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退院日からの彼

「退院日が! 決まりました!」

「えー! じゃあ来週で確定?」


ついに退院日が決まった。当然、一番に彼女に伝えた。おじさんはノーカンだ。


「そう! 14時退院になったよ。来られそう?」

「もちろん。絶対に行くね。おめでとう、カイトくん」


休学中だし、記憶が戻るかも分からないけど、のんびり授業内容でもおさらいしようかな。

普通に歩けるようになったら、彼女とどこかに出かけたいな。


退院日まではとにかく浮かれてた。

もちろん、退院日は友達にも伝えた。


-----


三守さんは昼から病室で、嬉しそうに荷造りをしていた。

といっても、昨日で荷物はあらかた片付いていたけど。


元通り殺風景になった病室で、二人はベッドに並んで腰かけた。


「全部しまっちゃったし、暇だね」

「おじさんが無理言って時間を遅めたっぽいからなぁ、早く一緒に帰りたいよ」

「うん。…伯父さんも一緒だけどね」


照れながらも、嬉しそうな彼女が愛しかった。


記憶はともかく、どの検査も結果は問題なかったらしいし、周りが心配するほど不安もイライラとかも無かった。

それより何より、やっと退院できる喜びで僕は最高に元気だった。


「三守さん、ありがとね」

それもきっと彼女のおかげだ。


(来年復学できたら、彼女と同じ年に卒業なのかな。それもいいな)


「え…? どうしたの、急に」

「ずっと僕、連絡してなかったんでしょ? それが急に入院したって知らされたのに、すぐ来てくれて」

すぐに恥ずかしそうに俯く彼女が可愛くて、過去の僕とも話が合うと思った。


「忙しいのに毎日、本当にありがとね。検査で疲れちゃってボーっとしてるだけの時もあったと思うけど、一緒にいるだけですげー和んだ」

「や…私こそ、たくさん一緒にいられて嬉しかったから…お礼なんて…」

僕は照れ続ける彼女の肩を抱き寄せた。


(ここが病院なのがな。 早く二人になりたいなぁー)

「今は僕の部屋から病院に来てるんだよね? 今日は一緒に帰ろうね」

「ーーーうん」


-----


おじさんが来る予定の時間には早かったけど、ノックの音がした。

「おじさん?」


扉を開けて入ってきたのは、友達のユタカだった。


(やべっ、彼女、ユタカ苦手なんだっけ)

彼女は僕の隣で座ったまま固まっていた。

僕は立ち上がって、ユタカの方へ向かいながら話しかけた。


「ごめん、ユタカか。退院だからって来てくれたの?」

「あぁ。おめでとうって言おうと思って。本当に良かったよ」


ユタカは自分のことみたいに笑顔で祝ってくれて、僕も嬉しくなった。こいつも僕の状況を理解しながらも気安く接してくれるから、一緒にいて心地良い。


「あ、三守さん。悪いんだけどさ、ちょっとだけ時間いい? 俺、彼女から伝言預かっててさ」

(あ…三守さん、大丈夫なのか…?)

僕は彼女の様子が気になって振り返ったものの、普通に返事をしてミモリの方へ近付いてきた。


「ごめんねカイト、恥ずかしいから本人にだけ伝えたいって言われてるから、ちょっと待ってて」

「あぁ、全然。僕が出ようか?」

「はは、患者側が気使うなよ。すぐ戻るから」


そう言って二人が病室を出た。


去り際に、三守さんがやけにこっちを見てたのが気になって、扉を開けてそっと外を覗いてみたが、もう二人の姿は無かった。

そのかわりというか、いつもの看護師さんがこっちに向かってくるのが見えた。


「あぁ、今来たお見舞いの子、中にいる?」

「え? いや、ちょっと出てますけど」

あいつを探してるみたいだった。


「あーそっか、すぐ戻る? じゃあさ、入館バッジ、これ渡しといてくれる? すごい急いでたから落としてったみたい」

「あ、はい、わかりました」

(急いでた? そんな感じ無かったし、時間も言っといたと思うけど…)


「最近、厳しいから、これ無いと警備もうるさいのよ。まぁ安心だけどね。じゃあね、退院おめでとね」

「ありがとうございます! お世話になりました。てか退院遅くしてもらってすいません」

「やっだ! いいのよ、急患がきたら追い出していいって言われてたから。ハハハ!」


(最後まで明るいな)

病院の人達には気分が落ちてる時によく迷惑かけたこともあっただけに、心がじんわりとした。


(それにしても、警備に声かけられちゃったら可哀そうかな?)

