髪の色が銀色に変わった魔王がいる?
てか、近いんですけど。なんつーか本物のロシア人形みたいな顔だ。傷一つ見当たらない。
「驚いているわね。こちらの髪が本来のわたくしですわよ」
いや、髪っつーか顔に驚いたんだよこっちは。
「そうだったんですか」
「そうですわよ。ですから、髪色を見たらわかりますわよね?」
「なにがです?」
「わたくしが血を飲ませて欲しいことを、ですわ」
……さらっとアピールするように舌なめずりしてる。
やっぱこいつ、ヴァンパイアなんじゃね!?
「ええと、献血にはあまり行かないほうなんで。ははは……それよりも日が沈む前に依頼をこなしたいです」
「今から向かうつもりかしら?」
「なにせ今晩の宿代すら持ち合わせてないもので」
「わたくしも今はないわね」
「もしかしてこの廃城で寝るおつもりで?」
いくら魔王ったって少女みたいないで立ちなんだぞ。危機感は無いのか? でも、不用意に近づいたらワイバーンと同じ焦げ肉コースか。
「ええ。あの小さな子といっしょに眠ることにしますわ」
「はぁ。それならミーコのこと、親のバルに伝えてやってください。心配していると思いますから」
「ええ。この後にでもレンズの者に指示を出す予定よ。あの場にいた住民たちも、こちらへ移動させる手はずですわ。それもあって、素材が必要になるのだけれど」
市場そのもののの移動を考えてるのか。
外で見かけたガチウサギたちは元々ここいらの住民じゃないのか?
レンズの建物もここには無いし、更地から町おこしを考えてるって判断でいいのかな。
そんならついでに周囲の地理を把握しておくか。
俺が得意なのってそういうところだし。
「レンズもまるごと移動させるおつもりで?」
「この島には傭兵所を複数用意する予定ですわ。そのあたりの話はあなたが依頼を終えたら話すことにするわね。そうだわ、あなた、モンスターにはあまり詳しくないでしょう?」
「最低限のモンスターしか知らないですね」
「それなら、これを持っていきなさい。書物の方は大事にするのよ」
手渡されたのは本と依頼する内容が書いてある紙だ。どちらも俺に読める文字のようだが……こ、この本は! モンスターのことが書いてある本だ。表紙をめくると直ぐに竜が描かれている。名前はルービック? ……文字が達筆だな。数枚めくってみると……筆跡がページによって違うな。複数人で書かれた本か。
「それはわたくしも記したことがある本ですわ。竜の生態でそれ以上の本はないでしょうね」
「……あのー。ゴブリンのページとか、緑色の雑魚としか書いてないんですけど。絵もまるで落書きレベルなんですけど」
「特筆すべきものがないページは、わたくしの妹やテンガジュウに書かせたのよ。わたくしの本というより妹の本というべきかしらね」
妹の本……つまり魔王級の実力者なのか?
滅多なことは言うもんじゃないが、ゴブリンが毛が三本生えた緑色の棒人間みたいなんだわ。よく見ると噴き出しそうになる。
「ありがたくお借りします。それでは早速。ええと……いずれ礼儀作法も覚えてきますから、今はこれでご容赦を」
「ふふふ。楽しみにしているわね」
玉座でほおづえを突き、小首をかしげて微笑むその姿。
絶魔王、雷帝ベルベディシアか。どこか引き寄せられるものがある不思議な魔王様だ。
胸の前で左拳を右手のひらで握りしめ、軽く頭を下げた。
確か歴史上での軍令あいさつってこんな感じだったよな。
さて……行くか。
■デイスペル、北の森道中■
周囲を観察しながら早速北の森へ歩み出した。
魔王直々に依頼された内容はおおまかに三つある。
ひとつ。城の北にある森のモンスターを減らすこと。
ふたつ。モンスター及び材木などを持ち帰ること。数は明記されていない。
みっつ。森に異常がないか調べること。
依頼の報酬は素材量次第で3万カーネはもらえる。金額を指定したのはもちろん魔チャポンを回すためだ。
なぜ市場にあんなものがあったのかは知らないが、撤去されたら困るから早めに回したい。
道すがら足にセットしたモンスターが本に書かれていないか調べたら……可愛い絵で描かれたそいつと思われるページを発見した。
どうやらマントウィッキーというらしい。
特徴は木上の滑らかな移動と夜行性の目。柔軟な体質に優れたバランス感覚を持ち、木の上で眠る習性がある。
興奮状態では木々を弾くようにして高速移動して奇襲してくる。その姿を目で補足するのは難しいと書かれている。
この書き方を見る限りでも、ゴブリンとはえらい差があるな。
さて……。
■デイスペル国、北の森■
目的地まではさほど遠くなく、本を流し読みしたり、周囲を観察しながら目的地へ到着した。
辺りには誰もいない。森といってもさほど大きくはなく、広い公園程度のようだ。
