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痛みを切り裂く声

本日二話目です。三話は明日の昼頃、投稿します

「おい、見ろよ。臆病者スケルトンの御来店だぜ」

「イヒヒヒ」

「おーおー。いい身分だねぇ。元!! 御仲間さんは今頃、命を懸けて魔王軍と交戦してるってーのに」

「仕方ねえーよ。なんったって臆病者スケルトンなんだからよ?」

「巫覡の一族だってーのに、力は受け継がれず。哀れなものだな、国の役にも──それどころか、人の役にも立てねえんだから」と、皆が珍奇な者を見る眼差しを送り、聞こえる程の声量で、あたかも談笑してるように遠回りに伝えてくるのは、クルス達が出立してから二ヶ月余りが過ぎてもおさまることはなかった。


 帝都に一番近い街・ランバート。この冒険者ギルドには結構な人数がいるのは当たり前だ。そして、全員がほぼ確実にジハードの名前を知っているだろう。


 勇者のパーティーから抜け出した、恩知らずの落ちこぼれだと。ジハードが弁明した所で。クルス達が自分可愛さにでっち上げた嘘だと言った所で誰も信じない。今じゃあ、夜に一人歩きをしている者しか襲わないアンデッド、臆病者スケルトンと呼ばれるようになったのだから。


 ジハードはとうとう人とすら見られなくなってしまった。


 自分に力があればと、幾度となく願う。願ってもダメだと知ってからは、毎日欠かさずに修行だってジハードは行っていた。無謀って事ぐらいは、修行して一年程で察しがついたが──。


 けれど、簡単に諦められるものでもない。故に朝から晩まで、剣を模した石を手のひらから血が出るほど振り続けた。

 意識が枯れるまで走り続けた。


 結果は無情な迄に残酷もの。結局、魔法の前では避けたり受け流すしかできない。


 だから、反論ができない。負の連鎖がジハードを絡めて離さないのだ。


 そんな事を考えながら、冒険者ギルドの中を受付へ向かい歩き続けた(中は酒場と合体しており、街一番の広さを誇っている)。


 コツコツと、石畳を叩く足音に集中し周りの喧騒から身を守る。ジハードが最近覚えた惨めな特技だ。


 自分の情けない姿を想像し、妹への罪悪感が心を締付ける。いつまで嘘をつき続ければいいのだろうか。考えれば考えるだけ、ジハードを苦しめつづけた。


「ジハードさん、今日はどういったご要件でしょうか?」


 よそよそしい声で訊ねる受付の女性。


『他の冒険者なら、兎も言わず適正のクエストを持ってくるくせに』と、内心で悪態をつきながらも、ジハードは左右を見渡してから「あの」と、口走る。


「俺のメンバーが見当たらないのですが……」


 クルス達がジハードを置き去りに魔王討伐に出立してから数日後の事、毎日欠かさずギルドへと赴いていたのが功を奏してか、一本の吉報が胸を躍らせた。


 一つのパーティが、ジハードの加入を許してくれたのだ。今日がその初日となる。お金の管理をする妹に無理を言って装備だって新調したのだ。


 けっして高いものでもないが、どうせならと出せる限りで一番いい物を妹は買う事を許してくれた。


 皮でのコート・鋼の胸当て・鋼の篭手・一二〇センチ程ある両刃の剣。クルス達と行動していた時の装備とは格段と違う。


「メンバー?」

「え?」


 一人って事もあり──いや、ジハードと言う事もあり、ギルドからは個人でクエストを受注出来ていなかったが為、藁にもすがる思いで頭を下げたのを今でも覚えている。


 それに、属性を取得しているのとしてないのとじゃ、魔獣一体を討伐するにも倍以上の時間がかかってしまう。


 受け付けの女性は笑いを堪えるかのように──


「あ、ああ。バッシュさん達なら、先にルミア街道の巡回にいきましたけど?」


 ──いきましたけど。ってなんなんだ。


 本来、パーティなら皆が揃って行くのが当たり前。でなければ、受け付け担当が待つようにと引き止めるのがセオリーだ。理由はただ一つ。一人で向かえば、その分危険が付き物だからだ。