三守さんの視線も何となく気になって、僕は二人を探しに行くことにした。


-----


「あっ」

病室を出てうろうろしていたら、入院病棟と渡り廊下で繋がっている外来受付近くの、待合イスに座る二人の頭が見えた。

(ちょうどいいとこに! すれ違いになんないで良かった)


「別れるって言ったよな」

ユタカの低い声が耳に響いて、思わず動きが止まった。


そんなに大きい声じゃないのに、怒っているのが伝わってきて、言われてない僕でもビクリとした。

(え?)


「俺に嘘ついて、どういうつもり? 何で言うこと聞けないの? お前は俺のものだよね?」

三守さんの声は小さすぎて聞こえなかった。


「あいつのこと騙しておもちゃにすんの、やめてくれる? 元々、仲良くもなんともないじゃん」

さっきから聞こえる内容が頭に入ってこなかった。

入ってきたけど、理解したくなかった。


ガッ


わざと大きめに松葉杖を鳴らして、二人に近づいた。

「おぅ、ここにいたの?」


ミモリは笑顔でこちらを向いた。三守さんはこっちを見なかった。


-----


「あ、カイトごめん、待たせちゃった?」

「いや、お前入館バッジ落としたって、看護師さんが持ってきてくれたぞ?」

兄はアウターをガサガサ探って、「そうかも」と言った。


「ありがとね。でも俺、おめでとうも言えたし、伝える用も済んだから、学校に戻るわ」

「あっ… うん、ありがとね」

「いいよ、勝手に来たんだから。落ち着いたら遊ぼう。また連絡するから」


帰り際、ユタカが僕の肩に手を置いて、「何かあったら相談しろよ。じゃあな」と言って帰っていった。


そして残った彼女に、僕は何て声をかけていいか分からなかった。


ひとまず、彼女の隣に座った。

彼女は黙ったまま俯いていて、さっきまでとは違う人間みたいだった。


「…」

「…部屋に戻ろうか」


-----


病室に戻っても、沈黙が続いた。

僕の方もどうしらた良いか分からなかった。


(お前は俺のものでしょ? って…)


「あいつ… ユタカと三守さんってさ… ただの先輩後輩って関係じゃ、ないよね…?」


彼女は無言で頷いた。


正直、嘘でもいいから違うって言ってほしかった。


「あぁ… そっか、何か、思い出したかも」

こんな感情、前にも覚えがある気がする。


その言葉を聞いた彼女は顔を上げて、こっちを見た。

その顔に浮かんだのは、喜びじゃなかった。


(あぁ、やっぱり)


彼女は俺の記憶が戻るのを、喜んでない。


どんな言葉より、明確な事実ひとつあれば十分だった。

これ以上この子がいたら、何を言うか分からなかった。


「帰って。もう、会いたくないから」


傷ついたままに放った言葉は、自分でもキツいかも知れないと思った。

でも、ここまで来て何も言わない彼女にも正直イラついてた。



時間が止まった気がした。

音が無くなったような気さえした。


それくらい待った後、彼女が口を開いた。


「ごめんなさい」

その後で、何か。聞こえない…

言えるね? 何を?


