団欒は暖かく
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猪を狩り、今や獣道にも似た手入れされてない山道を歩き、ジハードは村・ジグラットへと辿り着く。いつもは大体一人で通る道も二人となれば進む時間は早い。
「さながら、相対性理論だな」
「そう、たいせ、りろん? とは、なんなのだ」
「簡単に言えば、重力の重さですぎる時間は遅くも早くもなるって事だよ。人の気持ち次第じゃ、時間すら超越できるって例え話さ」
「ほほう! よく分からないのだ!」
「ははは。だろうな」
「でも、貴様様は頭良いのだ。一体どこで覚えたのだ?」
顔を覗かせるカンムルに気を配る事も忘れ、ジハードは時を忘れ立ち止まる。
「あれ……俺、どこでこんな事を……」
ジハードは産まれてこの方、学校と呼ばれる施設に通った事がない。色々な事を教えてくれたのは全て妹のセラピアだった。が、果たしてこんな事を習ったのかと、問われれば自分自身に疑念を抱くぐらい危うい記憶だ。
習ったのだと無理やりに腑に落とせば解決する話だが──この胸を燻るもやもやはなんなのだろうか。
──何かが抜けている気がしてならない。
意識がどこか遠くにあった事に気がついたのは、背後から強く背を押され衝撃が走った時だった。
「貴様様! 聞いているのか!?」
体制を崩し、ヨタヨタと前に進むが辛うじて転倒をせずに済ませたジハードは、頬をふくらませるカンムルを眼前に捉えた。
「ごめんごめん。ちょっとボーッとしてたよ」
「ちょっと所じゃなかったのだよ。死んだかと思ったのだ。と言うか──」
村の入口から、自分の家にかけて道を作るように連なる松明を見てカンムルは言った。
「静かな村なのだ。こっちは死んでるのか?」
「ははは。まあ確かに認識されなくなれば死も変わりないな。けれど、俺達がいる限りこの村は生き続けるさ」
「ふむ。大切ってやつなのだ?」
「ああ、大切さ。大切な思い出が詰まった宝物だな。ほら、行くぞ」
数十メートル先にて、ポツリと灯りを灯す家へと指を指し歩き始めた。妹が作ってくれた松明の道を。
今日は足音が二人分。ただそれだけで賑わっていると錯覚しそうになる。気持ちは高揚し、お腹は余計にすき始めた。三人で食卓を囲めば楽しいに決まってる。
「ただいま~」と、立て付けの悪い扉を開けてみれば、暖かい匂いと綺麗に片付けられたリビングが淡い光と共に出迎えた。
この風景を見る度に、ジハードは心の中でセラピアに感謝をしてもしきれない。自分一人で補えきれない部分を、嫌な顔一つせずにやってくれてる。
しかし、今日は珍しくムスッとした表情で椅子に座った妹の姿が視界に入る。
「遅い!」
両肘を机についたまま、軽く睨むセラピアに乾いた笑いで答え──
「悪い悪い。ほら、お前が好きな猪を狩るのに時間がかかってしまったんだよ」
肩に担いでいた猪を見て、溜息を吐く。そりゃあ遅くなるのは申し訳ないと思うが、ご飯がなきゃ嫌だろ誰だって。
食べる物がないだとか、明日への不安だとか、ジハードはただセラピアに感じて欲しくなかった。それは小さいプライドである事ぐらいも分かっている。けれど、出来るだけ大切な妹に苦労をして欲しくないのだ。
「はあ。私は、兄さんの心配をしてるの。毎日毎日遅くまで働いて、倒れたら困るんだよ? 私には兄さんしかいないの。それに──」
視線をジハードから逸らし隣を見ては言った。
「こんな小さいお客さんを引きずり回して」
こんな小さいって。背丈とか大して変わらない。年齢も、多分だが同じ一三歳ぐらいな気がする。
「確かにそうだよな。すまない」
