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【呪い編】

ホラー初挑戦なので、あまり怖くないかもです。


それでも気にしないよ、という方は是非ご覧ください。

「茉莉花って知ってる?」


「マリカ?」

「そう。何か、5年くらい前に有名だったタレントなんだけど…」

「え、誰?どんな人…?」


 紗智はスマホで検索する。【茉莉花 タレント】と。


「この人」

 亜美は紗智のスマホをのぞき込む。検索結果にはふんわり美人の可愛らしい女の子の画像で埋め尽くされていた。

「元アイドルって書いてある。え~っと活動時期はっと。あ、私らが小学生の時に活躍してた人なのね…。う~ん、ごめん…。私、小学生の時はバレーに全力だったから、当時あんまりテレビとか見てなかったの…。だから、この人のことあんまり知らないや。でも、何で?」

「え~マジで?当時めっちゃ人気の有名人だったのに!!」紗智は目を見開いて驚く。

「本当に全然テレビに興味なかったんだもん…」

「そっか…。茉莉花ってね、当時アイドル卒業してから、どのテレビ番組にも引っ張りだこの、超超超超人気のタレントだったの。だけどね、え~っと。ほら、今大河ドラマにでてる、渡辺涼っていう俳優と不倫してさ、そっから人生急転落。不倫が週刊誌にバレた当時ね?もうえげつないほど、茉莉花は誹謗躊躇で叩かれたの。でも、彼女の清楚なイメージとは裏腹に、茉莉花はなぜか全く反省する素振りすら見せなくて…。むしろ、彼はモラハラに悩んで離婚をずっと考えていた。結果的に不倫かもしれませんが、それって私が悪いんですか?みたいな反抗的な態度をとってしまったから、より炎上したのよ。で、どんどん茉莉花はテレビから消えて行って、それに比例するようにバッシングも収まっていって…。なのに、不倫の噂も忘れ去られたタイミングで、彼女、なぜか建設中のマンションから飛び降り自殺したの…」

「ふーん。不倫で炎上、からの自殺ってありがちね。なんだか、自業自得の気がしないでもないけれど…。でもさ、その茉莉花って人と呪いがどう関係しているのよ?」

「それがね、噂程度に聞いた話だから信憑性はないんだけど…」紗智は少し声のトーンを落として続ける。「茉莉花の当時の記事をリポストして、浮気とか不倫相手とかの情報を呟くと、その人物を茉莉花が代わりに呪ってくれるらしいの。で、それが通称、【茉莉花の呪い】って言って、今ネット中心に大流行中」

「え、何それ!!」亜実は紗智の噂話に眉をひそめる。「ってか、おかしくない?茉莉花が浮気した張本人なのよね?なのに浮気相手を呪うの?普通逆じゃない?茉莉花、死んでもなお、鋼のメンタルじゃん」

「そんな矛盾、私も知らないよ。だって私も噂で聞いただけなんだもの。だけど、呪われた人たちは皆口を揃えて言うんだって。『茉莉花が来る。茉莉花が来る』って」




 この話を聞いたのは、確か2、3か月ほど前だった。だからこんなうわさ話、すっかり忘れていたのだ。親友からあるメッセージを受け取るまでは。



【亜美、助けて。茉莉花がくる】



*****



 放課後。

 いつもは紗智と寄り道しながら帰るのだが、今日は違った。


『今日は、中学の友人のお見舞いに行くから…』


 そう紗智に伝えた亜美は、終業を知らせるチャイムを聞くや否や、学校を飛び出し、急いで電車に乗り込んで帰路につく。そして、小学生のころからの長年の友人の家へと一目散に走り向かっていった。




ピンポーン




 土田菜々。小学生の頃、同じバレー部に所属していた彼女とは中学に上がっても親友だった。残念ながら、高校の進学は別々になってしまったが、それでもよく電話もするし、月に数回は一緒に遊びに行くほど仲が良い。そんな彼女からの急なマインのメッセージ。その後何度も菜々にメッセージを送っても返答はなく、それどころか既読にさえならない。不安になった亜美は、次に彼女の彼氏の晃大へとメッセージを送った。


【ちょっと色々あって、今学校を二週間近く休んでる】


 寝耳に水だった。小学校も中学校も、無遅刻無欠席の皆勤賞でいつも表彰されていた菜々。そんな彼女が二週間近くも学校を休んでいる、というのだ。そう言えばこの二か月は、学校のテストがあったり、菜々も亜美も互いに部活動や学校行事が忙しかったりして、日にちが会わずなかなか遊べていない。もしかして、この会わなかった間に、菜々に何かあったとか…?それとも学校でのトラブル?それとなく体調を気遣う問いかけを菜々に送っては見るものの、やはり彼女からは返答はない。晃大に聞いても話を濁してくるし…。だから、亜美は菜々の家にお見舞いという口実で、アポなしで訪問することに決めたのだった。


ピンポーン

ピンポーン

ピンポーン


 おかしい。何度も家の呼び鈴を鳴らしているのにも関わらず、おばさんも、菜々も、誰もインターホンに出てはくれない。


【菜々、家に着いたよ。開けて】


 とりあえず、親友にメッセージを送る。でも送った後で唇をかみしめる。


【亜美、助けて。茉莉花がくる】

と送られてきた菜々のメッセージ以降に亜美が何度も菜々にメッセージの履歴。


【どうしたの?】

【大丈夫?】

【今電話できる?】


 すべて未読状態。

 もしかして知らぬ間に菜々を怒らせていたのだろうか?言い表しがたい不安が亜美を襲う。



「よ、亜美。久しぶり」

 そんな不安に押しつぶされそうになっている時だった。背後から懐かしい声が聞こえ、亜美は振り向く。

「あ、晃大…」菜々の彼氏の晃大が亜美の後ろにいた。「来てくれたんだ…」

 ホッとした。アポなし訪問とはいえ、一応念のため晃大にもマインを送っておいたのだ。【今日菜々のお見舞いに行く】っと。菜々の彼氏の晃大は、菜々とは幼稚園の頃からの幼馴染。加え、家同士も仲の良い為、とても頼りがいのある人物なのだ。もし菜々と直接会えなくても、晃大から直接菜々の状態を聞きたいと、そう思って念のために彼にもメッセージを送っていたのだ。よかった、とひとまず胸を撫でおろす。


「まあ、菜々も色々あってな…。それに今日はあれから二週間だし、俺自身もちょっと嫌な不安を感じてたんだよ。だから、俺も亜美が来てくれて心強い」

「??」

 亜美の顔を見るや否や、晃大が急にそんなことを呟く。いったい何のことなのか。亜美の頭上にはハテナが並ぶ。

「ま、鍵開けるから入りなよ」

 そう言って晃大はズボンから鍵を取り出した。

「え、それって合鍵?」

 知らなかった。二人は付き合いだしてから、もうそんな家族の付き合い以上の仲になっていただなんて。

「あ、違う違う。これはおばさんの鍵」亜美の誤解を解こうと、晃大は必死に弁明してくる。「おばさん今入院中でさ、で、俺が今鍵を預かってんだ」

「え?え?え?」頭が付いていかない。菜々は学校にも行かず引きこもり状態。その一方で、おばさんは入院中!?一体どういうこと!?