聞き直す間も無く、彼女は病室から消えた。


-----


おじさんは既に入院費の支払いを済ませたらしく、軽く扉をノックしながら病室に入って来た。

「あれ? 三守さんは来てないの?」


「うん。帰った」

「そうか。部屋で待ってる訳でもなく?」

おじさんはがらんとした室内を見回しながら聞いてきたけど、答える元気も無くて、頷くだけで答えた。


俺の部屋に向かう車の中でも、おじさんは次の病院がいつだとか、飯は買って帰るかとか、意味のないことを話した。


「はい、ただいま、おかえり。退院おめでとう。カイト」

「ありがとう。…ここが俺の部屋なんだよね」


自分の部屋なのに、ホテルの部屋みたいだな、と思った。

ワンルームだからすぐに部屋の全貌が分かったけど、彼女の痕跡は無かった。


(遊びに来た事あるとか言ってたけど、それも嘘だったのかな)

ありもしない、彼女と過ごした時間をひとり想像した自分が馬鹿みたいだった。


「うん。これがカイトの住所と、電話番号な。一応ここ貼っておくから」

「うん…」

おじさんが色々としてくれてるみたいだけど、上の空だった。退院したらやりたいことがいっぱいあったのに、今は何も浮かばなかった。


「おっ、冷蔵庫にケーキ入ってるぞ。三守さんが入れたのかな」

「えっ?」

思わず反応してしまった。


「ほんとだ…」

イチゴのショートケーキが、小さいホールで入っていた。


「お前、退院したらケーキが食べたい食べたいって言ってたからな」

「そう…だったっけ…」


俺は違うことを思い出していた。

イチゴ大福を嬉しそうに食べる彼女の顔。

ひよこのお菓子が嬉しいからって泣いて、泣いた自分にびっくりして慌ててたこと。


「じゃあ、おじさんはホテルに帰る。今日はゆっくり休みなさい。寂しかったら電話してもいいぞ。じゃあ、お休み」

リビング兼玄関のドアが閉まり、俺は久々の久々に一人になった。


(個室でも、看護師さん達の音とかがあったからかな…)

眠れない理由は慣れない環境のせいだと自分に言い聞かせた。


泣きそうになってる情けない状態だし、さっきの今で彼女に連絡する理由も言葉も浮かばなかった。


何も考えずに通話ボタンを押してれば、まだ間に合ったかもしれないのに。


-----


昨日はちょっと退院して家に帰ってきただけなのに、一体何に疲れたのか、何だかんだ寝落ちて朝になっていた。


スマホを見たけど、彼女からの連絡は無い。あって欲しかったのかと言われると、自分でも分からない。

ただ、ユタカからは連絡が入っていた。


「おう、カイト。おはよう。昨日は寝れた?」

文字を打つのが面倒だったので電話してみたら、すぐ出た。


「まぁまぁかな。昨日はありがとね、来てくれて」

「いやいや、今日は何してんの? 足りないものとかあったら買ってく?」

何か、ユタカの優しさに癒される。


「今んとこ大丈夫、ありがとう。でも暇でさ、足が治るまでは出かけるのもめんどいし」

「そうか、ふーん。暇なら遊び行っていい?」


一人でいると気分が沈んでダメになりそうだった俺にとって、願ったり叶ったりだった。

「ほんと? マジ暇だから来てくれると嬉しい!」

「おっけー、じゃあ住所送れる? 講義終わったら行くわ」


「あれ?」


「どした?」

「いや、ごめん、今日病院に寄るんだったわ。診察終わりに駅前のカラオケルームとかでもいい?」

「あぁもちろん。そしたら、時間分かったら連絡して」


何となく、住所を伝えるのは抵抗があって、病院がある駅前で会うことにした。


-----


約束の時間になって、ユタカが来た。

「おつかれー。退院おめでとう! 何でも頼もうぜ、味濃いぃやつ」


(やっぱり友達といると気分が上がるわ)

俺は機嫌よく熱々のピザにポテトに、から揚げをテーブルに並べた。

記憶を失っても、遺伝子が覚えてる味だった。


「いやー、今ってスマホひとつで何でも配達してくれんの? 最高だな」

「便利だろ。アプリ入れといたら? 使うでしょ」


病院食への不満は特に無かったものの、味が濃い食べ物はやっぱり最高だった。

ひとしきり食べた後、俺はいよいよ聞きにくかったことを聞くことにした。


「あのさ、三守さんのことなんだけど」

「うん。何か思い出したの?」


「いや… でも、別れた、多分」

「ーーあぁそう!」


ユタカは途端に笑顔になった。

(やっぱ、これで合ってたんだ)


