第57話 絶魔王、ベルベディシアの器
ワイバーンを全て撃ち落とし、ゆっくりと地上へ降りてくる魔王。
市場の人々から歓喜の声が聞こえる。もしタイミングが悪かったらと思うと寒気が走る。
地上までふわふわの雲が降りると……背丈の小ささに驚かされる。
格好がどう見てもゴスロリの女性だ。そんなこと言えば俺もワイバーンの二の舞だろうから言わないけど。
しかし、これが雷帝か……想像とはかけ離れているほど……可憐といえばいいのか?
黒紫色の髪色、人形のような肌。目の周りが赤く染まり、妖しい威光を放っている。
華奢に見えるがその立ち振る舞いは見事。
「多くの民たちよ。面を上げるのですわ」
しばらく静観した後、初めて声を発したが……全員歓喜してて、頭なんて下げてないんだけど。
「……そう。テンガジュウ! あなたは面を下げていなさい!」
誰だそれは? あんたひとりできたよな?
「あら? そういえばわたくしひとりでしたわね。仕方がありません。わたくしが面を下げます……」
なんだこの魔王、急に平伏しだしたぞ!?
やばいやつかもしれない。
大体なんで王がひとりで来るんだよ。本当に魔王なのか?
だが、レドのおっさんが面を下げそいつに近寄っていく。ついでに俺も手招きされた。
……行きたくねーな。
「はるばる遠方より参られたばかりでなく、再び国の危機をお救い頂き感謝する」
「当然よ、当然ね、当然に違いないのだわ。あんなクズがいなくなって助かるのは私も同じですのよ。あなたがルーン国から派遣されたレンズの管理者かしら?」
「そのとおりです。以前はミズガルド隊の三番手を引き受けておりました」
「そう、ビー君の……元気にしてるのかしらね」
「失礼ですが雷帝殿。お連れの方は?」
「例の一件は存じているでしょう? わたくしだけ先に着いたのですわ」
「手の者ではなく雷帝殿がおひとりで?」
「ええ。道は確保したのだけれど、海路の不安は取り除けなかったわ。他の竜ならいざ知らず、あの七竜ですもの。腹立たしいけれど、仕方ありませんわ」
「海竜サファール。それほどですか」
……なんか込み入った話をしているし、俺は退散しちゃおうかなーっととと……だからその丸太の腕で肩組みを仕掛けるのは止めてくれ!
「こいつの紹介を済ませねばなりません。このような場所では失礼ですし、どうぞレンズの中へ」
「ここで構いませんわ。民たちが避難しているのでしょう? わたくしはね。場所を気にするような器量の小さい魔王とは違いますのよ」
……さっきまでは冷たい目つきだったが、優しい顔もできるんだな。
「ほれ、自己紹介しておけ。ちゃんと売り込むんだぞ」
「俺……じゃなかった、私はジャッジと言います。地底から来たスリークオーターの妖魔で……す?」
あれ? なんか今、うっすらと笑われたような。
しかも口から牙のようなものが見えたような。
「スリークオーターの妖魔ですって? どういう意味かしらね。妖魔と人の間に生まれた子……かしら? その仮面を外して欲しいですわね」
「お見苦しいかもしれませんが、よろしいですか」
「構わないわ。わたくしは誰かの技量を外見で判断するほど愚かではないもの。あなたの顔をよく見てみたい。それだけですわ」
「では……」
仮面を外すと、今度は間違いなくその表情は喜……ってより発見したという顔になった。
……なんか嫌な予感がする。
「ねぇあなた。忌々しい小娘は元気かしらね?」
「忌々しい……小娘?」
「ええ。あろうことかこのわたくしを年寄り扱いする非常識な娘ですわ。ああ、少々思い返したらイライラしてしまいましたわぁ……」
魔王がそう言った途端に、雷が周囲にバチバチと発生し始めた。
周囲にはまだ住民がいるんですけど!?
「ちょ、止め……落ち着いてください」
「あら。わたくしが冷静じゃないとでも? テンガジュウ! 腕立てをなさい!」
「……いや、俺はテンガジュウじゃなくてジャッジです」
「それではわたくしが腕立てをやりますわ」
しゃがんで腕立てを始める絶魔王。
こいつはひとり漫才が好きな魔王だったのか。
しかし忌々しい小娘……もしかすると彼女が、ヤトカーンが言っていたベルシア?
呼称しか聞いてないんだから分かるはずねーだろ!
