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天照と少年

神楽龍也かぐらりゅうやさん」


 穏やかであり、凪いだ海のように心地がいい声音が鼓膜を優しく揺する。今まで聞いた事もないはずなのに、どこか懐かしい声に導かれるまま龍也は、瞼を持ち上げて光を取り込んだ。


「……。俺は……」


 ──眩しい。


 目を開き、龍也が初めに抱いた感想だった。その眩しさが、部屋の作りによって構成されていた事は、起き上がり辺りを見渡して理解ができた。


 白を基調としたした造りの建物(ドーム状)のてっぺんには窓が設けられており、そこから取り込まれた光が白に反射し眩さを作り上げているのだろう。


 ──に、しても質素な場所だ。と、この時の龍也は思わずには居られなかった。


 何もないのだ。生活を感じさせる物が何一つと。


「……此処は」

「此処は、貴方たちが生活する三次元とは異なる次元。時間も進化も発展もなにもない、普遍なる場所であり、唯一私と干渉が出来る場所です」と、椅子に座っている、白と赤の巫女服を着こなした美しい女性は、囁かな笑顔と共に応えた。


「まるでそれじゃあ、今際いまわみたいじゃないですか。俺が」


 龍也が心中を吐露すると、後ろで一本に結った髪を揺らし頷いた。


「察しが早いですね、龍也さん。貴方は確かに数秒後に今際の国へと行く事になるでしょう。今ある状況を思い出してみて下さい」


 女性の言葉に記憶を辿る。自然と目は伏せられ、台座に座る龍也自身の足を瞳に写しながら──


「確か……俺は……」


 学校から、家に帰る途中だった。人通りも少ない一本の道。歩道と車道がほぼ一体化している場所をいつものように歩いていた。


 一方通行ではあるが、その為に大体の運転手は徐行ではなくある程度のスピードで走り抜ける事が多い。言い方を変えれば、逆に警鐘がわりとなり、歩行者は細心の注意が払われる訳だが──


 それは理性のある人間の話だ。


 そこに居たのは一匹の仔猫だった。目も開いていない、産まれたての猫。


 親猫が車道に置き去りにするはずもないし、捨てられた猫がダンボールから抜け出し歩いてくるのも考えにくい。


 今だから分かるが、あれは人による身勝手な悪意で連れてこられた仔猫だったのだろう。


「そうか、その時──」

「思い出したのですね」

「はい」と、顔を持ち上げた刹那、少し離れていた場所にいた筈の女性は眼前におり、極自然に龍也の手を取り、両手で包む。


「貴方はこれまで、幾度となく小さき命を救ってきました」

「そんな事は……」

「あります。雨が上がった日には、カエルや亀を。晴れの日には、部屋に入り込んだ蛾や蜘蛛を。害をなさないモノに対しては人と変わらない平等さをもって、貴方は手を差し伸べてきました」

「何故そんなことまで?」


 額中央に装飾を施した女性は、どことなくだが神々しい。気品があり、お淑やかってだけでここまでなるのだろうか。


 黒く美しい瞳と視線を交わらせると、両耳に付けた太陽を模した装飾品をカチャリと軽く鳴らし、女性は笑顔で答えた。


伊邪那岐命いざなぎのみこと伊弉冉尊いざなみのみことを父と母に持つ者──天照です」

「天照って……伊勢神宮等に祀られてる、天照大御神?ですか?」

「ですです!って、今は喜んでる場合じゃありませんでした。私は太陽、皆を照らし導く者です。貴方たちの事なら知っていて当然ですよ」


 本来ならば疑い、信じもしないだろうが。場所が場所であり、過去を知っている事を鑑みるに信じた方が良さそうではある。そう解をだした龍也は、素朴な疑問を持ち掛けた。


「で、その天照さんが俺に何かあるんでしょうか。死に際の俺に」

「私は貴方の優しさに全てを託したい」

「託す?」

「はい。お願いがあるのです」


 手を包んでいた天照の手に力が篭もる。そこから話されたのは、現実味もない。まるで小説の一端を齧ったような話だった。


 天照が両親に託されていたのは、地球だけではなくもう一つ存在してるらしい。突如、神界にてフレイルと名乗る女神が現れる。


 彼女に言われたのは、貴女の惑星に私の惑星の子を住まわせて欲しいとの事だった。本来ならば、争いの種になりかねないと断るのが普通らしいのだが、天照は受け入れる。


 色々な約定を結び。例えば、力でおさえつけることはしないだとか。

 学校で習うような事だったり──


 しかしそれは守られる事がなかった。


 龍也は天照の言葉を思い出しながら、口を開く。


「でも、天照さんは、その世界と干渉ができるのでしょ?そのエレ」

「エレウカですか?」

「そうです。なら、力を以て」

「駄目ですよ。報復には報復。私達がやり返せば、仕返しは倍に帰ってくる。とは言え、抑制させる為に私は新たに子を産みました」


 天照の言う産むは、きっと創ると似ているのだろう。


「人を?」

「はい。全ての属性を受け付けない。言わば、屈強な壁を持った子を。しかしそれでもダメでした」

「ふむ……」

「やはり拒んでいては駄目なのです。ですから、全てに触れ全てをてる力が必要だと私は分かりました」


 天照曰く──


 人類を滅ぼしたいわけではない。互いに互いを尊重しあい、助け合える世界が作れるのなら、それを望みたいようだ。故に壊す力ではなく、触れる力が大事との事だ。龍也が一生懸命、考えれだした答えた故に正しいか定かではなかったが、龍也自身、一番腑に落ちる解ではあった。


「故に、貴方が必要なのです。誰にも惑わされず、自分の善で歩める貴方「やあっと見つけたよ天照ちゃん?こんな七次元に逃げ込んでいたなんてぇ?このフレイル、一杯探し回っちゃったよ」」


 天照の声を割いたのは、陰湿であり悪意に満ちたおぞましく恐ろしい女性の声だった。

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