「とりあえず、後で簡単に説明してあげるから先に中に入ろう。ここは近所の人の目もあるし…。ただな…。菜々の様子が落ち着いていたらいいんだけど…」




 ガチャ




 晃大が土田家の玄関扉をあけた。途端、スーッと冷たい風が家の中から二人の元に流れてきた。亜美は大きく身震いをする。だって、流れ込んできたその風はまるで冷蔵庫から流れ出てくる冷気のように、とてもとても冷たいものだったから。


 グルリとあたりを見渡す。中学生の時によく遊びに来ていた時と変わらない玄関……、の筈。けれどもなぜか記憶よりもずっと暗くて、まるで人気のない空き家のように、虚しい空気が漂っているような、そんな不気味さを感じる。


「おばさんだけどな?実はつい昨日、階段を踏み間違えて頭を強打したんだ。受け答えとかはちゃんとできるんだけれど、かなり強く強打してたみたいで前後の記憶が抜けてて…。で、それで一応検査入院しとこう、ってなってさ…。で、だ。亜美?先に言っとくけど…。菜々、今かなりヒステリック状態なんだ。だから、その…。菜々の言動にあんまり引くなよ?」

「分かったわ。あ、そうだ。一応念のためにさ、晃大に先に聞いておきたいんだけど、菜々、もしかして学校でイジメとかにあってるとか…なの?それともおばさんとの関係がぎくしゃくしてる…とか?」

「あ~違うよ。全くそんなんじゃない。菜々は学校で虐められていたりなんかしてないし、家庭環境も変わらない。変わらず、おばさんとも仲いいよ」亜美の感じていた不安。晃大にそう断言してもらって少し気が楽になった。ホッと軽く息を漏らす亜美。「ただ…。きっとあれが原因だと思うんだ…。あ、てか、俺、ちょっと片付けるものあるから、先に菜々の部屋に行っといて。あ、そうだ。俺は勝手に部屋に入るから、誰が来ても、亜美、開けないでくれよ。菜々のヒステリックが止まらなくなるから」


「は~い」


 晃大の言っていることは訳が分からなかったし、少し引っかかる点もあったが、とりあえず後で説明してくれる、という彼の言葉を信じ、亜美は二階にある菜々の部屋へと向かった。




 【なな の へや】




 菜々の部屋の前に飾られてある工作を手に取る。これは恐らく幼稚園の時に作られたもの。小学生の時からずっとこの飾りはこの定位置に変わらず置いてある。



 コンコン



 亜美は部屋をノックする。けれど、菜々の返答はない。



 コンコン



「菜々~。亜美だよ~。開けていい?」


 それでも返答はない。一応扉に耳をつけて中の音を確認する。不気味なほど、中からなんの音も聞こえない。


「開けるよ?」


 一応断りを入れてから、ゆっくりと部屋の扉をあける。途端、ヒヤリどころか、強烈な冷気が体中にあたる。


「つめたっ」寒いどころじゃない。部屋全体が冷たい冷気に包まれている。異常な部屋の温度についそう言葉を叫んでしまった亜美。「ちょっと、菜々?一体エアコンの温度何度にしてるの!?」


 カーテンが閉め切られた菜々の部屋に向かって問いかける亜美。にしても、真っ暗すぎる。何も見えない。亜美は扉横にあるスイッチを入れた。温かなオレンジの光がともり、奥のベットに壁向きに毛布をかぶって丸くなっている菜々が目に入る。亜美は大きなため息をついた。


「もう、寒いんだったら、エアコンきりなよ…」


「…ないの」


 あまりにも小さな声。何を言っているか分からない。しょうがないから亜美はエアコンのリモコンを探すために部屋へと足を踏み入れた。


「エアコンのリモコンは…と…」

「つけてないの。ねぇ…。茉莉花がくる…茉莉花がるから、ドア、早く閉めて。早く!!」


 急に大声で喚き散らす菜々。こんなヒステリックになっている菜々を今まで亜美は今まで見たことがなかった。驚いた亜美は、「え、ごめん。閉める、閉めるよ」と言って開けっ放しだったドアをガチャリ閉めて、そして深呼吸する。


 何事!?


 心の中で菜々らしくない言動に驚いたけれど、同時に先ほどの晃大の言葉を思い出した。


『菜々、今かなりヒステリック状態なんだ。だから、その…。菜々の言動にあんまり引くなよ?』


 菜々の身になにが起きたのか知らない。けれど、これが菜々のヒステリックの状態なのか、と理解した。亜美は菜々の今の状態をそっと受け入れ、努めて優しく彼女に接しよう、と心に決める。


「だけど、寒くない?窓開けて換気とか…」


 できるだけ明るい声を発しながら、今度は窓に近づく亜美。部屋が暗かったから気が滅入っているだけなのかもしれないし…。


「やめてよ!窓から入ってくるじゃない!」

 けれどそんな亜美の親切心も、菜々は聞いたこともないような甲高い声で叫びながら拒否する。

 に、しても、だ。いつもそんな大きな高い悲鳴を上げているのだろうか?彼女のキンキンとした金切声はのどの炎症のせいか少し声が掠れていた。

「分かった。分かった。本当ごめん」

 とりあえず両手を上げ、降参のポーズをとりながら菜々に謝る亜美。真っ暗で憂鬱になるだろう、と親切心で少し開けてしまったカーテンを、菜々の言いつけ通りしっかりと閉めなおす。


 さてどうしようか。


 ぐるりと部屋を見渡す。壁には当たり散らかしたような跡があった。モノが投げられたのか、ところどころ壁に大きなへこみや傷があるし、なぜか、うっすら血の跡もある。ゴクリと生唾を飲む亜美。そして、一歩一歩菜々へと近づいていった。途中、彼女の勉強机の上に、バキバキに画面が割れた菜々のスマホと、同じく壊されたエアコンのリモコンが目に入った。辺りには二つA4の電池が転がっているのも確認できた。どうやらエアコンをつけていない、という菜々の主張は間違っていなさそうだ。でも、エアコンもつけていないのに、なんでこの部屋はこんなにも冷えているのか?新たな疑問が亜美の頭の中に浮かび上がる。


 土田菜々。彼女はどちらかと言えば几帳面で温厚な性格の持ち主だった。少しのスマホの汚れやキズなんて当然のように嫌がったし、嫌なことがあってもこんな風にモノにあたったりすることなんて決してない。あえて言うとすれば、カラオケで盛り上がる曲をたくさん歌い、ストレスを発散する。これが亜美の知っている小学生の頃から仲の良い菜々の日常だ。だからこの部屋を見て亜美は別人の部屋にいるような気がしてならなかった。壁紙がはがれるまで、壁が凹んでしまうまで、こんな状態になってしまうまで菜々がモノに当たるなんて、彼女らしくない。


 今目の前にいる菜々は、本当に自分の知っている菜々なのだろうか?


 亜美は毛布に包まった菜々の元へと一直線へと向かう。そして、毛布から垣間見えた彼女の痛々しい手を見て、唇を噛みしめる。その手は無数の切り傷や痣で痛々しい状態になっていた。そしてその傷だらけの手が、やはりこの部屋で暴れたのは菜々なのだ、と亜美に実感させる。


 何かに怯え、モノにあたり、人に怒鳴り散らかす菜々…。こんな菜々、みてはいられない。


 亜美は毛布越しに菜々をぎゅっと抱きしめた。


 「大丈夫だから。大丈夫。私がいるから」


 「う゛う゛…」


 途端、今度は菜々が静かに泣き始める。毛布の上からでも分かる。冷え切った体ごしに、彼女がブルブルと震えているのが。亜美は菜々の頭を優しくなでて、落ち着かせようとする。


 一体全体どうしたのだろう?会っていない数週間の間に、一体何があったのだろう?