「俺が記憶ないからって、気使わせてた?」

「いや、あいつが悪いから」


ユタカが俺の方に身体ごと向いて、深々と頭を下げた。

「最低な嘘ついてお前を騙して、俺からも本当ごめんな…」


そこまでまっすぐ謝られると、もう責められない。

三守さんだって、俺が「奥さん?」とか聞いたから、違うって言えなくてああなったのかも。


(てか、何で嫁とか登録してんの俺? 付き合っててもきもいのに、付き合ってないならもう怖いんだけど…)


俺は今まで自分がしてきたあれやこれを無かったことにしたくなった。

「確かに、恋人かって言われたら、そんな距離感じゃなかったかも…」


せっかくの料理も、さっきほど食欲も無くて食べきれない気がしてきた。


「てか、俺に言ってくれたら良かったのに」

「いやいや、本人が言わなきゃ意味ないだろ、しかし、ようやくお前も自由の身だな!」


「ハハ… お前も、三守さんと仲良くな」

「…は?」

それまでの柔和な笑顔がスッと消えて、俺はドキッとした。


「なんだ、記憶戻った訳じゃねぇの?」

「…いや」

「悪いけど俺あいつマジで嫌いだから、何度言われても無理だよ。血が繋がってるとか意味分かんない」


は?


「まぁ、とにかくおめでとう!」

「どういうこと!?」

「え、ちょっと、どうした」

不快な話題を終わらせてグラスに手を伸ばしたユタカに、俺は掴みかかった。


ユタカに連れていかれながら俺を見つめてた彼女の顔が浮かんだ。


(追いかけなきゃ!)


俺は何か間違えてると気付いた。とても重大なことを。


「よせ! 足まだ治ってねーんだろ!」

カラオケ店を出ようとして、ユタカに止められた。抵抗してもどうにもならなくて、俺はいったん元のソファに座った。


「俺…三守さんに会いたい」

「カイト… 記憶戻ってないんだろ? あいつが何したか知らないからそう思ってんだよ」

「そうだけど、何したかは三守さんから聞きたい」


でも、実際、俺は彼女が住んでる場所も知らなかった。

ユタカは三守さんと住んでいるらしいので、何かあったら教えてもらうことになった。


帰り道、スマホで彼女にメッセージを送ったけど、何回開いても既読にならなかった。


三守さんはもう、俺と話す気なんか無いかもしれない。

何も知らない俺のことなんて。


-----


翌日も既読は付かなかった。

夕方くらいにユタカに電話した。


「妹? うん、帰ってきてないよ。帰ってきたら連絡するから」



翌日。

既読は付かなかった。


昼過ぎにユタカに電話した。

「あぁ、今日も大学では見てねぇな。家にも帰ってないっぽい」



もう三日なのか、まだ三日なのか。

分からないけどとにかく俺には長く感じた。

今までの会話に何か手掛かりが無いかと思い返していた。


同じ大学で、ひとつ下の後輩で。

バイトはお休みで。

銘菓ひよこが好きで…


「俺、何も知らねぇな」


記憶が無いからなんて言えない。

一か月も一緒にいたのに。

一緒に過ごした記憶はたくさんあるのに。


「あれ…」


別れ際に言った言葉の最後、聞こえなかったのがあったな。

あのときの言葉って、もしかして。


言えるね?

見えるね?


「…消えるね?」


口に出してみて、その不穏さに冷や汗が出てきた。


(まさか…)



コトッ


「!」


玄関の郵便受けに、何かが入った音がした。

思わずヨタヨタとドアに這い寄って見てみたら、封筒に入った俺の部屋の鍵があった。


俺は部屋を飛び出していた。

カイトが玄関を確かめにいく一番ダサい擬音があれば教えてください。

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