表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
蜚蠊が背負うもの  作者: 昔のやつ
5/8

第5話 戮名ニ押シ込マレタ異ノ形

「待ってください。」


 呼び止められた方は ん?と振り返る。


「チヨ……はどうしていますか」


「体はきれいになったし、服もまあ着られるぐらいには修繕したよ。ちゃんと食べていて健康に問題はない。薬についての本の挿し絵を見て遊んでいる。」


「それはよかったです。」


「そういえば名前をお前さんと一緒に決めるんだとね。いい名前をつけてやりなさいよ?」


「ええ、入院中にも考えておきます。」


「あと、お前さんの体の特殊なところを話しておいたよ。」


 戮名(りくな)の触角が跳ねるように動いた。彼はどう返せばいいか分からなくなっていた。そして、彼は視線を落とした。


 数秒が経った。


「お前さんのことだから全然言い出せないでストレスを抱えることになるだろうと思ってね。」


「大顎のことは?」


 普通の蠱人(こびと)ならば大顎と小顎は退化して、ものを噛むのは人間の口のようになった、上唇(じょうしん)下唇(かしん)、そこに生えた歯の役割だ。


 戮名(りくな)は大顎も小顎も持っており、ものを噛む……いや咬むのはこの大顎と小顎の役割である。上唇(じょうしん)と大顎の内側には発音の為の歯が生えている。


 下唇(かしん)は人間でいう耳の付け根から顎の下にかけての、首に繋がっている部分までしか発達していない。その下唇(かしん)から広がる皮膚がマスクのように大顎を覆っている。


 このため、何かを咬むとき以外は顔は普通である。

 咬むときは皮膚が伸びて大顎が顔の横に飛び出す。そのあと皮膚は大顎から離れ、余った部分は耳のあたりにシワになって寄る。

 食べるときは小顎で咀嚼するので、訓練をして見た目は普通になっている。


「言ったよ。」


 戮名(りくな)は顔を上げた。


「3対の脚……これはもう見られてしまった……」


 普通の蠱人(こびと)に3対の脚はなく、人間の手足のようなものがある。


 戮名(りくな)の1対目の脚は普通の蠱人(こびと)の手と変わらない。

 2対目は人間でいう胸と腹の間から生えていて、虫のゴキブリの脚と同じだ。

 3対目は外骨格の剥き出しになった蠱人(こびと)の脚のようであるが、変形させて虫のゴキブリのようにもなる。特に踵から先の変化は激しい。


「ああ、もう見られてたの。言ったよ。」


 戮名(りくな)はまるで、立派な口髭をたくわえたおじさんがその口髭を伸ばすように左手で触角を擦った。


「下半身の外骨格……見られてる」


 普通の蠱人(こびと)は下半身も外骨格が剥き出しになってはいない。

 戮名(りくな)の下半身は人間のような皮膚に覆われていない。黒い外骨格が剥き出しなのである。


「もちろん言ったよ。」


 戮名(りくな)雅織(がしき)が答える前から左手で自分の触角をせわしなく擦った。

 彼が人間だったなら、冷や汗がとどめなく溢れていたことだろう。


 普通の蠱人(こびと)……いくらか例外のある種族は確かにいるが、ここまで特殊な、もはや異形ともいえる姿の蠱人(こびと)はいない。


「あの子はそれらをもっとよく見てみたい、個性だと言った。これについては他の人に言ってはいけないと言うと、そんなことはわかると返されてしまったよ。

 あの子は賢い。戮名(りくな)くんのいい助手になるんじゃないのかね?」


「助手……」


 雅織(がしき)のいつも通りの口調で少し落ち着き、戮名(りくな)は左手を口から離した。

 自分の体に対して女の子が言ってくれたことを嬉しく思うと共に、雅織(がしき)の言葉に困惑した。


「はは、それては失礼」


 今度こそ出ていく雅織(がしき)戮名(りくな)は会釈を返した。



 戮名りくな雅織(がしき)の見立て通り4日で退院した。まだ案内人としての仕事はやらないように注意されていた。



 案内人とは、危険な道で依頼者を守る役割を果たす職業のことだ。虫の溢れるこの世界では、中央都市から離れたところに位置する街の外というのは全て危険地帯なのである。


 街の間を移動する際や、大自然の景観を観光で見に行くときに護衛兼ガイドとして雇われるのが案内人だ。


 あまり人の通らない、虫に出くわすのがあたり前の道を虫道といい、ここを抜けることから、案内人の仕事は"虫道抜(むしみちぬけ)"と呼ばれるのである。


 郵便局や運送会社、旅行会社などに勤める者もいれば、個人で事務所を設立して仕事を受ける者もいる。裕福層お抱えの案内人も存在する。戮名(りくな)は個人で仕事を受けている。


 また、その戦闘能力の高さから、案内人には街に侵入した虫の駆除が義務づけられている。しかしこれは虫の駆除という仕事と、虫という資源を手に入れられる権利でもある。



「田様さんが、お前さんから請求書をできるだけ早くほしいと言いに来たから、今日中には渡しなさいよ。」


 退院できるかどうかの診察を終え、戮名(りくな)は服を着ている。


「わかりました。」


「女の子はもう待っておるよ。」


 戮名(りくな)は住民から返されていた裏口の鍵を受け取った。2人は出入口に向かった。


「リクナ……さん。退院おめでと」


 綺麗に洗われ、破れた箇所の縫い合わされた黒い服を着た女の子が出迎えてくれた。


「ありがとう。」


 戮名(りくな)はそう返した。


「それでは雅織(がしき)先生、ありがとうございました!お代は後で持ってきます!」


「もう二度と私の診療所のベッドを使うような怪我をするんじゃないぞー!」


 2人は雅織(がしき)に見送られて天生(てんしょう)診療所を後にした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