コンコン


 亜美が菜々の現状に心を痛めている時だった。菜々の部屋の扉が叩かれる音がした。


「あれ?晃大かな?」


 亜美は菜々を抱きしめたまま、扉の方へと振り返る。


コンコン


 再度叩かれる扉。先ほどよりも少し強い音。


「は~い。どうぞ」



「……」



 晃大が気を遣って部屋に入るのをためらっているのかと思った亜美はそう返答する。けれど、扉の奥からは何も答えが返ってこない。



コンコン


 再度扉を叩く音。

 あれ?聞こえてなかったのかしら?

 扉を代わりに開けてあげようと、亜美は立ち上がろうとする。けれど、強い力でシャツを菜々に掴まれ、身動きが取れなくなる。

「??菜々?晃大だよ。さっきね、晃大に会って玄関、開けてもらったの。おばさんいなくてさ。なんか片付けしてから晃大部屋に行くって言ってたし、あれは晃大で間違いないよ」

 亜美の声にフルフルと頭を振る菜々。

「がう…」

「大丈夫。大丈夫。晃大だよ。はーいどうぞ!晃大?入って大丈夫だよー!」


 菜々が全然放してくれない。しょうがないから再度扉の向こうにいる晃大にそう大きな声で声をかける。


コンコンコン


「?どうしたんだろう?」

 入っていいよ、と亜美は扉の向こうの晃大に何度も伝えるも、彼は一向に入ってこようとしてくれない。むしろ、扉を叩く回数がどんどん増え、それに伴い音も大きく強いものになっている気がする。

 お菓子とかを両手に持っていて、手が離せないとかかしら?


「菜々、ちょっとゴメン。やっぱりドアを開けてく…」

「やめて!!!」


 全てを言い終える前にヒステリックな菜々の声に亜美の言葉はかき消される。菜々の大きな大きな叫び声。その大きな声にぎょっとしたのも束の間だった。




ピコン




 スマホが鳴った。一瞬自分のか?そう思ってポケットからスマホを取り出し確認するが、通知は何も来ていない。


ピコン ピコン


 スマホの通知音が再度鳴る。

「菜々のじゃない?スマホ鳴ってるよ?」

 しかし菜々は亜美の胸の中で力なく首を横に振る。

 一体どうしたのだろうか?今の菜々の状態を顧みた晃大が、【あけて】とメッセージを送ってきているだけかもしれないのに。


ピコン ピコン ピコン


 まだまだ鳴りやむ気配のない携帯。

 毛布越しに菜々の震えが伝わってくる。その震えはどんどん強くなる。

 どうしようか?

 菜々は亜美のシャツの袖を急に力強く握りしめ放さない。その手はブルブルと激しく震えていた。誰が見ても分かる。菜々は何かに怯えている。とりあえず亜美は菜々の頭を優しく撫でる。


「大丈夫だよ」



「くる…」



「え?」


 震える菜々の声。よく聞き取れなかった。そして内容を彼女に聞き返そうとした時だった。



 ドンドンドン


 先ほどよりも強く、部屋の扉が叩かれはじめ、


 ビコン ビコン ビコン


 スマホの音が鳴りやまないどころか、部屋中から聞こえ始める。



 急な怪奇現象に思わず亜美も震えてしまう。何?一体何があったの??何だか得体の知れぬ恐怖を感じる。亜美も菜々の体をぎゅっと抱きしめ返し、恐怖を和らげようと試みる。








 全ての音が急に鳴りやんだ。無 の状態の部屋に戻る。

 全て終わった?亜美が菜々の体を抱きしめる力を緩めた時だった…。



ピコン



 たった一音の優しいスマホの音が耳に入る。


 え?


 亜美は固まる。


 え?なんで?


 右手をスカートへと伸ばす。自身のスマホはスカートのポケットの中にある。スマホの固さを感じるもの。間違いない。


 次に視線を菜々の勉強机にうつした。そして思わず息をのんだ。なんで?さっきまで机の上に置いてあったはずの菜々のスマホが無くなっている!!


 じゃあ、もしかしてこの真後ろから聞こえてくるスマホの音って…。


 恐る恐る振り返る亜美。



 ソレを目にした亜美ははっと息を飲む。だってそこには、先ほどまでなかったものがあったから。それは机の上に置いてあったはずの、画面がバキバキに割れた菜々のスマホ。



 ドキドキと心臓が早打ちをする。恐怖に怯えながらも、亜美は菜々のスマホを手に取り、携帯画面を見た。



 時刻は22:10と狂ったものが表示されており、 携帯の充電は真っ赤な文字で0。バッテリー切れと示されていた。にも関わらず、あるメッセージを受信していた。


 


 【何で生きてるの?早く4んで】




 しかもその通知の宛名が 赤い文字で 茉莉花 と書かれていた。



「ひっ」


 亜美の口からは思わず小さな悲鳴が洩れ、スマホを手から滑らせ落としてしまう。



 そして、落としたスマホの先に…立っていた人物が…



「マ………リ………カ……」





*****





ガサゴソ ガサゴソ


 何かを漁る音が聞こえる。


ガサゴソ ガサゴソ


 亜美は目を覚ました。


「お、気が付いたか」


 真っ白な天井が見えた。かと思えば、晃大が急に亜美の顔を覗き込んできた。


「ぎゃっ」


 ドアップの晃大の顔に驚いた亜美は小さな悲鳴を出し、上半身を起こそうとした。ら、頭をゴツンと晃大の肘にぶつけてしまった。


「痛い~」

「俺も肘が痛いわ」


 亜美は額をさすりながら、辺りを見渡す。「菜々は?」

「隣で寝てるだろ」


 隣を見る。久しぶりにしっかりと見る彼女の顔。元気で明るいかつての面影はすっかり消え失せており、その顔は青白く、頬はこけ、少し怖い顔つきになっていた。そう、それは記憶の中の彼女とは全く違うものだった。


「俺ビビったわ。急に二階から亜美のでかい悲鳴が聞こえたと思ったら、二人仲良くベットの上で気絶してたんだからな」


 何があったのかあまりはっきりとは覚えていない。けれど、何か怖いことを経験したのだ。それだけははっきりと分かる。なぜなら自分の鼓動は不穏な音を立て、未だに両足はビクビクと恐怖に震えていたから。


「そうだわ」ふと亜美は一部分だが思い出した。「スマホ。そうよ、菜々のスマホ。たしか、それを手に取った後、何か怖いものを見た気がするの…」

「菜々のスマホ?菜々がぶっ壊したあの使えないスマホのこと?」

 そう言って晃大は菜々の勉強机を指して、「一応あそこにあるけど…」と声を落とす。

 亜美は目を見開く。確かに菜々のスマホは勉強机の上にあった。

 でも…嘘だ。だって、あのスマホは私の後ろに瞬間移動してきたのだ。驚いてそれを手に取った後…。

「ねえ、晃大…。そう言えば菜々の部屋の扉ノックした?」

 なんだか背中からぞわぞわと冷気を感じる。嫌な感じだ。

「いや。ずっと一階にいたよ。だって俺、亜美の悲鳴にビビって二階に来たんだから」

 亜美は口元を手で覆う。亜美は晃大と視線を合わせることができなかった。今度は手も震えだした。夢だったの?でも夢じゃない。絶対にあれは現実に起こったことだわ…。


「ねぇ、変なこと言うかもしれないんだけど、聞いてくれる?さっき体験した恐怖の出来事…」


 亜美はそう言って先ほど起こった、奇妙で少し怖かった出来事を晃大に伝えることにした。



*****



 亜美の話を聞き終えた晃大は、おもむろに立ち上がり、勉強机の上に置いてある菜々のスマホを触り始めた。


「このスマホな?菜々がヒステリックになって、一週間くらい前に自分で壊したんだ。だから、俺からのマインも、亜美からのマインも、もちろん、Xのアプリの投稿も確認も何もできない。筈だったんだ…」


