第8話 街ト受難
「わたしが、家の面汚しだから。だから、いやになって家出したの。」
戮名はどう返そうかしばし迷った。
「……家族にそう言われたのか」
辰凪は目を伏せた。
「ううん。自分でいってるだけ。でも似たようなことは言われた。」
顔をあげる辰凪。
「そんなことより、もっと大事なことがあるの。あのスズメバチたちと関係があること。」
戮名の触覚が無意識のうちに跳ねるように動く。この瞬間に彼の意識は完全に辰凪がなぜ家出したのか、からなぜスズメバチに狙われていたのか、に移っていた。
「塩橋街が襲われたのも、ここが襲われたのも、わたしを捕まえるついでなの。」
「冗談なら怒るぞ?」
戮名は本気にしておらず、戯れるようにそう言った。
「誓って冗談じゃない。」
だが返ってきた言葉は真剣な響きをもっていた。彼は、これは非常に慎重に向き合わなければならないと思った。
街の襲撃は自分の誘拐のついでだという彼女から一度視線を逸らし、覚悟を決めてから向き直った。
「……自分の言っている、ことの重さがわかるね?」
「わかってる。だから、正二さんとの会話も聞いて、早く言ったほうがいいって思った。」
戮名は家中の窓と扉の鍵を、締めて戻ってきた。2人は廊下で話すことにした。
「よし、詳しく話してくれ。」
辰凪は頷いて話しだす。
わたしは家出したのはいいけど、どこに逃げていいのか分からなかった。いくらかお金は持ってたから、まずは都会のほうにいって公共交通機関で遠くまで行こうって思った。
で、3日かかって街まできたときに交番を見つけたの。
ここで記憶喪失だって言えばそういう施設で暮らせるんじゃないかって思いついた。それで交番に入って記憶喪失だって話してたら、いつの間にかスズメバチの蠱人が交番の入り口に立ってて、こう言ったの。
「チヨお嬢様、ここにいたんですか。お父様とお母様が心配していますよ。」
わたしの家にはスズメバチの人がたまに来るから、あいつらがヤバいヤクザなのを知ってた。これは家がわたしを消す仕事を渡したんだって、直感がそう言ってた。
ちゃんとした服装だったし、言い方も丁寧だったから、警官はスズメバチのほうを信用したんでしょうね。わたしがいくら違うって言っても、いたずらはやめなさい、仕事の邪魔をするのはやめなさい、って聞いてくれなくなった。
―――まあ、そうなるだろうな
スズメバチに捕まったら終わりだから、近づくふりをしてその場からダッシュで逃げたわ。追つかれたけど、掴んでこようとする手や攻撃は簡単に避けれた。したっぱだったのね。
―――………
まいたあとは、できるだけ発展してる都市へいけるバスに乗った。そこでターミナルにいってから、地図でバスがでてる家から一番遠い街を探して向かったわ。
(ここでいうバスとは巨大トンボのメガネウラのことである。)
で、着いたら夜になってたからそこらへんの木の穴で寝た。起きてからまたバスを乗り継いで、もうバスが通ってないところからだいぶ歩いてきたのが塩橋街だった。
新聞配達の仕事を見つけて1ヶ月は塩橋街にいたら、スズメバチが街を壊滅させた。お世話になってた人たちともその時に離ればなれになっちゃって……
あと、スズメバチの蠱人も見たわ。
それで川を隔てたこの街に逃げたのだけど、スズメバチたちが樹液で虫を誘導して、塩橋街の人が越してきた場所に騒ぎを起こしてわたしを探し始めた。
これは多分だったけど、スズメバチの蠱人がわたしを捕まえようとしてたから確定しちゃった。
そんな時に戮名がわたしを助けてくれた。
「と、いうわけ。」
「スズメバチは追うのを諦めたわけではなかったのか。しかし、ここ塩夏街を襲うときに大群で壊滅させにこなかったのかはわからないな。」
「わたしね、人にまぎれて逃げるのは得意なの。だから塩橋街のときは逃げられた。でも、ここ……塩夏街っていうのね。
あのやり方だと途中で人のかたまりが移動しなくなるじゃない。それだとあいつらは、いつかわたしを探し出せる。
樹液のところにいたのがスズメバチだったから、あいつらの仕業だろうと思って隠れたの。」
戮名は表には出さなかったが驚いた。
雅織の言ったように助手として優秀な蠱人になるかもしれない、と思った。
「辰凪の家の人たちの執着も強いな。理由はわかる?」
「家の場所がばれるのが嫌なんじゃないかと思う。」
「?」
戮名は、辰凪の出が特殊な家だということは分かった。
「……家の名前……名字は?」
「輪紋。」
戮名は空を睨み付ける。辰凪は彼の顔を見て後ずさりした。
「輪紋……か。その一族は滅ぼさなければな」
「こわいよ……」
戮名は我に帰った。
「ごめん。」
「うん。でもありがと。」
「?」
「わたし、自分のこと自分で家の面汚しっていうぐらい、そんな面汚しを作ったのはおまえらじゃんって思ってるもん。」
「……そうか。そういえばなぜ正二さんは代表をやってみんなをまとめているんだろうな。」
戮名の覚えている限り、塩橋街の街長は田様正二という人ではなかった。
街長は報告や事後処理を行うために中央都市に行ったのだろうか。他の公務員の中でもどういう人が代表者をしているのか少し興味があったのだ。
中央都市とは首都のような場所である。東京のように政治の中心でも経済の中心でもある。
「正二さんは慕われてた。地域の活動に積極的に参加とかするような人。
わたしのこと、話せば助けてくれるんじゃないかって何回か考えて、彼のこと見てた時間が長かったからわかるわ」
「辰凪は人のことをよく見ているんだな。」
「そうよ? すごいと思ってよね♪」
彼女は誇らしそうに胸をはった。戮名はそんな彼女を見て立ち上がる。
「うん、それじゃあ私はスズメバチの解体をしてくるよ。」
「えっ、今から準備もなしにヤクザに突っ込んでくるの!?」
「そうじゃなくて、私が倒した虫のスズメバチのほうだよ。死骸の有効活用するための解体。作業場が家の川側にあるんだよ。」
「あっ、今までの話に引きずられちゃった……忘れてー」
辰凪は恥ずかしさから顔を手で覆って、自分としても忘れたいと頭を振った。
「んン……大丈夫だよ、3日もしたら忘れる。資料の整理の続きでもしておいで。」
戮名は独特に笑って、家の窓を開けて作業場に向かった。