その二
彼らは住宅街の中を歩いた。そこは一昔前を感じさせるような家々が敷き詰められた場所で、荒々しく風化したコンクリートの側溝は逞しさすら感じさせるであった。時折途切れる隙間から夕日が覗かれた。友人はそのささやかな美しさに酔っているようだった。冬の夕暮れとは、時にひどく痛々しいものである。特にこの日の炎は一段と高く煙を上げていた。また、この住宅街ではよく植木が見られた。実をつけた柿の木はその中でも殊に目立っている。その奥にはじっくりと変化を続ける紫色の空が横に広がる。天球は十二単の引き摺られた裾のように、幾重もの異なる色彩が混ざり合う具合であった。
「何だかパラレルワールドにでも入り込んでしまいそうだな」と友人がいう。
「ああ、確かにな」と男は連絡が来たのか、スマホを確認しながら顔も上げずに言った。
友人の視界には男は映っていない。美しいドームの中に居る奇跡のような感情をそれらに寄せながら、彼は何度も肩がぶつかるほど、その景色に見入っていた。男は反対にスマホを見ては、何かを打ち込んでいるようだった。友人にはその行動が察せられたが、それに夢中でこの景色の素晴らしさに気づかないことには少し閉口であったらしい。さっき男がわざとらしく嘆いていたのも、結局自分がそうなっているじゃないかと、友人は密かに思っていた。
「おっ、空綺麗だなあ」とスマホから顔を上げた男は、さも自分が第一発見者であるかのように、白々しく言った。
「これ写真に撮ったらいいだろうなあ」と男は遠回しに、友人に写真を撮ることを図々しく要求した。
「ん、ああ撮る?」と友人はそんなことには気づいていたが、愚かだと思ってそのまま知らないふりをしていた……
「んー、こうかな」
立ち止まった友人が写真を撮った。
「お!いいねえ」と、やはりまた浅ましく響いた。スマホに映った写真の景色は、確かに発色もよく、しっかりとグラデーションも浮かび出ている。しかし、友人はその色彩の微妙な誤差を知っていた。彼らはスマホの画面に、機械的な自然を見ているのに過ぎなかったのだ。
男はまた歩き出した。友人が見上げる空の色は少し変化して、なお流動的な美しさを包んでいた。男はついに空を見なかった。
空高くに吹く風は雲の形を変え、彼らが街を歩くように、刹那のうちに移り変わる儚さも生み出していた。友人は、それらをよく認めていたようである。