第314話 魔包学校ロザリィへ向けて。ダンジョンへの準備
■ララ・チルドの町 レンズ内■
アンセムさんはレンズで依頼を見ていた。
いや、自分たちが来るのを待っていたかのようだった。
「……いいだろう。ただし条件がいくつかある」
「条件ですか?」
「ああ。まず1つ。支度を整える必要がある。その恰好なら野党やモンスターのいい得物だ。」
「そうね。ロザリィまでは安全じゃないから」
「分かりました」
バヨウも出るかもしれないし、だからこそアンセムさんの協力が必要だ。
「2つ。お前たちの性別は逆にしてもらう」
「ちょっとそれ、どういう意味!? 私よりクラリィの方が可愛いって言いたいの?」
「……まず女性から狙われるからですか」
「そうだ。女連れで旅をする場合、先に狙われるのは女だ」
「うっ……わ、私だって少しくらいは戦えるし」
「衣類が破れてもか? 男が集団で襲って来たら女は足もすくむ。鍛え抜かれた女戦士であっても恐怖すると言っていた」
「うう、怖い……です」
「旅の間だけなら構いませんよ。それでミルフィさんが安全になるなら」
「クラリィ……」
「3つ。道先は俺に従ってもらう」
「ルートは一本道じゃないんですか?」
「お前は……そうか、記憶が無いんだったな」
「この町はね、崖の下にあるの。ぐるっと回ってロザリィに行く方法と、洞窟……ううん、ダンジョンに入ってロザリィへ向かう方法と2つあるのよ」
「ダンジョン?」
「そうだ、ダンジョンを通っていく。この大陸にはいくつかのダンジョンが存在する。それらはある期間ごとに内部構造が変わる」
「……まるでゲームみたいだ」
「ゲーム?」
「いえ、なんでもないです。そのダンジョンに入る? ……には」
『ファーヒー!』
……あれ、レンズの中なのに、この中で鳥のような鳴き声?
「クラリィ。そのカバンの中から変な鳴き声したよ? 何しまってあるのか気になってたけど」
「え? この中は何も……わっ!」
「何か光ってるみたい。カーネが入ってるの? 100万カーネくらい入ってない!? 出してみようよ!」
『ファーヒー!』
……うわ。金色のカーネが10枚飛び出て来た。
「ほ、本当に100万カーネが出て来た!? なんだぁ、クラリィってお金持ちだったんだ」
「それは魔道具か。それだけあれば十分な支度ができるな。これは魔族が作ったものか。少し見せてくれ」
「はい……どうやって出て来たんだろう?」
「言葉に反応するタイプだ。疑似生物の類か。声がする前の言葉をいくつか連想して試してみろ」
「ええと……」
その後いくつか試した後、ルーニという言葉に反応したことが分かる。
眼の光った状態で金貨を入れてみると、振っても戻ってこなくなった。
またカーネを要求すると出してくれる。
「便利な魔道具だね。これなら食事とかも沢山詰められそう」
「荷物はお前に預けよう。楽な旅路になりそうだ」
「あはは……でもダンジョンに行くんですよね。武器も防具も何もないから揃えないと」
「まずは買い物だね。私も可愛い服、着ようかなー」
「お前は男装だ」
「はっ! そうだった……じゃあクラリィに可愛い服、着せよっと」
「戦いやすいのにしてください。スカートは絶対に履きませんからね!」
「足が見えた方が可愛いのに」
「ダンジョンに入る恰好にしておけ。中は寒いこともある。俺の知っている店に向かうか」
■ラテ・チルドの町 市場内 戦具アーモンド■
アンセムさんに案内されて訪れたのは、市場の奥の方にある小さな店だった。
ボロボロの看板があるだけで、外には何も飾られていない。
たてつけの悪い扉を開いて中に入ると、少しホコリっぽい感じがする。
音に気付いたのか、店の奥から1人の老婆がやって来る。
「誰だい、こんな時期に。今日は休みにしようと思ったんだけどねぇ」
「そう言っていつも休もうとしているな」
「なんだい、オーバーキルか。また武器の手入れにケチつけようってのかね?」
「客を連れてきた。旅道具を3人分、6日分のランタンオイル、それから火薬もだ」
「出かけるのかい? 遠出は珍しいね。しばらくはここにいるんじゃなかったのかい?」
