9.倫理観って知ってる? 【七星カレン】
【七星カレン】
「よいしょ…っと」
巨木の隆起した根を乗り越えて森の中を進む。
出発してから約一時間。
未だに生物らしき相手と遭遇することはなく、方向も真っ直ぐ、順調に進んでいた。
ただ、強いて言うのであれば。
「カレン、大丈夫か?」
「大丈夫。それより、あっちの二人の方が心配よ」
後ろからついてきている一人と問題の二人に目を向ける。
「…はっ……ふう。きっつ…!」
「はぁ…はぁ……体力、雑魚…」
「お前に…はっ…言われたかねえわ…!」
「…二人とも大丈夫?」
互いに息が切れかけた状態で言い合う二人――秀と奈々。
まだ余裕がある私と蓮、そして優奈。
まさに対照的なほどに二人は疲れていた。
「…これ、私が背負った方が早い?」
「いや、すまん。それ、やられると、負けた気がする…!」
「どういうこと…?」
優奈の提案を秀が拒否したが、割と有りな提案だと私は思っている。
ぶっちゃけると、二人に合わせていたら遅くなる。
「後どれくらいで日没か確認したいけど…どっちを基準にすればいいのかしら」
大小一つずつある太陽。
そもそも、二つあるということは夜がないのだろうか。
「…ああもう」
考えていてもどうしようもないと分かっていても考えざるを得ない。
不安感と焦燥感。
落ち着きたいのに落ち着かない。
「…カレン」
「……何?」
「落ち着け」
ぽん、と頭の上に置かれた手。
蓮の手であることはすぐに分かった。
「…でも」
「大丈夫だ。頼りないだろうがここにはあと四人の人間がいる。だから、多少は本音出せ。一人で悩むな」
「…分かった」
一息ついてから、四人に声をかけようと息を吸う。
「ねえ――」
「おいおい、やっと見つけたよ」
秀でも、蓮でもない男子の声が聞こえた。
私にとっては心底嫌いな相手。
「ちッ…」
「…舌打ちが聞こえたような気がしたが、気のせいだろうね。僕と会って舌打ちをするような人間はいないはずだ」
自己陶酔野郎、ナルシスト、自信過剰、プライドの塊、以下略。
校則ギリギリまで伸ばした艶のある黒髪と、自信に満ちた黒い瞳。
見るだけで嫌悪感しか湧かない相手。
「そろそろ戻って来たらどうだい?」
天童剣がそこにいた。
(マジで最悪…)
特に最悪なのは、この男に私は興味を持たれてしまっていることだ。
文字通り、異性として興味を持たれてしまっている。
そして、この男は粘着気質でもある。
「お断りよ。さっさと帰って」
「…すまない、聞き間違いのようだ。もう一度――」
ゴッ!!!!
硬いものと硬いものがぶつかるような音が鳴った。
「…ちょ、え?」
私が混乱したのは当然だろう。
天童剣が勢いよくうつ伏せに倒れ、地面と激突する。
その背後には太めの木の枝を振り下ろした姿勢で止まっている秀がいた。
「…しまった、力加減ミスったかも。生きてる?」
「…多分。下手くそ」
もう無理。混乱しすぎて頭回らない。