 なのに、目の前にて迷惑そうな雰囲気を醸し出す女性は、あろう事か彼等を先に行かせた。


 込み上げる怒りは、カウンター出隠れているジハードの拳を強く握らせる。


「そうですか……」


 けれど此処でのジハードは、悪役と何ら変わらない。理由がどうあれ、皆は彼女を味方する。


「──で、他になにか?」

「いえ、教えて頂きありがとうございます」

「次の方がお待ちなので、用がお済みでしたらそこをどいて下さると助かるのですが」

「あ、すみません」と、踵を返しジハードは、誰一人と待っていない道を足早に歩く。


 外へ出るなり、深呼吸をして目を瞑った。思い出すのは妹、セラピアの笑顔。


「よし……ッ。今日はセラピアに美味い飯をご馳走するぞ」


 ランバートは、商業でも栄えており屋台がよく並んでいる。何を買って帰ろうか。セラピアの好物は今日、売っているだろうか。


 出口へ向かう間、屋台を見て歩きそれを糧にジハードはルミア街道へ向かう。


「おせーよ。お前やる気あんのか?」と、パーティのリーダー・バッシュが目の前を塞ぐ形で仁王立ちしたのは、それから小一時間経っての事だった。


 体躯も人の倍はあり、筋骨隆々としている分かなり威圧感もある。けれど、初めが肝心だ。


「申し訳ない。けれど、待ち合わせの場所には三〇分前には着いていたし、連絡掲示板にも予定変更なんて書い「何口ごたえしてんだ、てめえは」」


 ジハードの言葉を叩き潰して、バッシュは胸ぐらを掴む。いとも簡単にジハードのつま先は地と離れ、その姿を見てクスクスと笑うパーティメンバーのガウスとマーニャ。


「んじゃあ、なんでコイツらが今居るんだ?」

「そうそう」と、弓担当のマーニャが言えば、回復担当のガウスは杖で石を叩きながら「コイツ、嘘つきだからなあ」と、訝しい笑みを浮かべた。


「お前が遅れた損失は大きい。暫くは契約した金額の半分以下でやらせてもらう」


 目を血走らせ、鼻息を荒くバッシュは冒険者の中でのタブーを躊躇いもなく言い放つ。


 知っているのだ、何処にも行くところがないのを。ジハードだって察しがつかない訳でもない。けれど、それは紛れもない事実だ。


 一人になれば、また仕事を貰えない日が続く。生きていくためには稼がなくちゃならない。


 巫覡の一族が姿を消した時から、たった一人──傍で支えてくれた愛する妹の為にも。


 ──此処で逃げてちゃ何も始まらない。


「分かった……。それはいつまで」

「るせーな。俺が許す時までだよ」


 そのまま投げ飛ばし、先にいる魔獣を指さす。


「ほら。突っ込んでガウルの気をひけ、役立たずが」

「待ってくれ。肉眼でも四体は確実にいるんだぞ?俺一人じゃ噛み殺される。──それに」

「あいつは、俊敏性もあり猛獣で仲間を呼ぶ。だろ?それぐらい知ってるさ」

「バッシュが知らないはずないじゃん?」と、便乗し、マーニャは長い髪を指で弄りながら口にする。


「なら、尚のこと」

「お前は、俺達の道具。つまりは消耗品だろ?なら、使えなくなるまで使わなくちゃ……なあ!?」


 尻もちをついていたジハードの胸ぐらを掴む。一瞬の出来事だった。多分だが、バッシュは風属性を操るのだろう。故に、重厚な鎧を纏った体躯に見合わないスピードを出せるに違いない。


「それだけは、出来ない」


 よく良く考えれば、そんな事をしなくたってバッシュ達ならガウルを討伐できるはずだ。


「出来ないじゃねぇ!!やるんだよ!」


 勢いよく投げ飛ばされ、ガウル(狼のような魔獣)の群れの前に叩き付けられた拍子にジハードは、理解した。


「アイツらもクルス達と変わらない。俺を利用したんだ」


 仰向けになり力なく吐露した言葉は、ガウルの荒々しい唸り声に掻き消される。


「グルルァァ!!」


 まだ日の高い日中に、ジハードの視界は暗闇に包まれた。


「死に……たくない……死ねないんだ俺は……」


 ガウルが口を開けたことにより血腥さと生臭さが鼻腔を満たし、致命傷を避けるのにジハードは蹲る。それしか手段がなかったのだ。


 ガウルの群れの前で一七歳のジハードが力で勝てるはずもない。


 鉤爪で金属を引っ掻く音・肉にめり込む痛さ。それでも絶叫は許されない。ジハードは口の端を噛み締め、痛みを堪えるしか道はない。


 血が少しでも出たなら興奮し、ガウルは猛攻を絶え間なく続けた。


 意識が途切れそうになれば、激痛に意識は手繰り寄せられる。さながら拷問のような扱いは、バッシュ達が時間をかけてガウルを討伐し終えるまで続いた。


「まだ使えそうだな。ガウス、薬草を渡してやれ」

「あいよ。──ホレ、これを塗って明日も頼むわ」


 血糊が塊り目が開かないジハードに贈る賞賛はなく。あるのは薬草が勿体ないと言う言葉達だった。


 それでも背に腹はかえられない。傷が癒えなければ次の日に支障が出る。ジハードは、痛みに手を震わせながら目の血糊を拭い、光を取り込んだ。


 ──刹那。


「貴様達は、あの羽虫達の仲間だな!?」


 幼さを捨てきれていない、活発で恐れを知らないような明るい声音が、どこからともなくジハードの鼓膜を叩いた。

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