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蜚蠊が背負うもの  作者: 昔のやつ
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第3話 六匹ノ雀蜂

 戮名(りくな)は怪しみながらも扉を開けた。そこに立っていたのはハチの蠱人(こびと)で、中に入ると彼は笑顔で女の子に話しかけた。


「さ、来るんだ。チヨ」


「ウソつき!あの街をあんなにしたのはあんたたちなの知ってるんだから!大人たちに頼まれてわたしを捕まえにきたんでしょ!」


 チヨと呼ばれた女の子は叫んだ。戮名(りくな)はハチが危険人物であると判断し、女の子とハチの間に立った。


「保護者ならばなぜ早くこの子を助けにこなかった?まだ外には虫がいるというのにここに来れるじゃないか。」


 ハチの男は笑顔から脅し顔になった。


「あと数秒でハチの大群がここを襲う。その前にそいつをこちらに渡せばお前には攻撃しない。」


 言われるが早いか戮名(りくな)はハチに突進する。半端ではない加速度から繰り出される突撃をハチは避けることができず、ラリアットをまともに食らった。


「うぐっ」


 ハチの男は気を失った。戮名(りくな)はポケットからナイフを取り出し、服を脱いで、その服でハチの男の手足を拘束した。

 普通の蠱人(こびと)にはあり得ない、3対の脚が露になる。そしてハチを担いだ。


「鍵をかけて隠れていろ!絶対に出てくるんじゃない!」


 彼は女の子に警告して外へ出る。ハチの群れがすぐそこまで来ていた。

 樹液を飲んでいたコガネムシたちとチョウが飛びたった。

 戮名(りくな)は担いでいるものを盾にする覚悟を決めた。


 虫に混じっている6人の蠱人(こびと)に向かって叫ぶ。


「チヨを諦めて投降しなければこいつの命はないぞ!」


 抱えている男の首に腕を回し、首の近くにナイフを構える。しかし蠱人(こびと)のハチたちは容赦なく虫に彼を襲わせた。

 大きなハチは厄介だ。大顎で咬まれたり、毒針で刺されたりすればひとたまりもない。


 ゴキブリは飛ぶのが苦手な昆虫だ。ましてや成虫ではない戮名(りくな)は翅がなく、滑空すらできない。


 戮名(りくな)は扉を背に、近づいてくるハチめがけて拘束している男を振り回す。男の頭が砕け、襲ってきた1匹目の虫のハチが死んで落ちる。


 そして男の死体を蠱人(こびと)のハチの1人に投げつけて当てた。離れていたので怪我をすることはなかったが、投げつけられた蠱人(こびと)は怖じ気づいた。


 次に戮名(りくな)はナイフでハチと戦った。飛んでくるハチの翅をもいで蹴落とし、頭を潰し、神経節を切断していく。


 下のほうで、人々が避難しているのが見えた。


 しかし高い位置にある階段で、扉を背にしてではやはり完璧には戦えない。ゴキブリの突発力も背側の腰から生えた尾葉(びよう)による空気の振動の感知も十分に生かせない。


「ぐあ」


 彼は最後の二匹の一匹に3対目の右脚を咬まれ一瞬硬直し、さらにもう一匹に1対目の脚……右腕の付け根を毒針で刺されてしまった。

 その隙を見逃さず、蠱人(こびと)のハチが3人がかりで襲ってくる。残りの3人も距離を詰める。絶体絶命―――


 戮名(りくな)は右脚を咬むハチの頭部と胸部の間の柔らかいところめがけてナイフで切りつけ、その神経節を切断した。


 ハチの咬みついたままの右脚を振り上げて1人目を殺す。右脚のハチは離れた。


 そして密集したハチたちの、一番上にいた2人目に跳び移る。


「ぐぇ」


 2人目はすぐに神経節を切られ息絶えた。そのまま落下する。


「うわっ!?」


 ナイフが刺さったままの2人目ごと落下して3人目にぶつかり、体制を失った彼の翅を4枚まとめて両手でひっ掴んで全力で下にいた4人目に投げつける。

 その反動で進行方向を変えて5人目の近くで木の枝に捕まり、その半端ない加速度で木を蹴り5人目に突進、肘で首の付け根をえぐる。そして近くにいた6人目の脚を掴む。


 1人目を殺してからここまでで3秒しか経っていない。


「ひいっ!」


 6人目は重量オーバーで飛ぶことができず、2人は揉み合いながら落下する。


「うわああああ!!!」


 6人目は恐怖で叫ぶ。彼は最初に仲間の死体を投げつけられて怖じ気づいたハチだった。


 ビタ!


