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蜚蠊が背負うもの  作者: 昔のやつ
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第4話 蚕蛾雅織

 戮名(りくな)天生(てんしょう)診療所という場所を指定した。医師は1人しかおらず、看護師も少ない診療所である。しかし医師の腕は確かだ。


 住民たちに両肩を支えられて向かってくる彼を見て、1人の蠱人(こびと)が走ってきた。彼は院長で、名前は天生(てんしょう) 雅織(がしき)。カイコガの男だ。


 受付から近づいてくる人の特徴を聞いて飛び出してきたのである。

 この医者は戮名(りくな)がこの街に来る以前から彼のことを知っている。また、よく虫から採取できる薬の材料を戮名(りくな)から仕入れているのだ。


 彼は慌てふためいて戮名(りくな)に駆け寄り、半ば強引に住民に代わってその肩を支えた。


戮名(りくな)がこんなぐったりする程の怪我を負うなんて……お前たち、戮名(りくな)私刑(リンチ)でもしたんじゃなかろうな!?」


 雅織(がしき)は周りの住民たちに向かって怒鳴る。


「違いますよ、雅織(がしき)先生。虫にやられました。」


 戮名(りくな)のしっかりした受け答えに雅織(がしき)は大人しくなった。


「なんだ、怒鳴ったりしてすみません。いやどんな虫だったのやら……」


 雅織(がしき)は普通の蠱人(こびと)なら2人は余裕で寝そべることのできるベッドに、戮名(りくな)を住民と協力して寝かせた。そのあとは怪我の具合を心配する住民をすぐに返した。


 戮名(りくな)から怪我をした状況を聞き出すと、雅織(がしき)は呆れるやら感嘆するやらだった。


「スズメバチの群れに1人で立ち向かうとはね」


 ベッドに横たわる戮名(りくな)を診察する。


「こりゃあひどいな。今回は絶対に入院してもらいますよ、戮名(りくな)くん。」


「そうですか……ですが、仕事が……」


「ワシが全部断って、他の案内人に回す。ある程度信頼が落ちるのは諦めなさい。」


「わかりました」


 たしかにこの痛みでは仕事ができるはずはなかった。彼は雅織(がしき)に返事をし、チヨのほうを向いた。


「ごめん。しばらくは家では暮らせそうにないよ。」


 チヨは首を横に振った。戮名(りくな)が治療の準備を始めた雅織(がしき)の方を向く。


「入院は……どのくらいになりそうですか?」


 この怪我人はかなり無理をして話している。それを医者は覚った。


「ちょっと待ってくれ」


 そう言って一度診察スペースから離れたカイコガの医者はハチ毒用の薬、白湯の入った湯飲み、毒を吸い出す器具を持って戻ってきた。


「この薬を飲んで」


 戮名(りくな)は粉薬を白湯で飲んだ。


「入院の長さだが、普通なら1週間ぐらいかね。だがお前さんは普通じゃないから4日ぐらいでいいと思うよ。……毒を抜くよ。」


 会話しながら治療が進む。毒を吸い出す器具のピストンが引っ張られると、うめき声があがった。


「う……」

 

 雅織(がしき)は毒を抜いている間に水のたっぷり入った桶を用意した。ベッドの横に台を置き、その上に水の入った桶を置く。


「刺されたのが柔らかい皮膚のあるところでよかった。外骨格がむき出しの下半身の関節とかだと器具を設置するまでに時間がかかってしまうからね。」


「私が入院している間、そこの女の子の世話を……頼めますか。」


 戮名(りくな)はいくらか遠慮がちに頼んだ。


「もちろん。いつも薬の材料でお世話になってるから、そのお礼だ。」


「ありがとうございます。」


 毒抜きが終わると、雅織(がしき)は桶の中で患者の腕の付け根と右脚の傷を丁寧に洗った。腕の付け根には塗り薬を塗って、包帯を巻き、右脚の傷は綿で覆って石膏で固まる包帯を巻いた。



 その後、戮名(りくな)は翌日の朝まで死んだように眠っていた。起きると問題なく療養食を食べていた。

 彼はゴキブリなのでそこらへんの木の皮を叩くなり煮るなりして柔らかくしてもらえれば療養食になる。


 箸を使って食べるより手掴みのほうが違和感のない食事だが、彼は箸を使って食べていた。


 蠱人(こびと)は人間より小さな生き物なので、体積比でみるとかなりの量を食べているようにみえる。


戮名(りくな)。」


 戮名(りくな)雅織(がしき)の様子から、彼が深刻なことを話すのを察した。


「……」


「お前さんの殺人は罪には問われないそうだ。入院した日に、お前さんが寝たあとで警察から伝言を頼まれた。」


「……そうですか。チヨのこともあるので、これは幸運ですね。」


 沈黙が場を覆う。2人はそれについての会話をこれ以上続けなかった。



「……調子はどうだね?」


 食べ終わると、雅織(がしき)が診察を行った。戮名(りくな)の特殊な体を他の人に見られるのはよくないためだ。


「痛みはだいぶやわらぎました。」


 戮名(りくな)がベッドの上で答える。


「見せてみなさい」


 腕の付け根の包帯をほどくと痛々しい傷が姿を見せるが、悪化の傾向はない。


 雅織(がしき)は傷の様子を見終わると新しい包帯を巻きながら診察を続けた。


「脚はどうだね。」


「動かさなければ痛みはありません。」


「相変わらずの回復力だな。」


雅織(がしき)先生の治療のお陰ですね。」


「はは、よしなさい。このぶんならば1週間後には走れるでしょうな。」


 よしなさいと言いながらも医者はとても嬉しそうな表情をした。


「わかりました。ありがとうございます」


「じゃ、お大事に」


 雅織(がしき)が出ていこうとするのを戮名(りくな)は引き留めた。


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