「用事ができた。そっちの男には女装を、そっちの女には男装を仕立ててくれ」
「そいつは面白い注文だ。ふむ……そっちの若いお兄さん」
「はい?」
「……あんた何者だい? 只者じゃないね」
「ええと……」
「クラリィは記憶がないの。でも舐めちゃいけないわ。お金持ちなのよ」
「……この婆さんにそれは禁句だ」
「なんだって!? そいつはいい。ひゃっひゃっひゃ、安くしとくからたんまり買っていっておくれ」
……自分の頭の中は、話を聞いているようで聞いていないような、ぼーっとした感覚がずっとしている。
やっぱりよく眠れてないのかな。
それとも武器と防具を見ているせいなのか。
ここには盾や剣、木細工でできた胸当てなんかも売っている。
その中の、金属の武器を手に取ってみるが、自分にはしっくりこない気がする。
「気に入らないかい? そいつは魔銅性だね。悪い品じゃないよ」
「自分には合わない気がします」
「ふうん。ガタイはがっしりしてるね。相当鍛えてたんだろう?」
「分かりません。覚えていなくて」
「あんたは魔戦士タイプだったのかもしれないねぇ」
「魔戦士?」
「自分の魔力を使いながら戦う者のことさ。武器や防具に強化魔法を付与して戦うから、あんまり武器にこだわりがない」
「魔法のみで戦ったら魔法使いですか?」
「そうさねぇ……いいや、魔法や能力で武器を生み出して、さらにそれらを強化して戦う者もいる。そいつらはエンハンサー。出会うことは稀だね」
「……あの魔包力計測が本当なら、クラリィはもしかしてそういう戦い方なんじゃない?」
「俺はお前がエンハンサーだと思ってここへ連れてきた。エンハンサーはどの武器を使用しても馴染まないらしい」
「ま、その感じじゃ自分の能力も忘れちまってるんだろうさ。せめて護身用にこれなんかどうだい?」
「おばあちゃん、乗せ上手ね」
「ひゃっひゃっひゃ。エンハンサーなんてこっちの商売あがったりの相手だからね。ほれ、握ってみな」
そう言われて渡されたのは短剣だ。
サヤに収められていて、そこから引き出すと……サヤも短剣になった!? そのまま短剣を戻そうとするとまたサヤになる。
「これは?」
「ダブルダガーと言ってね。サヤから抜くと2本の短剣になるのさ。軽く振るってみな。いいかい、軽くだよ?」
「こう? あっ」
片方の短剣をゆっくりと軽く振るうと、びゅうという強い風の音がして、近くにいたミルフィさんの髪が揺れる。
「そいつには高い魔包の力が宿してある。値段は張るが良い魔道具さ」
「どれどれ、クラリィちょっと貸して……えい!」
「あっ」
「……弁償だねぇ、こりゃ」
「ご、ごめんなさい」
ミルフィさんが思い切り振ると、真正面にあった鎧が壊れてしまった。
でも、パーツが分かれただけだから、それを買って身に付ければいいかな。
「それじゃ他には、これとこれとこれと……よしよし、こんなもんか。お嬢ちゃんのその服もいれて、と。計算するよ」
「ランタンと旅道具は俺が払う」
「いえ、いいですよ。カーネは持っていたみたいですから。お願いする立場ですし」
「そうそう。だからダンジョンで手に入るものも山分けよ?」
「分かった。そうしよう」
「お嬢ちゃんの方の男装服もそこそこの値段がするけどいいのかい?」
「ええ。構いません」
「それなら、全部で50万カーネってとこだね」
「高っ! いいのクラリィ?」
「いいんじゃないですか? 高そうな短剣だし。はい、カーネです」
「ひゃっひゃっひゃ。いい買い物したよ。確かに。ほれ持ってきな。着せるのを手伝うのはサービス。可愛くしてやるよ」
……お金は結構使ったけど、護身用には十分かもしれない。
商品を身に着け、お店を出る間際にアンセムさんがぼそりと呟いた。
「その短剣、ルーン国で売れば倍はする」
「ちょっと、なんだって!? オーバーキル、そういうのはもっと早く言わんか!」
「おばあちゃん、ありがとねー!」
「ありがとうございました!」
「もっと踏んだくればよかったわ! この商売上手共。気を付けて行ってきな!」