「あのー、ヤトのことだったらあなた宛てに手紙を預かってます」
「……ふう。久々に腕立てをしたら疲れますわね」
「なんで魔王が腕立てを……」
「あなた、手紙の内容を見てはいないのでしょう? その場で読んでごらんなさい」
アイテムバッグから取り出した手紙を差し出そうとしたら、受け取り自体は拒否された。
仕方ない、読める文字なら……ああ、これは確かに性格を知っていたら受け取らないな。
「すみません、読めそうにないです」
「そうでしょうね。あの小娘はね。昔から自分が理解できる文しか書けないのよ。図はあったかしら?」
「っ! 言う前にそこまで理解できるんですか。よほど親しい間柄なんですね」
「そうですわね……もう昔のことですけれど。あなたの体を用意したのはあの小娘、ヤトで間違いありませんのね。それで? わたくしに何の御用かしら?」
用向きはいくつかある。ジャッジメントのことも聞きたいが……少し思案する。
魔王がどんな人物なのか。まずはそれを見定める必要がある。
悪しき魔王もいれば、そうでない魔王もいるのは理解しているつもりだ。
それは人の王でも同じことで、どんな世界でも共通することだろう。
どの国に仕えるのかを選べるのであれば、決して病んでいない国、そして日本とは全く異なる国がいい。
頂点が民を守るために思考はするが動かない。そんな頂点など仕えるに値しないと俺は思っている。
「少し私と会話願えないでしょうか」
「おい、仕える話をするんじゃなかったのか!?」
「レド、お静かに。構いませんわ」
「……ったく。不器用な奴だな。ミンニャ! さっさと飲み物のひとつも持ってこねえか!」
「は、はいーー!」
まずは相手が目上の存在であるわけだから、礼儀を払おう。
つってもご丁寧な学校のお辞儀なんてするわけじゃない……つーかできない。
目を離すな。そんな鋭い視線を相手から感じたのは初めてだ。
一挙手一投足全てを見られている。
俺の正面にいるのは間違いなく化け物クラスの大物だ。
「あなた、少し変わっているわね。わたくしを相手にもの怖じしていないですわ。けれど警戒はしていますわね。わたくしのことをよく知っている? いいえ、全然知らないのかしらね」
「後者が正しいです。あなたのことは全くと言っていいほど知りません」
「正直なのね。わたくしに取り入りたいのかしら? 目的は? この雷帝の力が欲しいのかしら」
「いえ。目的はいくつかあります。今の悪い状況を打破したい、というのが主目的です」
「ふふっ、うふふふ。あなた、面白そうですわね。ゆっくりとお話を聞くことにします。レド、城の準備は済んでいるかしら」
「手はずは整えてあります。ですが、連れの者がいないとのことですから、内部には傭兵所の者が数名いるだけです」
「あら、困りましたわね。それでは……そちらの中にいる民に手伝ってもらえるかしら」
「民を王城に上げてもよろしいのですか?」
「あら。わたくしはね、毎日誰かを呼んでお話をしたり、占いをしてあげるつもりなのよ。それがわたくしの怒りを受けて代替わりさせた、わたくし自身の役目ですものね」
……どうやら皆まで聞くまでもなく、この人は仕えるに値する魔王だと思った。
広く他の話をよく聞ける者、それすなわち名君であると、俺はそう思っている。
「招集に応じます。城にはいつ頃伺えば?」
「今からに決まっていますわ。その前にそちらのお嬢さんもついて来たいのかしら?」
「……お兄ちゃん」
お嬢さんと言われてドキっとした。
俺の後ろ足を引っ張る小さい子。
それはミーコだった。
「ミーコ? いつの間に」
「あらあら。こんな小さい子を置いていくわけにはいかないですわね。あなた、こちらに」
呼ばれたミーコは恐る恐る絶魔王へ近づいていく。
俺の方を見るが、大丈夫だとうなずいてみせる。
「それでは、ジャッジでしたわね。北西に城がありますわ。走って向かいなさい」
「……はい?」
「まさかとは思いますが、絶魔王であるわたくしと、この可愛らしい子を待たせたりはしませんわよね。おほほほほほ」
……おほほほほじゃねーよ!
城なんざここから見えすらしないのにどうやって向かえと?
「お待たせしましたー。飲み物を……ってあれ?」
「ミンニャさん。その飲み物両方くれ!」
奪うように飲み物を手に取りがむしゃらに走り出す。
こうなったら……新しく足にセットしたオーブの力、試してみるか!
はい、ということでですね。絶魔王、雷帝ベルベディシア様の登場です。
彼女の詳細は 異世界転生、我が主のためにをご覧いただくと詳しく掲載されていたりいなかったりする部分もあります。
本物語における主要人物であり、その個性たるや相当なものです。
今回出てこなかったテンガジュウさんはいわゆるいじられキャラですがいじめられているわけではありません。
明日もベルベディシア様の可愛い一面をお届け……予定です。