 亜美も立ち上がった。そして晃大の元へ向かい、彼が手に持っている菜々のスマホに触れた。ボロボロに画面が割れて、ボタンも何も触れないし、電源すら入らない。間違いない。このスマホはもう使用できないただのポンコツである。


「だから、昨日亜美からマインが来て驚いたよ。【菜々が助けてってマイン送ってきたんだけど、これってどういうこと?菜々にマイン返しても全然既読にならない。どういうことか分かる?】ってメッセージ受け取った時さ、俺、すごい不思議に思ってたんだ。どうやって菜々が亜美にマインを送れたのか。あの壊れたスマホで」


「でも確かに来たのよ?」そう言って亜美はポケットからスマホを取り出して、菜々とのやり取りを見せる。「それに、自信はないけど、さっきだって、菜々のスマホに茉莉花からメッセージがきてたわ!今確認したら使えないって分かった。でも、本当に菜々のスマホはさっきまで動いてた!」


「いや、疑ってないよ。だって菜々はいつも言ってたから。スマホを壊したのに、メッセージがくる。メッセージがきたら、茉莉花はいつでも現れるって。俺、その意味全く分からなかった。でも亜美の話を聞いて確信したよ。やっぱり、菜々は呪われている」そして、晃大は急に真剣な顔をして亜美を見つめてきた。「あのさ、亜美…。俺も今からすっごい変な話をするんだけど、聞いてほしい…」


「ええ。もちろん」思わず条件反射で頷く亜美。


「ネット上を中心に【茉莉花の呪い】っていう噂が流行ってるんだけど、亜美聞いたことあるか?」


【茉莉花の呪い】どこかで聞いたことがある気がする。どこだっけ?


 亜美は記憶を振り返る。



 あ、そうだ。紗智がそんなこと前に言ってたような気がする。



 亜美は再度頷いた。


「ええ。ぼんやりとだけど…。数か月前に友人から聞いたことがあるわ」

「そっか…やっぱり聞いたことあるか…」晃大は天を仰ぎながら言葉を紡ぐ。「実は俺の部活のマネージャーが、つい二か月前に死んだんだ。本当かどうか分からないんだけれど、その子、自分の体を自分でめった刺しにして、出血多量で死んだらしい。第一発見者は母親で、最初は母親が刺殺したのかと思われてたんだけど、検視の結果、自殺だって。ただ、その女の子の母親が警察に事情聴取を兼ねて連れていかれる時に喚いていたって聞いたんだ。『娘は【茉莉花の呪い】で呪い殺された!』って」

「は…?」急に変なことを言い出す晃大に亜美はポカンと口をあける。


「俺も最初は適当にそんな噂流してたよ。だけど、実は菜々自身に起こっている不思議な現象が、その自殺したマネージャーの身に起こったことと本当によく似ているんだ」

「どういうこと?」

「聞いてくれるか?そのマネージャーに起こった奇妙な出来事…」




~~~~~


ーーー2か月前


『こ~だい!』

 バンと背中を後ろから鞄で叩かれる。それは全く痛いものではなかったのだけれど、俺は不愉快な表情を浮かべ大きくため息をつきながら声の主の方へと振り返った。

『ホームルーム終わった?部活行こ?』


 その声の主は俺の部活のマネージャーの女、名前を大谷香織と言った。嫌味のない甘い香りをまとわせながら、俺の腕に絡みついてきた。俺は何度目かのため息をつく。女の後ろには、後輩のマネージャーがごめんなさい、と言わんかの如く、何度もペコペコ俺に頭を下げている。俺は逆の手で後輩に大丈夫と合図を送り、そのまま大谷の手を軽く払う。


『ちょっと大事な話中。後で行くから』

『え~いいじゃん。一緒に行こうよ。最近知らない人に叩かれて、気がちょっと滅入ってるのに…』

『後で聞いてやるから。ほら、先行ってろって』


 大谷は俺に嫌われてるって分かっていないのだろう。俺が心底嫌な顔をして対応しているのに、しょうがないなぁ、と可愛らしく頬を一瞬膨らませたかと思えば『早く来てねー!!』と笑顔を受けべながら、ブンブンと手を振り、後ろにいた後輩のマネージャーの女の子の手をとって一緒に軽やかな足取りで去っていった。


『ホントお前モテるよな』と部活仲間の友人A。

『晃大が浮気しないか見張っといてね』と笑いながら話す菜々。

『大丈夫。コイツ土田さんしか見えてないから』とクラスメイトの友人B。


『ホントあの女、周り見えてなさすぎだろ。菜々いるのにあんなことするか?ま、菜々がいないとこでもダメだけど…』

『てか、叩かれてるって言ってなかった?Xか何か?大丈夫なの?』

『大丈夫だって。土田さんが気にすることないよ。だって、俺一応マネージャーと相互フォローしてるけど、コメント欄とか全く荒れてないし』

『そうそう。あれは、絶対に晃大の気をひくためなだけの嘘だって、俺も思うわ』


 いつものように悪態をつく俺を、菜々を含め、友人たちは毎度こんな感じで笑い飛ばしてくれた。

 だから俺にべったりくっついてくるマネージャー女にイライラすることはあっても、菜々や友人たちのおかげで比較的穏やかな学校生活を送っていたのだ。



~~~



 次の日。


『こ、晃大先輩!』

 部室へと友人Aと向かっている時、後輩のマネージャーの女の子に話しかけられた。俺の名前を顔を赤らめながら呼ぶその子もきっと俺の事を好いてくれているんだろうな、と自意識過剰かもしれないが少しそう察していた。

『これ、夏休みの合宿の予定表です!』

 と、書類を俺に渡してきたので、『ありがと』と軽く返事をする。

『俺のは?』と少しぎこちなく笑う友人Aだったが、後輩マネージャーを見てふとあることに気が付く。『てか、珍しくない?こういう時っていつも大谷が持って来てた気がするんだけど…』

 確かに…。とそこで俺も同様の違和感を感じた。確かにこういう時はあの女がいの一番に現れそうなのに…。


『大谷はどした?』

『あ、香織先輩は学校休んでるって聞きましたよ?』

『『へ~珍しいこともあるもんだ』』


 二人でそうハモリ、ケラケラこの日は笑っていた。


 図太い女も、風邪をひくこともあるのか、程度にその時は思っていた。



 でも、次の日も、その次の日もあの日以来マネージャーが学校に来ることはなかった。




 そして一週間後ーーー



『お前だろ!』

 菜々がマネージャーの取り巻きたちに呼び出されている、と聞いた俺は急いで菜々の元へ向かった。


『お前が呪ったんだろ!』

『クズ、てめぇも呪い返してやっからな』


 体育館裏という、まあ呼び出しの定番場所にようやくたどり着いた俺は、マネージャーの友人に囲まれ、何だか汚い言葉を浴びせられている菜々を発見した。でも俺の心配はよそに菜々の様子はあっけからんとしていた。


『呪いって何のことよ?』

『見ろや、コレ。香織から送られてきてんぞ』


 取り巻き女の一人が出すスマホの画面を見た菜々は首を傾げる。


『茉莉花に呪われる…?何コレ?』


 菜々は彼女たちがなんのことを言っているのかまるで見当がついていないようだった。スマホの画面を見せられてもなお、菜々は首を傾げ、何のことか分からない、と困惑していたから。幼馴染の俺だから分かる。菜々は嘘をついていないって。