「別に怒ってないわよ。けれど、無事でよかったわ」
そう言って立ち上がると、反対側の椅子を引いた。
「私の兄さんがごめんなさい。疲れたでしょ?オンボロの椅子だけど、良かったら座ってね」
「分かったのだ!」と、カンムルが頷いて椅子に座るのを見た後、妹と目が合う。
「この子は……そうなのね。運命はやはり兄さんを……」
何かを言った気がし、もう一度訊ねようと口を開いた時だった──
「ほら、兄さんはお茶の準備をして」
「え、あ、はい!」
──セラピアは良くできる子だ。見た目も、線は細く。琥珀色の長い髪は艶やかだし、綺麗な宝石が如く瞳も美しい。将来は間違いなく、そんじょそこらの女性が羨む美貌だ。家事もできるし、言うことがない。
「何か私についているかしら?」
机にコップを三つ並べながらセラピアは、ジハードに問う。
「いや、何もついてないぞ」
そこにお茶を注ぎながら即答すると、セラピアは何故か両頬に手を添えた。
「見蕩れるなら、早めに言ってよ。私だって化粧ぐらいしとくのに」
「誰も見蕩れてねぇよ!」
「あら? そんなこと言って。もしかして兄さんは、看取られたいのかしら」
わざとらしく小首を傾げる。いやはや、もう反論するのも疲れてしまう。ジハードが、ハイハイと言った感じに聞き流していると──
「ワハハ! 仲良しなのだな?」
「仲良しかどうかはさておいて、兄さんには私がいなきゃ駄目なのは間違いないわね」
台所に立つセラピアは、自信ありげな様子で数回頷く。
どこからそんな自信が湧いてくるのだろうか。些か疑問な訳だが、ジハードも負けじと将来を語る。
「そんな事はないだろ。俺だって将来は可愛い奥さんを」
「可愛い奥さん……?」
直後、台所からは包丁がまな板に叩き付けられた。ボトンと、鈍い音を立て猪の首がまな板から流し場に落ちる。堪らず肩は竦み上がり、心拍数は跳ね上がった。
本当に殺される勢いの殺意だったんですが。怖いし強こわすぎるセラピアから目を逸らし、ただ一つ、猪の血抜きをしといて良かったと心から思った。
視線の先にはカンムルが居るのだが、足をバタバタさせ、笑う数秒前って感じがする。
──非常に嫌な予感だ。
「うお。魔獣が威嚇した時の顔みたいなのだ」
おい、カンムルよ。なぜ火に油を注ぐような文言が出てくるんだ。死期をそんなに早めたいのか。
そんな思いを乗せた目線は、尽く笑顔に撃ち落とされた。
「冗談だよ。ほれ、カンムル。温かいお茶だからゆっくり飲めよ」
「分かったのだ!」
「カンムルちゃんて言うのね。私はセラピア=バレット。宜しくね」
「宜しくなのだ! ──プパー!」
両手でコップを持ち、飲み干しては笑顔で言った。
「苦かったのだ!」
「苦い? 新茶だから甘さはあるはずだけれど……お口に合わなかったのかな。ごめんなさい」
「ふむ?茶とは苦いものじゃなかったのだ?」
きっとカンムルは、味覚がないがセラピアに気を使ったのだ。彼女は理解していない。自分が本当は優しい心を持っている事を。
「セラピア、今日の晩御飯はなににするの?」
「そうね。今日は、冷え込むし猪鍋とかにしようかな」
「それはいい! もう腹ぺこで死にそうだよ」
「ふふ。本当、兄さんは私がいなきゃ駄目なんだから」
「別にそんな事は──」
「なに?」
「ありますです!!」
「ははは~!」
何も面白くはないぞ。
けれど、カンムルの容姿をみても何も言わないのは肝っ玉がすわってるのかなんなのか。
「兄さん? 後でちょっと大切な話があるの」
「ん? ああ、分かった」
耳元で囁かれ、何も考えずに承諾したが、ご飯を食べ終え、カンムルが寝た頃に妹に連れてこられたのは外だった。




