表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
蜚蠊が背負うもの  作者: 昔のやつ
6/8

第6話 蠱黒姓ヘ

 戮名(りくな)と女の子は家に帰る途中で女の子の名前を決め始めた。


「入院している間にきみの名前を考えてきたんだ。ここからきみの望むように改善していきたいと思ってる。」


 女の子はうんうんと頷いている。期待しているのだ。


「呼ばれたい名前があるならそれにしたほうがいいね。そういうのはある?」


「あるっていうか、考えてはきたけど、リクナ……さんのが先に聞きたい」


 3日前までのか細い声ではなく、歳相応の元気さのある声がでている。


「そう、(しおり)っていうのはどう?」


「コクロとシオリじゃなんだか合わないわ」


「そうだろうか」


「リクナとシオリでも組み合わせとしての印象が薄いもの」


 女の子は名前にそこまで不満はなかったが、ピンとこなかったので別の名前を求めた。


「別にそこは考えなくてもいいじゃないかな」


「わたし、リクナの……リクナさんの仕事手伝いたい。その時にお客さんにセットで覚えてほしいの。」


「んン……嬉しいよ」


 戮名(りくな)は微笑んだ。いまの肩を上下させた変な声が笑い声だとわかって、女の子は心の中で面白がり、つられてにっこりした。


 その後も戮名(りくな)は様々な名前を出したが、なかなか女の子のお眼鏡にはかなわない。名前が決まらないまま家に到着してしまった。


「もう名前案が尽きてしまった」


「あ、わたしまだ言ってない。それにリクナの出した名前を組み合わせたらいいのができるかも。紙に書き出してさ。」


「そうしよう」


 入り口正面の、書類の置いてある机から紙と鉛筆を引っ張り出して2人は名前を考え始めた。


「恥ずかしいけど言うね……剣奈(けんな)。」


 女の子は紙に漢字を書き出した。


「でもこれだとリクナと双子みたいなの。」


「じゃあ剣奈から出発しよう。」


 2人で10分程考えた末、遂に決まった。


「決まったね」


「うん。わたしの名前は辰凪(ひなぎ)蠱黒(こくろ) 辰凪(ひなぎ)。」


 女の子……いや辰凪(ひなぎ)は紙をなぞって自分の新しい名前に思いを馳せている。


「あ、リクナの漢字をまだ知らない」


「こう書くんだ」


 戮名


「意外と怖い漢字があるのね、殺戮の戮だなんて。」


 辰凪(ひなぎ)は初めて戮名(りくな)の姿を見たときを思い出した。あの時は家出した自分を捕まえにきたのだと思ってびっくりしたのだ。

 脚が3対ある蠱人(こびと)などいたらすぐにわかるが、住んでいたところにそのような人はいなかったので捕まえにきたわけではないとわかったのだが。


 言葉には出さなかったが、その大きくて一見恐ろしい図体のイメージにぴったりの漢字だと思った。


「よく知っているね。戮という字には集めるという意味もあるんだよ。」


「ふうん……」


「そういえば辰凪(ひなぎ)は何歳なんだ?」


「10歳。戮名(りくな)は?」


「19歳だ。……虫駆除の請求書を作らなきゃならないから、その間に私の仕事の手伝いの練習でもするか?」


 戮名(りくな)は机の上の書類を隅に寄せて、請求書を作るための場所を確保しながら話した。


「やる」


 辰凪(ひなぎ)は名前の書かれた紙をポケットにしまって返事をした。


「じゃあこの資料を、虫道ごとに整理するのを頼んだ。紙の上に区別がつくように色と字があるから。」

 資料には道の地形や持っていくべき装備、どこにどんな虫が出やすいかといったものがある。


 戮名(りくな)は資料、木と少しの金属でできたファイルを依頼者と話すときに使う机に持っていった。辰凪(ひなぎ)はそこで作業をし始める。


「あれ?どうしてファイルがあるのに資料がバラバラになるの?」


「私はよく資料を見るときに、離れた位置にある資料をファイルから外して並べて見ているんだ。新しい発見があることがあるからね。

 だから資料を見返す度にバラバラになってしまうんだよ。」


(相場はスズメバチ一匹につき3000(えん)だが、住むところを追われた人たちには辛い金額だな)