『おい、大勢で菜々になんか用かよ』


 ようやく俺は菜々と取り巻きたちの間に割って入る。俺は菜々を助けたいが故にこう行動に移したのだが、どうやら取り巻き女たちの怒りに油を注いでしまったらしい。

 彼女たちは、『男に頼るとかマジで意味わからん』とか、『何でも男に直ぐ頼るか弱い女気取ってるところがマジむかつく』とか言葉を吐き捨てて、俺ではなく菜々を睨む。一人の女の子に大勢で寄ってかかって言葉の暴力を浴びせている自分たちのことは棚の上において。


『お前らが菜々を呼び出したっていうから、俺が見に来ただけだろ?てか、大谷が学校休んでることに、菜々がどう関係してるって?アイツはそんな玉じゃないだろ』


 大谷みたいな図太い神経の持ち主が、今更菜々に何か言われた、何かされたからって登校拒否にはならない筈。むしろ、アイツの性格ならやり返してくると俺は思っている。


『うぜぇ』

『香織に何かあったら今度はこっちが呪い返してやる』

『正義ぶってるのが癪に障るわ』


 良く分からないが、俺の言葉に彼女たちは各々捨て台詞を吐いて、ようやく去っていった。そして取り巻きたちの姿が見えなくなった後、『ごめん、心配でつい来てしまって…。大丈夫だったか?』と菜々に謝り、心配の言葉をかける。

 菜々はそんな俺の不安をぬぐうように、いつも以上に優しく笑いながら、『ううん。来てくれてありがと。助かった』と言ってくれた。菜々の笑顔に俺は大きなお世話じゃなかった、とほっと一安心する。

『そういえばね、さっき彼女たちが話してたの。大谷さん、茉莉花に呪われたって。ねぇ、【茉莉花の呪い】って、晃大、何か知ってる??』



 俺と菜々が【茉莉花の呪い】を聞いたのはこれが初めてだった。



 その後二人で放課後【茉莉花の呪い】について検索した。が、呪いとは、茉莉花の不倫発覚時の記事をリポストして、呪いたい人物の名前を投稿する。すると、茉莉花がその人物を呪い返してくれる、というもの。ただし、不特定多数の人を呪ってくれるものではなくて、浮気相手や不倫相手など、恋愛に関わるものに対する呪い、とのことだった。


『私はしてないからね!』


 対象人物が、浮気や不倫相手、と書かれていたから、精一杯菜々は俺に否定してきた。分かってる。菜々はそんなねちっこいことをしない性格だってことくらい。


『大丈夫、分かってるから』


 俺はそう呟いて、菜々を抱きしめた。だから、その時は深く考えなかったんだ。だって俺の彼女の菜々が何もしてないって言ってるんだから、何もしていないってことが真実で、ただただあのマネージャーが俺の気を引きたくて、茉莉花に呪われたって友人にそう嘘をついているに違いないって、そう思っていたから。そして、マネージャーの取り巻きたちがはその嘘を信じ、ずっと学校を休んでいる友人を心配して、勝手に菜々に罪を擦り付けようとしているだけだって、本当にその時はそう思っていた。