 地面に激突した。ハチは攻撃するためではなく逃げようとして暴れている。戮名(りくな)は彼が逃げられないよう押さえ込む。しばらくして6人目はすぐに殺されはしないと分かり、抵抗を止めた。


 距離を詰め、空中の物体の密度を増やして戮名(りくな)に戦える場所を作ってしまったあの時点で絶対絶命なのはハチたちのほうだったのだ。


「なんだ……なんなんだよお前……」


「お前には警察にいろいろと話してもらわなければな。だが私のこの3対の脚について人に話せば今度こそお前を……殺す」


 彼は殺すの部分を少しためらいながら言った。だがその表情と言い方は6人目の彼を勘違いさせ、恐怖を感じさせるものだった。


 2人の周りにはハチの死体と死骸が転がっていて、住民たちは誰1人いなかった。


 戮名(りくな)は怯えるハチを頭を抱えて抵抗できないようにしてバッグを置いた場所まで移動し、紐で彼の手足を縛った。


「な、なんで足まで縛るんだ……」


「服を取りに行かなくてはならない。このままでは変態になってしまう。それにチヨも地面まで連れてこなくては。」


 余裕そうに見える彼だが、服を着る前に右腕と右脚の応急措置をしたいと思っていた。戦っているあいだは興奮して麻痺していたが、かなり痛むのだ。


 腕の付け根と右脚をバッグに入っている水で洗い、包帯を巻いて応急措置は終えた。


 その後すぐに翅をもがれて歩き回っているハチをすべて見つけだし、全部神経節を切断して殺した。


 チヨの保護者だと自称したハチの死体はすぐ見つかった。服を着ようとするが、怪我をした箇所が上手く動かない。なんとか着終わり、チヨのもとへ向かう。


 彼は階段を昇りながら、先に手を出したのはスズメバチのほうとはいえ人を殺してしまったことについて考えていた。


 人を殺したことに関していえば気分は最悪だった。だがあそこで反撃しなければ殺されていたのは自分のほう。現にスズメバチに刺された。これは下手をすれば死ぬぐらいのことなのだ。

 塩橋街(しおはしまち)を襲っていたのであればあそこで確実に動けなくしておかなければ仲間を呼ばれてこの街も危なかった……。  


 ?なぜ彼らは最初から大群で襲ってこなかったのだろうか。そうすれば塩夏街(しおかまち)も制圧できて……チヨも拐えたはずだ。


 そんなことを考えながららせん階段を昇っていると、戮名(りくな)は家の入り口までついていた。


「もう外へ出ても大丈夫だよ。いっしょに行こう。」


「……」


 チヨはうつむいている。


「行く場所が……ないもん。他の子は避難してきた人たちがちゃんと住む場所に入れてたけど私は入れてくれなかったの」


 この子は周りの人を避けてしまったために親代わりの保護者が現れなかったと戮名(りくな)は考えた。


 戮名(りくな)はチヨにしゃがんで話しかけた。


「私の家に住めばいいよ」


「なんで」


 女の子はうつむいたままだ。


「住むところがないようだから。」


「本当にそれだけ?」


「それだけ。」


 迷いなく答える戮名(りくな)を見る。彼女はまだ不安を抱えていたが、今はこのゴキブリについていくのが一番いいと思った。


「あなたの家に住ませて。」


 戮名(りくな)は頷いた。


「私の名前は蠱黒(こくろ) 戮名(りくな)というんだ。戮名(りくな)と呼んで。よろしく、チヨちゃん。」


「わたし、その名前で呼ばれたくない」


 か細い声で女の子はそう話す。


「なぜ?」


「うまく説明できない」


「わかった。別の名前をまた考えよう。」


 戮名(りくな)が女の子と地面まで降りると、避難していた住民たちが戻ってきていた。


 彼らは戮名(りくな)にお礼を述べ、虫駆除の歩合が詳しくわからないので後で請求書を塩橋街(しおはしまち)全体の代表者であるトノサマバッタの田様 正二(たざま まさじ)に渡すようにとも言った。


 戮名(りくな)は住民たちに自分の怪我を伝え、指定する診療所まで送ることと、虫のハチの死骸を自分の家の作業場まで運ぶことを頼んだ。

 住民たちは了承した。


 ショウリョウバッタの家の鍵は忘れずに返して、作業場に入るための裏口の鍵を渡した。



 チヨと呼ばれた女の子は他人の肩を借りて歩く戮名(りくな)を心配しながら後についていった。

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