これなら夜には戻れる……かな。
まずは手前の木に飛び移り、素早く別の木に移る行動を繰り返す。
いわゆるトライアンドエラーってやつだ。
人類の発展は全てがこの積み重ね。
遺伝を繰り返し年月をかけ成長する細胞の塊り。それこそが人間最大の武器だ。
今日はあまり時間が無いが、これくらいの木ならトレントの力で生み出せるはず。今日からこの練習を取り入れるとしよう。
……しばらく練習をした後、いよいよ森へと入った。
相変わらず見たことがない木が多い。
地上での初ソロバトルになるのは間違いない。
右手の袖口には仕込まれた剣がある。
左手でトレントの枝を細長く出し、その先端で周囲を探りながら進むことにした。
森は視界が悪い。モンスターオーブの影響で視界は広がっているが、森の中ではあまり意味をなさない。
こういった場合、視力よりは音頼り。
望むとするなら視力、聴力、嗅覚に優れるようなモンスターオーブが欲しいが、それも本で調べられるかもしれないな。
もっと知識を身に着けないと。それもあって、俺に図書類を任せるつもりなのかな。
調べたいこと、やりたいことが山積みだ。
依頼はさっさと終わらせちまおう。
■北の森内部■
「ゴゴゴゴゴオオオオオ!」
「またかよ! 何匹いんだ!」
森に入ってしばらくしたころから頻繁にモンスターと出くわすようになった。
相手は【トレント】だ。
地面から怪しく生える根っこのようなものを枝で突くたびに、何をするんだと言わんばかりに直ぐ近くの本体が動き出す。
こいつはまったく強くなく、仕込み剣で本体を突き刺すと簡単に倒せる程度のモンスターだ。
同族だと思われているのか、俺がトレントの枝で根っこを突くまでは反応しないため、接近するのが容易い。
遠くから枝を伸ばして攻撃されると厄介だろうに。
トレントのモンスターオーブはひとつだけもらうことにして、素材をアイテムバッグに詰めていく。
トレントの枝が高い理由はそいつを倒してみて初めて理解できた。
こいつにトドメを刺すと、本体が枯れてしまうのだ。
戦闘中に切り落とした枝も同様に枯れる。
倒した後に残るのはわずかな小枝のみで、俺が妖魔の力で生み出した枝が異常なんだ。
しかしこれだけトレントがいるとなると、この小さな森としちゃ異常なんじゃないのか? 報告対象だろうな。
さて、トレントの枝で突つくだけで終わるわけにはいかない。ちょいと不安だが、ダイアウルフの力も試しておこう。
ちょうどトレントっぽい木の上に、巨大なクモのようなモンスターがいる。
胸部にあるモンスターオーブを使用していない理由は、単純にダイアウルフだからってだけじゃない。この部分はいわば心臓付近にあたるわけだから、人体の構造で考えればエネルギーを全身に送り出すための核。心臓にあたるはず。
リルたちに説明を受けたわけじゃないが、胸部にセットするモンスターオーブは手、目、足とは違う効果を得られるんじゃなかろうかと考えていた。
まずは胸に手を当ててゆっくりと胸部のモンスターオーブに集中してみる。
……やっぱ他の部位セットと胸部は違う感覚だ。なんで俺四つん這いになってんだ!?
命令!? 各オーブへ指示を……そうか、分かったぞ!
この胸部にセットするモンスターオーブは、指揮官の役割を担うんだ。
つまり系統が一致するモンスターオーブをセットすると、その部位と連携ができる。
今のセットで言うなら足のみだ。
相乗させる効果? これなら……めいいっぱい木に飛びついて……って「うおおおおおお! 本に書いてあった興奮状態の動きってこんなんかよ!」
四つん這いになった俺は木に飛びつき、あり得ないような脚力で巨大クモのはるか上空へ飛び、結晶をクモの上空から浴びせていた。
さらに落下地点を動き出したトレントに合わせて仕込み剣を突き立て、双方を瞬時に倒していた。
「はぁ……はぁ。なんだ今の」
体内でリンクした? これが胸部の力。コマンダーと呼べばいいだろうか。すげー力だ。
もし山竜が指揮官となり、手、目、足がリンクしたらと思うと……顔がにやけちまう。
だが、くっそ疲れるな。
胸部は他の場所と違い、連続で使用するような仕組みじゃない。
言うなれば必殺技みたいなもんだ。
この部分のセットはかなり慎重にすべきだし、リンクを意識した組み合わせを考えるべきだ。
山竜だったらどんな行動になるんだろう?
もっとこの力について調べる必要がある。
さて、せっかくだし巨大クモはオーブにして、もう少し素材を集めたら戻るか。
と考えていたら……「なんだろ、紫色の木っていかにも怪しいな」
パクリマもあっという間に59話に!
100話まではあっという間に行きそうですね。
 