 でも、この二日後、大谷香織は自分の体を、母親の制止を振り切りながらも、果物包丁で何度も何度も指して、自殺したのだ。



~~~~~



「そんな事件が起きていたなんて知らなかった」亜美はショックだった。「てかイジメなんかないって言ってんたじゃん。あれ嘘だったの?」

「嘘じゃねえよ。だって菜々が呼び出しされていたのも、あの一回だけだったし、菜々も別に普通だったから。ただな、あのマネージャーの事件が落ち着いてきて、……。確か、ちょうど今から二週間くらい前からかな?菜々が急におかしくなったんだ。後ろを振り返っては何かに怯えるようになったり、極端にスマホを触りたがらなくなったり…。俺らさ、電話しながら毎晩一緒に学校の宿題をしてたんだけど、電話すら嫌がる様になったんだよ。なんていうか…、スマホ恐怖症?みたいになったんだ。スマホを壁に何度も投げて、画面を石で叩いて、お風呂のお湯に水没させて…。もうスマホは使えない筈…。なのに、それでも菜々は何かに怯えていた。理由を聞いたら『茉莉花がくる…』って。それだけを呟いて」


「茉莉花がくる…。そのマネージャーと同じことを言ってたのね…」

「ああ。俺も最初は気にしてなかったんだが、日に日にやつれていく菜々を見て、ただ事じゃないって思って…。それで、Xに投稿されているものを再度色々と見て回ったんだ。そしたら、あった。ほら、これ見て。これは二週間前の誰かの、多分裏アカウントで投稿されたやつ。茉莉花の記事のリポストなんだけど…」



 【私の彼氏を寝取ろうとする、土田菜々を呪ってください♡】



 【茉莉花、堂々と深夜の焼肉不倫】

 そんな昔の記事に菜々のフルネームを添えてリポストされていた。晃大はそのスクリーンショットを亜美に見せて深くため息をつく。


「何よ、こんなデタラメ!晃大の彼女は菜々じゃんか!」

「だろ。俺もなんだこれ?と思ってこいつの過去の投稿を遡ってたんだ。そしたら…」


 【私の彼氏に色目を使う、大谷香織を呪ってください♡】


 今度は違う【不倫?される方が悪いんじゃないの?茉莉花、堂々の開き直り】という記事のリポスト投稿。



「誰のか知らないけど、この裏アカウントの主はあの自殺したマネージャーまで標的にしてたんだ。俺はこれを見て茉莉花の呪いがもしかしたらあるのかも、と疑うようになって…」

「でも、たまたまなのかも。いやさ、この投稿自体には腹は煮えくり返ってるのよ?でも、この呪いってなんていうか、その…。言いたくないけど、流行ってるんでしょ?関係ないかもしれないじゃん…」

「確かに、菜々宛てのこの茉莉花のリポスト投稿はこれ以外にもあったんだ。だけど、俺がコイツが怪しいと思った理由はな…。この二つのリポストされた日時を見てくれ」

「マネージャーさんの方は今から二か月前の20:10。で、菜々はちょうど二週間前の20:10。あれ?どっちも20:10の同じ時間なのね」そう言えば…と思い出す。菜々のあの壊れた携帯も20:10って表示されていたような気が…。そわっと何か冷たいものが背筋に走る。

「俺、ネットで色々当時の記事とかニュースとかを見て調べたんだ。そしたら、茉莉花がな、夜の10時過ぎに死亡したのが病院で確認された、って記事を発見したんだ。しかもだぜ?マネージャーもこの投稿のちょうど二週間後の22時過ぎに自殺したんだ。20:10と関係はもしかしたらないかもしれない。でも、茉莉花の死亡推定時間とだいたい同じ時間だぜ?こんな偶然ってあるか?俺は何かが繋がっているような気がするんだ…」

「うん。そうかもしれないわね…でも、だったらどうするつもりなの?」

「頭狂ったって思われてもいい。でも、マネージャーが自殺したのも、菜々がおかしくなったのも、その茉莉花の呪いが原因だったとしたら?菜々もマネージャーと同じように22:10に呪い殺されるかもしれない。投稿があった二週間後、今日の夜に」



*****



 その日の夜。

 菜々の家に泊まる、と母親に電話した。



 晃大の話を全て鵜呑みにしたわけではない。だが、亜美は自分自身の目で見た茉莉花の姿を思い出し、自分の直感を信じようと思った。もしかしたら菜々が呪われているかもしれない、と。それに加え、大事な親友に亜美自身も何か力になりたかった。だから、晃大と共に菜々の家に一泊することにしたのだ。


『マネージャーは、心配した母親が娘のためにとリンゴを切っている最中に、その果物ナイフを手に取り、それを自分に向け、自殺行為に至ったらしい。あのマネージャーはそんなことする人間じゃないから、俺はその時点で、もう多分体を操られてたんじゃないかって思うんだ。だから、この家にある全ての凶器になりうるものを排除しようと思う。一階は終わらせたから、今から二階を見て回る。亜美は菜々の様子をみつつ、菜々の部屋にある危なそうなものを全部廊下に出しといて。俺が全部まとめて片付けておくから』


 晃大はそう亜美に言って、そそくさと菜々の部屋をでて、他の部屋へと向かった。


 亜美はぐるりと菜々の部屋を確認する。不思議だ。なぜか今はこの家に来た時のような不気味な冷たさも嫌な気配も何も感じない。ジメジメした暑さと、セミの声がうるさいなっていう、いつもの日常に戻ってきた感覚だ。横を見る。菜々はまだベットの上で眠っていた。


 勝手に人の家のものを触るのは気が引けるけど…。


「ごめんね」


 そう言葉をかけて部屋の中を物色する。


 カッターやハサミは絶対に危ない。

 ボールペンも危険物に入る…?う~ん。どうだろう?でも、念のため念のため。

 壁に貼ってあるポスターの押しピンは?小さいけれど痛いわよね?


 危なそうなもの。危険そうなもの。

 亜美は自分自身の独断で全ての脅威を排除していく。


 そしてひとつづつ廊下へとこの部屋から出していくたびに、会ったこともない自殺したというマネージャーのお母さんを脳裏に浮かべる。

 

 目の前で苦しんでいる娘。止めようとしても、どれだけ声をかけても、自分自身の目の前で体を何度も何度もめった刺しにする光景。


 亜美の瞳は潤んできた。嫌だ。目の前で大好きな人が自分自身を傷つけているのに、何もできずにただただ見ているだけなんて。そのマネージャーの母親はどれだけ辛かったのだろう。無念だったのだろう。考えるだけで胸が張り裂けそうだ。


「念のため…念のため…」


 絶対脅威にならないであろう、菜々が大事にしているぬいぐるみやクッションも、部屋から出す。亜美は正常な判断ができなくなりかけていた。そんな時だった。


「あ…み…?」


 後ろからしわがれた優しい声が聞こえてきた。亜美は振り返る。


「来てくれたんだ。ありがとう」


 目を覚ました菜々は力なく笑っていた。そのへらりと笑う彼女の顔はずっと知っている親友の笑顔そのものである。さきほどまでのヒステリックだった彼女とは違う。本来の菜々だ。亜美はたまらず涙を落とし、菜々に抱き着いた。


「大丈夫。大丈夫。私がいるから。私たちが守るから」



 

 22:10まで、あと3時間と10分。



******



 目を覚ました菜々は終始穏やかだった。この家に来た時のあのヒステリックな彼女とはまるで別人のように。


 晃大もまた、目を覚ました菜々に駆け寄りぎゅっと抱きしめていた。その微笑ましい光景に亜美まで何だか嬉しくなってしまった。


「お腹減ったか?コンビニで色々買ってきたんだ」


 晃大はそう言って菜々の部屋にたくさんの総菜を持ってきた。菜々は綺麗好きだから本来ならばご飯をベットの上でなんて決して食べないのだけれど、今日は違った。


「なんだか力がはいらなくて…」


 菜々はなぜか腰から下に力が入らないようだった。大丈夫?と声をかけながら、今日だけ特別っとそう言って、みんなで菜々のベットを囲むようにして食事をとった。


「はじめはね?知らない人からの誹謗中傷だったの…」


 少し気が楽になったのだろうか?あるいは何かモヤモヤを吐き出したかったのだろうか?

 食事ももう終わりに近づいてきた頃、菜々はポツリポツリと自分に起きた事を亜美に説明しだした。晃大は知っているのだろう。菜々の頭を優しくなでながら、彼女気持ちを落ち着かせようとしていた。


