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残念ですが… 記憶を失っているようです

いやいや。


さすがに。


人の記憶ってそう都合のいいタイミングで都合のいい失い方をするもんじゃない。


それでも、記憶がないのは疑いようもなかった。

彼があんな目で私を見るなんて、記憶でも失わないとありえなかったから。


「あなたが…僕の奥さん?」

「いや、あの」

「…違うんですか…?」

「…いえ、あの、彼女です、まだ」


-----


知らない番号からの着信に、スマホを操作中だった私はうっかり出てしまった。


「…ええと、犬飼の、身内の者です」


心臓が止まった気がした。スマホを落とさないよう必死で握った。


「はい。三守(みもり)と申します。あの、彼がどうかしましたか?」


「カイトなんですが、事故で入院してましてね。一通り検査や治療も落ち着いたので、本人の携帯にある番号へ連絡させてもらっています」

「事故? 検査、治療…あの、どういう状態なんですか?」

「あぁ、それで一度病院へお越しいただけないかと思ってるんですが」

「すぐ、すぐ行きます!」


命に別状は無いと聞かなければ、その場で倒れていたかもしれない。

とにかく、私は電話で教わった病院へ急いだ。


-----


教えてもらった病室は個室だった。入院病棟に着いた私は、ロビーで一人待つ男性を見つけた。

私に気が付いたその人は立ち上がり、声をかけた。


「失礼。三守さんですか?」


カイトの伯父さんだった。病室に入る前に、状況を説明してもらった。


事故に遭い怪我をした。

事故前から熱や感染症の症状があったようで容態が悪く、高度治療室にいたのが最近ようやく病室に移った。

今は熱も無く、1か月程度で退院予定。


「そうですか…」

私は、やっと十分に息ができた気がした。


「それで、ちょっと問題があって、本人には悪いが携帯にやりとりの跡がある人に連絡させてもらったんだ」

「まだ起き上がることはできないんですか?それで代わりに…?」


「あぁいや、ある程度歩けるし個室なので携帯を使うことは問題ないんだが、その…」

それまで理路整然と話していた叔父さんが、言い淀んだ。

私の中で、得体の知れない不安が広がった。


「まぁつまり、記憶に障害が出ている状態で、誰が知り合いか分からないようなんだ」


-----


突然、まったく現実味の無い話をされて、私は正直、理解できなかった。


事前説明を終えた伯父さんは、私を連れて病室に来た。

突然大学を休み、ずっと連絡の取れなかったカイトが、ベッドに座っていた。


(あぁ、無事でいる)

たとえでもなんでもなく、彼が輝いているように見えた。

ただ、何と声をかけたら良いか、目が合ったまま私は言葉を探した。


「あなたが…僕の奥さん?」


沈黙を破ったのは彼の方だった。


「え?」

(奥さん?)


「いや、あの」

「…違うんですか…?」


彼の不安そうな顔に私は胸が痛めつけられた気がした。

伯父の「彼は精神が弱っているため、あまり彼の言葉を否定しないように」という言葉がよぎった。


「…いえ、あの、彼女です、まだ」


あの時ひねり出した答えが正しかったのか、私はずっと考えることになった。


-----


「なるほど」

久々の再会といっても、大して話すことは無かった。


案の定と言うべきか、彼の中に私の記憶は無く、ただの知らない見舞客としてすぐに退出した。

伯父さんが、帰りに駅まで送ってくれる車の中で呟いた。


「え…?」

「いや、失礼しました。 カイトの携帯に、あなたの番号が入っていたのですが、登録名が〈嫁〉になっていたので」

「へっ?」

思わず大きな声を出してしまった私は、小さく「すみません…」と謝った。


「手術の際も電話するか迷ったんですが、実際に結婚している訳ではないようで、結局今更ご連絡する形になりましたが、婚約者ということですか?」

「あ、いえ…」

「付き合ってはいると?」

伯父さんは運転席で前を向いたまま尋ねた。


「……はい」

私は俯いて答えた。それは嘘ではなかった。


「どうしますか?」

少しの沈黙があってから、伯父さんが聞いてきた。


「交際中ということは分かりました。しかし、ご覧になった通りで大学は休学、記憶も無い。そもそも私が勝手に連絡したので、二人は知らないまま自然消滅、というのが本来の流れだと思うんです」


「それは…どういう…」

彼の意図が分からなくて、私は怯えた。


「うん、今後もカイトに会いますか? ということです。実は私も彼とはあまり付き合いが無くて、また時間もとれなくてね」

「あ、そうなんですか…」

「うん、地方に住んでるものでね」

伯父さんは、特に希望する答えがある訳ではないが、できるなら会ってくれる? という感じだった。


「私は、会いたいです」


愛のために、記憶をなくした彼を支えたいとか、そんな綺麗なものではなかった。


(なんで嫁って登録してたの? どこまで記憶があるの? それに…)


どうしたらあの不安げな瞳がまた朗らかに笑うんだろう。

これなら、いつもみたいに蔑んだ目で見てくれた方がマシだった。


「少なくとも、記憶が戻るまでは、伺ってもいいですか?」


伯父さんの表情はここまで収支変わらなかったが、ようやく少し微笑んだ。

「うん。そうしてくれると、助かるよ」

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