ウサギとウサギとカメとカメ
昔々あるところに、とびきり足の遅いウサギがおりました。
足の遅いウサギは、かけっこになるといつも負けてばっかりだったので、仲間からいつもばかにされていました。
「やぁいやぁい、この、のろまウサギ!」
「まだ終わらないのか、ナメクジウサギ!」
「カメ野郎!」
毎日毎日仲間からなじられて、足の遅いウサギは目を真っ赤にして、うるうると涙を浮かべました。
「ああ、どうして私は足が遅いんだろう? 足の遅いウサギなんて、ウサギとして生まれてきた意味がないわ。ウサギじゃなければ良かった」
夜空に向かってそうつぶやいても、お星さまはまばたきをくりかえし、お月さまは雲にかくれてばかり。誰も返事をくれません。足の遅いウサギは、いっそ自分はカメになってしまおうと思い、ある晩、そっと群れを抜け出しました。よたよた、よろよろと遅い足を必死に動かして、ウサギは山を越え、やがてカメの住む池へとたどり着きました。
またあるところに、今度はとびきり足の速い亀がおりました。
足の速いカメは、かけっこになるといつも一等賞だったので、とくいげになって、仲間をいつもこばかにしていました。
「きっと俺は、世界で一番速い動物にちがいない」
「俺はこんなところで終わる選手じゃない。契約金も低いし、もっと広い世界に行こう」
「俺のポテンシャル(※まだ存在するかどうかも分からない力のこと)を活かすには、この池はちょっと狭すぎる」
そんな風にこばかにされて、仲間のカメたちは、当然おもしろくありません。
「もしもしカメよ、カメさんよ。お前はどうしてそんなにせっかちなんだ。お前はカメなんだから、もっとのんびりしていれば良いではないか。あせっても良いことはないぞよ」
「ジイさんどもは考えが古すぎる。これからはタイム=パフォーマンスの時代ですよ」
覚えたてのカタカナ語を、格好付けて使ってみましたが、カメ自身にも意味は良く分かっていませんでした。とにかく自分の足の速さをもっとみんなに知って欲しい。もっとチヤホヤされたい。そう思い、足の速いカメは、ある晩、そっと群れを抜け出しました。せかせか、そわそわと、カメは池を渡り、やがてウサギの住む山へとたどり着きました。
さてさて。足の遅いウサギはと言うと、池にたどり着くなり、疲れて眠ってしまいました。次に目をさました時には、お日さまは空の一番高いところにのぼっていて、気がつくとウサギはカメたちに囲まれていました。
ウサギから話を聞いたカメたちは、口々にこう言いました。
「そうかなぁ。ぼくらカメからしたら、君はずっとずっと足が速いけどなぁ」
「お前さんは足が遅いんじゃなくて、のんびり屋さんなだけじゃないのかね」
「ここで暮らそうよ。ここには野菜もあるし、かけっこなんてばかな遊びをするカメは、もういないよ」
ウサギはカメのゆったりとした暮らしが気に入りました。それに、いくら足が遅いと言ったって、ウサギはカメよりはとうぜん速いのです。ウサギはみんなに野菜を取ってきたり、少し遠くまで走って、空のようすや山のようすを教えたりして、カメたちに大変よろこばれました。
こうしてのんびり屋さんのウサギは、カメの池でのんびりと暮らしましたとさ。
それからそれから。足の速いカメはというと、山にたどり着くなり、自分がお山の大将だったことを思い知らされて、がくぜんとしました。いくら足が速いと言ったって、カメはウサギにはとうていかないっこありませんでした。何度しょうぶしてもビリだったので、そのうちカメは恥ずかしくなって、こうらの中に手足を引っ込め、二度と顔を出そうとしませんでした。
ウサギたちもまた、カメにはぜったい勝てるので、そのうち寝てばっかりで、なまけるようになりました。日々のトレーニングを怠り、契約金の話ばかりして、筋力もすっかり衰えたころ。やってきたオオカミの群れに捕まって、山のウサギは全員食べられてしまいましたとさ。
おしまい。