「スマホの画面に、死ね、とか、ブス、とか尻軽、って、たくさん知らない人からメッセージが来るようになったの。着信音が鳴ったのに、なぜかマインにも、Xにも、そんなメッセージを受信した記録なんてなくって…。最初は誰かのイタズラとか、もしかして見間違い?なんて思ってあんまり気にしてはいなかったんだけど、その不審メッセージが日を追うごとにエスカレートしていったの。はじめは一時間に数回だったのに、気が付いたら着信音が止まらないくらいとどめなくメッセージを受信しだして…。怖くなって、まずは、Xとかマインに【やめて】、って投稿しようとしたの。でも投稿しようした瞬間、次は、嫌な言葉だけじゃなくて、どこで誰が撮ったのか…。お風呂に入ってる時の写真だとか、登校時の写真だとか、着替えている時の写真だとか…。監視されてるようなメッセージや写真が届いて、しかもそれが四六時中。本当にずっとずっとスマホが鳴るの、永遠に。音を消しても、電源を切っても、いつの間にか勝手に電源が付いていてメッセージが表示される。本当に怖くて、怖くて、怖かった…。だからスマホを壊したの。もう着信音を聞かないで済むように。何もメッセージを見ないで済むように…」


 ホロホロと涙を流しながら、説明してくれる菜々に胸がぎゅっと押しつぶされそうになる亜美。晃大は今度はぎゅっと菜々を抱きしめる。


「怖かったよな。辛かったよな。よく頑張ったよ…」

「でもね…っ、スマホを壊…したら…、そ…したら茉莉花が来るよっうになったの…」


 茉莉花


 その単語が菜々の口からでた途端、三人の間に冷ややかな空気が流れた。開いてはいけないパンドラの箱を開けるかのような変な緊張感が三人を包む。


「茉莉花がいつでも現れるの。ご飯を食べている時には後ろから。学校の授業中には机の下から。部屋に入ると、ベットの脇から、天井の上から…。朝起きたら、窓の外に…」ゾワリと悪寒が背中に漂う。誰もいないと分かっているのに、つい後ろを振り向いた。誰かに見られているような気がしたから。でも、そこには菜々がスマホを投げつけた時にできたであろう壁の傷しかなかった。「死ね、死ね、死ね。壊したはずなのに、スマホの画面には毎日そんなメッセージが届くの。もう頭がおかしくなるくらい、死ね、死ね、死ねって。とどめなく、毎日…。でもね?昨日は違ったの。初めて言われた。【殺してやる】って。だから、つい亜美にマイン送っちゃった…。ねぇ、私、本当に殺されるのかな??」


 ボロボロと涙を流す菜々は晃大の腕を払いのけて、亜美に抱き着いてきた。


 亜美もぎゅっと彼女の体を優しく抱きしめ返す。


「大丈夫。絶対に私たちが菜々を茉莉花から救うから」



*****



 その後三人でたわいない話をして過ごした。が、皆心ここにあらず、少しフワフワした状態であった。いつ茉莉花が現れるのか分からない。菜々は物音が少し耳に入るだけで、ビクビクと震えだし、晃大はしきりに時間を気にし、亜美はずっと後ろを気にしてそわそわとしていた。こんなにも一秒一秒の時間を長く感じたとこは初めてのことであった。

 


 そしてそれは突然始まった。



 時刻は20時を過ぎたころ、だと思う。誰も正確な時間は覚えていない。

 どの部屋の扉も完全に施錠していた。晃大と一緒に全て確認したから間違いはないはず。けれど、一階の部屋がキィと勝手に開いた不気味な音を三人とも皆が聞いていた。


「おばさん?」と亜美の震える声に、今日まで検査入院で帰ってこない、と首を振る晃大。


 バタン


 今度は開いた扉が風で勢いよく閉じられる時の大きな音が、三人のいる二階の部屋にまで響いてきた。


 三人で顔を見合わせる。菜々はガタガタ震えていた。大丈夫だよ、と笑って亜美は菜々の手を握る。でもその亜美の手も震えていた。



「くる。茉莉花がくる…」



 菜々の呟いた声がきっかけだったのか、途端部屋に冷気が入り込む。最初に菜々の部屋に入り込んだ時と同じ、あの気味の悪い冷たいだけの冷気。亜美も晃大もあまりの急な気温の変化に身震いをする。


 ギィ バタン ギィ バタン ギィ バタン


 再度一階から扉が開かれては、勢いよく閉めらる音が聞こえてきた。それらの音は少しづつ菜々の部屋へ近づいてきている。まるで今からそっちに行くから、と言われているような感覚だった。


「大丈夫」


 亜美は菜々の手をぎゅっとより強く握りしめそう呟く。ただ、その呟きは菜々を安心させるためのものだったのか、自分自身に言い聞かせるためのものだったのかは分からない。


 扉の開閉する音が止まった。


 カチカチ


 かと思えば、誰もスイッチなんて触っていないのに、今度は部屋の明かりが急に点滅しだした。


「「きゃっ」」


 菜々と亜美が反射的にこぼした声に反応するかのように、明かりが消えた。窓はカーテンで閉め切られている。この部屋は真っ暗な状態となってしまった。


 菜々と亜美は恐怖のあまり抱き合う。怖い怖い怖い。


 茉莉花が近くにいるのかもしれない。そう思うだけで、心臓の鼓動が早くなり、頭の中にまで響き渡る。


 パッ


 晃大がスマホの明かりで二人を照らす。

「大丈夫か?」

 でも二人はガタガタ震えて返答できず、首を縦にコクコク振るだけ。こんな暗闇で一体何が起こるのか。茉莉花がどうやって現れ、菜々を呪い殺そうとしているのか。分からない。何も分からない。だから暗闇が余計に怖く感じるのだ。


「ブレーカーあげてくるから、ちょっと二人で待って…」

「ダメ!行かないで!!!」


 菜々が晃大にヒステリックに声を荒げた時だった。




≪マ…リ……カ………≫




 亜美の耳元でヒヤリとした冷気とともに冷たい声が聞こえた。高くて、鈴のような可憐な女の声。

 茉莉花の声?亜美は恐怖のあまり息を止めて動けないでいた。



≪いつ死ぬの?≫



 冷たい息なのか、優しく触られている指の感触なのか…。人の気配が真後ろからしたのと共に、亜美の足元に何かが触れる感触がした。


 亜美の頭は真っ白だった。晃大に助けを求めることも、菜々に大丈夫だ、と声をかけることもできなかった。ただただ恐怖で足がすくみ、何もできずに震えているだけ。


 イタッ…


 ヒヤリとした感触も一瞬で、足首に爪がたてられた。ピリっとした鋭い痛みを感じる。亜美はとっさに両手で口を覆った。声を出して皆に心配をかけたくなかったし、茉莉花を刺激したく無かったから。




≪一緒に死のう…?≫



キャハハハハ

 


 小さくまるで呟いているような女性の声が、急に子供のように明るく笑いだすものに変わった。まるで気がおかしくなってしまった人のような不気味に明るい笑い声。


「菜々!やめろ!!!」


 晃大の叫び声で我に返る。

 ガタっと何かが落ちる音がした。それは晃大のスマホ。どうやら、落としたと同時にスマホのライトも消えてしまったようだ。


「菜々!菜々!どうしたの!?」


「おい、菜々!やめろ!!」


 亜美は口元においてあった手をどけて、暗闇の中、菜々と晃大の姿を手探りで探す。


 晃大の悲痛な声に、亜美の緊張は頂点に達していた。


 どこよ!菜々、どこ??


 恐怖で震えながらも、手探りで菜々の手を腕を、体を探す。


「菜々!晃大!!」


 何で!?さっきまで隣にいたはずなのに!!!


 泣きそうになる亜美。こんな時に菜々に何かあったらどうしよう?


「菜々!やめろって!!!!」


 悲痛に叫び続ける晃大の声が聞こえる方へ亜美は歩き出す。


 暗闇に目が少しづつ慣れてきた。


 なぜかさっきまでベットの上に腰かけていたはずの菜々が、晃大に体をつかまれながらもゆっくりと窓辺の方へと歩んで行っているシルエットが確認できた。


「菜々!!!!」


 悲鳴にも近い亜美の声。直ぐに菜々のもとに駆けて行こうとした時、




 ひゅっ




 ひと際冷たい風が亜美の頬をかすり、


≪コロシテ…ヤ…ル…≫


 そんな冷ややかな声が亜美の耳元で聞こえてきた。





「いやー!!!!やめてーーーー!!!!こっちに来ないで!!!!」





 菜々の悲鳴にも近い切り裂いた声。と共に、



パリーン



 窓ガラスが急に割れた。しかもガラスの破片が部屋の中に散らばっている。



「やめろって!!!」


 菜々が目の前に落ちた一欠けらの大きなガラスの破片に手を伸ばしている。

 晃大が菜々の両手をつかみそれを阻止しようとする。でも彼女の力は強いのか、晃大は何度も何度も振りほどかれている。亜美も加勢に入る。


「菜々、やめて!お願いだから、それに触らないで!!!」


 菜々の近くに走り寄った時、細かな破片が亜美の足を靴下越しに傷つける。だけど、そんな小さな痛みなんて今は関係ない。

 

 亜美は菜々の背中に抱き着く。つ、強い。こんな力、菜々にあったけ???



≪キャハハハハハ≫



