第312話 戻ってきた手紙
アンセムさんは少し怖い表情でこちらを見ている。
あんな動きをする人と自分が手合わせ?
……なぜだろう。
体は戦いたがっているような気がしてならない。
どうやって? 自分は、バヨウに飲み込まれて武器を体内に放置したんだ。
だから戦うための道具も持ってないのに。
「どうして自分なんかと?」
「お前の力を知っているからだ」
「どういう意味ですか?」
「最初に見た時から只者じゃないと分かっていた。お前の髪からゴミを取る時に、魔包力を測らせてもらった」
……それであの時。
けど、魔包力が高いとあんな動きができるのだろうか。
無理だ。自分は何もできない。
「前にもお伝えしましたけど、自分は記憶を失っていて。とても戦える感じではありま……」
言い終わる前に剣を振るってきた!?
とっさのことなのに、身を交わして、気付いたらアンセムさんから遠く離れた位置にいた。
「何をするんですか」
「寸止めのつもりだったが、あれをかわすか……だが、悪かった。どうやら勘違いだったようだ。レンズへ戻ろう」
「……はい」
■ラテ・チルドの町 門前■
町の門前まで戻ると、心配そうな顔で隊長さんが駆け寄って来る。
アンセムさんは礼をするからレンズへ来るようにと告げて、先に行ってしまった。
「戻ったか。遅いから畑まで見に行ったんだ。誰もいないから心配したぞ」
「すみません。アンセムさんの手伝いをしていたもので」
「アンセムの手伝い? お前さんが?」
「はい。チョコレさんに薬草を届けた後、自分もレンズへ向かいます」
「ああ……しかしあのアンセムがねぇ」
剣を向けられたのに全然怖くなかった。
それどころか、高揚感を得ていた気がしてならない。
それもまた、自分を思い出すヒントなのだろうか。
でも、バヨウの呪いをどうにかしないと元には戻れないのかな。
そう考えながらチョコレさんの家に辿り着き、薬草を詰めた箱をテーブルの上に置く。
どうやら留守のようだ。
そのままレンズへと、ぼーっとしながら歩いていく。
自分は……何をしようとしていたのだろうか。
怪物に食われていたのなら、死のうとしていたのか?
それとも、倒れていたところを食われたのか。
他に同行者はいたのか。
誰か頼れる人は?
分からない。思い出せない。
■傭兵所レンズ前■
無駄な考えを思い浮かべていると、レンズに辿り着いていた。
重い扉を開くと、中にはアンセムさんはおらず、しかめっ面をしたミルフィさんだけがいた。
「遅いよクラリィ。それにその恰好」
「ええと……そっか、自分の名前」
「もしかして忘れてたの!? 昨日決めたばかりなのに」
「なんか馴染めてなくて。まだミルフィさんにしか呼ばれていませんし」
「それもそっか。そうそう、せっかく来てくれて悪いけど、その服じゃ受付は任せられないよ。制服じゃないし」
「昨日のって制服だったんですか!?」
「そうよ。それとね、アンセムさんのお手伝いをしたんだって?」
「ええ。待ってくれてると思ったんですが」
「照れ屋なのよ。はいお駄賃」
「こんなに!?」
「それと伝言。銀貨1枚で依頼をひとつ受けてやる。ですって。何なのかしら? まさか、デートの依頼とか!?」
「男同士でですか? そんなことしませんよ」
もらったのは銀貨4枚。
ウルフを台に乗せただけなのに。
「気に入られたんでしょ。もらっておきなよ。それとこっちはチョコレさんに」
「手紙? もしかしてもう折り返しの連絡が?」
「ここから魔包学校まで歩いたら遠いけど、手紙ならアレを使えば直ぐだから」
「へぇ。どんな方法なんです?」
「見たら驚くよきっと」
「自動車やバイクとか?」
「じどう、しゃ? 何それ」
「車輪がついててエンジンがあって……」
「??? なぁにそれ。もしかしてクラリィはすっごく遠くから来たの?」
「分かりません……でも、そんな乗り物があったはず」
「面白そう。でも違うわ。ここら辺にはね。大人しいラテ・ワイバーンというのが生息しているの」
「ラテ・ワイバーン?」
「そう。それに手紙を運ばせれば1日で十分手紙の往復はできるわね」
「へー。面白い運び方ですね」
「あはは……本当に記憶が無いと大変ね。明日はレンズ、お休みだからあちこち案内してあげる。今日は頑張ろー!」
「はい、分かりました。男性用の着替えは?」
「無い! ということで今日も女子服でお願いします!」
「嫌です」
「うっ……だって可愛いじゃない。良いから着てよ、お願いよぉー!」
「い・や・で・す。もう女装はしませんからね」
「えーんせっかくもう1人の女子受付が増えたと思ったのにぃ」
それって結果的に女子の受付は増えてないんじゃ。
それなら女子受付を雇えばいいのに。
あれ? そういえばミルフィさん以外の受付の人、まだ会ってない。
どこかにいるのかな。
「ミルフィさん以外の受付の人ってどこにいるんですか?」
「今、バヨウの報告をしにロザリィへ呼び出されてるのよ。だから今日は2連勤なの。本当なら休みだったのに。早く戻って来ないかな」
「でも昨日、仕事を代わりにさせてましたよね」
「ぎくっ。あははー、ちょっと私、お掃除してくるねー。クラリィは仕方ないからこの前掛けつけて待機!」
「……ピンクじゃないですか。はぁ、女装よりマシかぁ」
その後、幾人かの受付をすることになり、その前掛けのことで少しだけからかわれた。
昨日とうって変わって訪問者が多く、レンズの受付にも慣れてきた。
依頼の受注から完了、料金の支払い等一通りのことを覚えた。やってみると結構面白い。
「終わったぁ」
「盛況でしたね。いつもこれくらいの量を?」
「ううん、今日は多かった。バヨウが倒されたから外でこなせる依頼が増えたのよ」
「そんなに危険なんですか、あのバヨウって」
「ええ。警告が出ている間、町からは一般市民全員、外出禁止令が出るの」
「外に出ていたのは?」
「警備隊、それからレンズの傭兵でもC級以上。この町にはB級までしかいないから、数は少ないわね。ルーン国の首都まで行けば、Sランクなんてのもいるわよ」
「Sが最も高ランクなんですか?」
「噂だと、Sの上、Lがあるらしいのよね」
「へぇ。そんな依頼、この町には無いですよね」
「当然よ。Sランクが受ける依頼って、相当な怪物だもの。大型のサイクロプス討伐とかね」
「っ!」
「大丈夫!?」
「は、い。大丈夫です。そろそろ帰りますね」
「うん。明日迎えに行くから……っと、これは今日の分。アンセムさんのと合わせて、これで銀貨8枚かな?」
「いいんですか?」
「ええ。良く働いてくれたもの。そうだ、明日はそのお金で買い物もしてみない?」
「そうですね。チョコレさんは受け取ってくれないし。これで何かお礼の品物でも買おうと思います」
「決まり! っていうか欲が無いなぁ。でも、そういうトコ、良いね。お疲れ様!」
お金か。持っているだけじゃ何の意味もないものだ。
生活には必要なものだろうけど、今の自分には……。
■チョコレの家■
「ただいま戻りました」
「おやお帰り。悪いね、薬草ありがとうよ」
「いえ、そのくらいのことしかできなくて」
「何言ってんだい。大助かりさ。直ぐに食事の用意をするよ」
「ありがとうございます。これ、ミルフィさんから預かってきた手紙です」
「早いね。どれ……ふむ。こいつは困ったね」
「どうしたんですか?」
「実はねぇ……」