 この世界の通貨は(しお)本位制である。昔は塩が通貨そのものであったが不便なので金券ならぬ塩券が発行されてそれがお金となっている。

 また貝も通貨として用いられ、価値が飾り文字で彫り込まれており宝石と記念硬貨を合わせたような扱いを受ける。つまり"アクセサリーとしても使える100万円札"のようなもの。こちらの単位は(もんめ)である。



(この資料すごい書き込んである……勉強熱心ね……字もすごくきれい)


 順番に気を付けながら、虫道の名前が表紙(木)に書かれたファイルに資料を挟んでいく。


 ………


「よしできた。そっちは?」


 戮名(りくな)は顔をあげて辰凪(ひなぎ)の方を見る。


「まだ全然終わってない……」


 辰凪(ひなぎ)は資料から目を離さずに答えた。


「大丈夫だよ。そろそろご飯を食べよう。食べたら雅織(がしき)先生に入院の代金の支払いと、請求書を渡しににいくから一緒においで。」


「はーい」


 2人は入ってすぐの応接室から、第ニの玄関へ向かい、靴を脱いで昼食をとった。


 戮名(りくな)は独り暮らしだが、体が大きいので辰凪(ひなぎ)くらいの子供が増えても問題ない。

 たまに雅織(がしき)と応接室でない場所で話すので、椅子ももう一つぐらいはあった。


 主食は木の皮、おかずは焼かれた虫の肉だった。


 辰凪(ひなぎ)は調理が甘いと思ったが、不味くはないし自分もしっかり調理はできるわけではないのでそこについては触れなかった。


 昼食を食べ終わり、2人はさっき通った道を歩いて天生(てんしょう)診療所に向かった。本屋の前を通るとき、辰凪(ひなぎ)がそちらに釘付けになっているのに戮名(りくな)は気がついた。


「何かほしい本でもあるの?」

「あ、あのね……あのマンガの絵が好きだなって……」


 辰凪(ひなぎ)はあるマンガを指差した。


 "アシナガバチと剣"


 それを見て、戮名(りくな)は個性のある絵だと思った。同時に辰凪(ひなぎ)の出した名前案を思い出した。……剣奈


「剣奈はここからの案」


「ち、ちょっと!恥ずかしいからやめてよ!」


 彼女は戮名(りくな)の腕を叩いて抗議した。叩かれた方はなぜ叩かれたのか、何が恥ずかしいのか全く分からず困惑していた。

「???」

「早く行こっ」


 辰凪(ひなぎ)は自分の攻撃に痛がりもしない腕を引っ張って早足で歩く。しかし歩幅が違い過ぎて、彼の普通の歩く速度になっていた。


 天生(てんしょう)診療所で雅織(がしき)に名前が決まったことを知らせた。

 お金のやりとりを早く済ませたことに対して、また辰凪(ひなぎ)はついてきたことを誉められた。

 お金のやりとりについては辰凪(ひなぎ)を誉めるならまだしも、戮名(りくな)に対しては明らかにからかいの意を込めて誉めていて、辰凪(ひなぎ)を引っ付かせているのかといじっていたので彼は呆れていつもより怖い顔をしていた。


 戮名(りくな)は、いじられて言っておいたほうがいいことを思い出した。

 彼は辰凪(ひなぎ)がスズメバチの蠱人(こびと)に狙われているかもしれないと外に聞こえないように話した。


 そういうことはもっと早く話しなさい、絶対に辰凪(ひなぎ)から目を話すなよ、と今度は怒られていた。


雅織(がしき)先生って面白い人だわ~」


「いい人ではあるけど面白いかと言われると疑問があるなあ」


戮名(りくな)は……さんはユーモアがないわね」


「さんはもう付けないでくれ」


 戮名(りくな)辰凪(ひなぎ)にさん付けされることに違和感を覚えていた。


「呼び捨てもさん付けもピンとこないの……」


「私は呼び捨てのほうがいい」


「じゃあそうする」



 請求書を渡しに行く時にまた同じ本屋の前を通るのだが、辰凪(ひなぎ)は相変わらずアシナガバチと剣を見ていた。今度は戮名(りくな)はなにも言わなかった。



 2人はスズメバチの襲撃があった場所に着いた。代表者の田様 正二(たざま まさじ)に会いに、住民に言われた集合住宅の木の階段を昇っていった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