 女性の不気味な笑い声が部屋の中に響き渡る。



「やめて、来ないで!!!!」


 菜々の悲鳴。


「菜々!やめろ!!!」


 晃大の怒声。



 カオスだった。



 晃大から聞いたマネージャーの話が亜美の脳裏によぎる。

 せっかく部屋の中の危険分子を全て排除したのに、このガラスの破片を使って、茉莉花は菜々に自害させようとしているの?そんなの嫌だ嫌だ嫌だ!!!菜々、死なないで!こんな奴に負けないで!!!


 でも、晃大の制止も、亜美の制止も、菜々の力に勝てない。

 まるでこの世のものではないような力が加わっているかのように、尋常じゃないくらい、菜々の力は強く、簡単に二人とも引きはがされてしまう。


「茉莉花!でてこい!このくそ野郎!!!!!」

 菜々は今度は床へとしゃがみ、素肌で近くのガラスを払いのける。菜々を制止できないのなら、少しでもこれらから遠ざけて時間を稼ごうとした。痛い。でも、それ以上に、茉莉花が腹立たしかった。

「あんたなんかニセモノよ!何で晃大の正真正銘の彼女を呪ってこんなに苦しめるのよ!なんのいやがらせなの!?人の旦那を寝取った、この性格ブス!ブスブスブス!茉莉花なんか大嫌い!早く成仏してよ!!!菜々から出て行ってよ!」


 亜美は大きな声で何度も何度も大きく叫んだ。

 菜々を連れては行かせない。こんな適当な呪いなんかで菜々も殺させやしない。


「ヴヴヴ…」


 近くにガラスの破片が無くなったからなのか、茉莉花を挑発する亜美の声に反応したのか、今度は菜々は自分の首を自ら絞めだした。


「「菜々!!!!!」」


 目の前で苦しみだす菜々。晃大と亜美で首を絞める菜々の手をほどこうとする。でも固い。力が強すぎる。どうしようもできない。


「菜々!!!」亜美は泣き叫ぶ。「やめてよ、菜々!何も悪いことしてないじゃん!!!菜々ぁぁ!!!!」


「くそっ」晃大も怒りに震えていた。「茉莉花のくそ野郎!!!亜美の言う通りだ!菜々は俺の彼女だ!なんで菜々を呪うんだよ!人のものを奪い取るなら、もっと正当法で勝負しろよ!自分の思い通りにならないからって、呪い殺すなんて、おかしいだろ!!!せめて…、せめて、菜々の彼氏の俺を殺してからにしろよ!」


 晃大が暗闇に向かってそう叫んだ時だった。






 カチっと音がして、部屋の明かりが戻った。そして、あんなにも強い力を込めて自身の首を絞めていた菜々が急に力を緩め、そして、バタン、と床に倒れた。


「「菜々!!!!」」


 二人で菜々の元へとかけより、


「菜々!だめ!菜々!!」

「おい、菜々!戻ってこい!菜々!!」


 互いに菜々の頬を叩いて、菜々を起こそうとする。


「菜々!菜々!だめ、死んじゃダメ!」

「菜々!菜々!起きろ!菜々!!!!」


 何分立ったのか分からない。


 チリリリ


 急に土田家の固定電話が静寂な家の中、鳴り響いた。

 いつの間にかあんなに凍えてしまいそうになるくらいに冷え切っていた家の中は、暑さを感じ始めるほどになっていた。


 亜美はふと顔を上げた。そこには時計がチクタクと時を刻んでいた。


「こ、こうだ…い」

「菜々!菜々!」

 晃大の菜々を呼ぶ声は止まらない。彼の瞳から零れ落ちる涙は、菜々の顔を濡らしていた。

「晃大!」


 チリリリ


 鳴りやまぬ電話の音。亜美はその音をかき消すように晃大の名を呼ぶ。

「なんだよ、亜美!」


 晃大は顔を真っ赤にさせながら亜美を睨む。


「大丈夫。菜々、ちゃんと息してる」


 晃大が息をのみ、菜々の胸元に耳をあてる。ドク、ドク、という心臓の鼓動音が確かに聞こえてきた。

 そして、同時に「う…、ん…」という声が菜々の口元から零れてくる。


「晃大!見て、時計!!過ぎてる!22:10はとっくに過ぎてるよ!今25分!!!!!」


「まぢか、よかった…」


 亜美と晃大は菜々に抱き着いた。菜々は呪い殺されなかった。安堵したのか、晃大の目元からは大粒の涙が何度も零れ落ち、プルルルと電話の音は、永遠と一階から虚しく鳴り響いていた。



*****



 あの日、電話があったのは菜々のおばさんからだった。

 娘の事を心配して心配して、晃大に今の菜々の状態を確認しようと電話をした。が、全く繋がらず、焦ったおばさんは、看護師にもう病室に戻って眠る様に何度も促されても、ずっとずっと家へと電話をかけ続けていたらしい。ようやく晃大がでて、一難去ったと聞かされた時は、号泣してその場に泣き崩れたのよ、とこれは後日聞いた話だ。


 菜々はあの日は一日中眠ったままで、目を開けることはなかった。けれど次の日は何か憑き物が取れたようにケロッとした様子で、「おはようと」と声をかけてくれた時、晃大と亜美は菜々に抱き着いた。生きててよかった。本当に良かった。これでもう茉莉花の呪いに恐怖を覚えることもない。三人でワンワンと暫くの間泣いて、皆で仲良く学校をさぼることに決めた。




 ただ、いいことばかりではなかった。

 あの日の夜。菜々の様態が急に落ち着いた時間帯あたりの事である。

 一人の女の子が真っ暗な校舎へと侵入し、飛び降り自殺を図った。その女の子は晃大の部活の後輩のマネージャーちゃん。

 放課後、校舎の見回りをしていた警備員さんの証言によると、女の子が誰かから逃げてくるようなカタチで校舎へと侵入してきた、とのこと。女の子に気づいた警備員さんが彼女に話しかけるも、彼女はかなり怯えており、誰かから逃げているようだった。「止まりなさい」と、声をかけるも、「どうしたの?忘れ物!?何かあったの!?」と、話を聞こうとするも、その女の子は一切警備員の声に耳を傾けることなく、ある場所へと一直線へと駆けて行ったそうだ。警備員さんは彼女を追った。なぜなのか。いつもは施錠してあるはずの屋上へと続く階段の鍵が開いていた。ことの重大さに気が付いた警備員さんは、女の子のその行動を止めようと、必死になって制止ししようとするも、強い力で振りほどかれ、そのまま屋上から彼女は飛び降りたらしい。


 「彼女はかなり怯えており、誰かから逃げているようだった。でも、女の子を追いかける人影は見ていない」


 しかも不思議なことに、制止を振り切った女の子は泣きながら、「助けて」と警備員さんに呟いたそうだ。





 摩訶不思議な女の子の自殺劇。頭が割れた彼女の隣には、真っ赤な血で染まったスマホが落ちていた。その画面は、自身の裏アカウントに投稿されたばかりの呟きが光っていたという。




 【嘘をついてごめんなさい。私は茉莉花に呪い殺される】


 



*****





「やっぱり茉莉花の呪いって本物だったんだぁ♡」


 一人の女性が家の中でネットサーフィンをしながら足をバタバタさせている。部屋の中は彼女の大好きなジャスミンの香りが漂っている。でもなんであの土田って子は呪い殺されなかったのかしら?逆に土田を呪おうとした子が自殺…、いや、呪い殺されたってことは、どこかで茉莉花に嘘がバレたってこと??



 ~♪~♪~♪~



 スマホから大好きなアーティストの音が流れてきた。

 それは大好きな彼からのメッセージを告げるもの。なにせ、愛しい彼からのものだけは、直ぐにメッセを確認し、送り返せるように通知音を変えているのだ。


 女はニヤニヤしながら、スマホの画面に表示される愛しのダーリンからのメッセージをみた。




【別れよう。やっぱりもうダメだよ】




 バン、と女はスマホを壁に投げつけた。

 そして、爪をガリガリ噛む。


 やっとやっと両想いになれたのに。

 いっぱい努力して、可愛くなって、彼の横に立つことを許されたのに!!!



 なのに彼はあろうことか、私の元から去ろうとしている。



 アイツのせいで!あの女のせいで!



 私は気づいている。彼は全く好みでないはずのある女に、少しづつ心変わりしていっている、ということに。



 許さない。許さない。許さない。



 私から彼を奪おうなんて、そんなことさせやしない!


 ニヤリと笑う。


 そして、自身の裏アカウントのSNSで茉莉花の記事をリポストした。






【中本亜美とかいう女。マジで許さない。茉莉花と同じ。人の男を寝取る女。呪ってやる】

一応、これでストーリーは完結しているのですが、

茉莉花の呪いについての完結編は次のストーリーになります。

(決して後味の良い終わりではないので、)

興味のある人だけ、次にお進みください。

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