血肉が飛び散る惨状・後編
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「お前はランブル……何しに来たのだ!」
「ランブル?」
目の前で堂々と立つ男は、大剣を肩に担ぎ片手で冒険者、二人の腕を掴み持ち上げていた。
「ダハハハ!! 見ての通りさ。復讐だよ、カンムル」
紫紺の瞳を彎曲させ、歪な笑みを浮かべるランブルは水平に腕を伸ばしわざとらしく冒険者を見せつける。
冒険者二人は破損してるとは言え、けして軽くはない鎧を全身に纏っているのだ。その二人を顔色を変えることなく持ち上げる様は、恐怖だけではなく、圧倒的な腕力差をジハードに与える。
「……復讐? 復讐の為に、子供達まで手にかけたのだ!? ランブルは!」
「何を言ってる? そいつらを殺ったのは、あくまでも魔獣だ。俺はあくまでも、コイツらを狩にきた」
彫りが深い顔をしたランブルの目は鋭く、短い髪や褐色の肌が眼光を一際目立たせる。
「ふざけるななのだ! そんな事を、エレウカ様は赦さないのだよ!」
ランブルに比べれば小さ過ぎるカンムルは、それでも果敢に食らいつく。臆することもなく。だがその懸命な猛りも屈強な体をしたランブルの笑い声に意図も容易く踏みつけられた。
「ダハハハ! お前はそんなんだから、いつまで経っても役なしなんだよ。それに今、エレウカ様は昏睡状態。いい加減、俺達も──おっと、話しすぎたかな」
冒険者二人を顔程まで持ち上げ、ジハードをみながら笑みをこぼす。カンムルとは違い、悪意と殺意に満ち満ちた笑み。
「……ああ……ぅう」
「なんだ、この女は死んでなかったのか。悪運だけは強いな」
頭から流れた血で、顔を真っ赤に塗りつぶした女性がゆっくりではあるが顔を持ち上げる。興味もない冷めきった瞳でランブルが睨む中、瞳に生きる希望を宿し女性は笑みを浮かべた。
「は……はは……は。聞いた、ぞ。魔王エレウカは、今際をさ迷ってる。我ら人類の勝利も近い」
「──だ、そうだ。まあだとしても、お前達はその勝利を見ることはないけどな」
「それはどうかな……目の前に居る男は──強いぞ」
か細い声の持ち主は、間違いない。
マーニャだ。しかし勝手に何を言っているのだ。本当に性根が腐っている。別に彼女が見るも無惨な格好になろうと、ジハードか心を痛めることは無いが──
「ほう。強いのか。この街で一番強いのか。じゃあお前達は用無しだ──死ね」
案の定、マーニャ達を勢い良く投げ捨てランブルの目線はジハードへと向く。
当然、街の住人から向けられる眼差しは、クルス達に向けたような希望に満ちたものではない。
諦め、期待もしていない視線。中には『俺達が太刀打ち出来ないんだ。コイツが勝てるはずがねぇ』
『ほら、今のうちに逃げるのよ。ママの言う事聞きなさい』など、ジハードをまだ否定する声すらも聞こえた。
──不愉快だ。
「勘違いしてくれるな。俺は最弱だし、この街がどうなろうがしったこっちゃない。好きにしてくれ」
踵を返し、出口へ向かう。
「おい……待てよ。待てって言ってんだろがァァァ!!」
全身が痺れるような咆哮。直後、ランブルは真後ろから跳躍し再び眼前へと姿を見せた。
地面が揺れ、舗装は破砕し足が地面にめり込んでいる。
「家畜の分際で俺を無視するなよ」
見上げなければ顔を見る事が出来ないぐらいの巨大な体。腕だけでジハードの胴ぐらいはあるだろう。
「それによぉ……カンムル。お前、何でコイツと一緒にいやがんだよ。裏切るのか?」
「わっちは、貴様様とパーティを組んだのだ。秘密を知るために!」
「秘密?ダハハハ!! ──ほざくな」
「カンムル!?」と、後ろを振り返り叫んだ頃には、数十メートル先で砂煙と共に激しい音が鳴った。
太い足からとは思えない素早い蹴りがカンムルを捉え、勢いそのままに後方へと蹴り飛ばしたのだ。
一体どれぐらいの距離を飛ばされたのか、一定間隔で壁が壊れるような音が響く。
「俺達は互いに傷つけられねぇ。けど、衝撃や圧は痛みに変換できる。アイツはそれを知らねぇみたいだが。心は……持つかなあ?」
「お前は……何を言ってやがる」
シルトレを庇いつつ後ろへとゆっくり下がる。
「圧倒的な力の前に、心が敗北を認めちまうのさ。こいつには勝てない無理だと、逃げるようになる」
「逃げるよう──に」
ランブルの言葉はジハードの心を締め付ける。
「さあ次はお前だ。簡単に死んでくれ──」
「んがぁぁあ!! 貴様様に触れるなぁあ!!」
駆け、軽やかに跳躍し小さい体を高々と宙へ浮かすや否や、空中で体を捻り回し蹴りを頬へと叩き込む。反動でランブルの顔は横へ向き、足の甲が頬から離れたことにより、カンムルはもう一度体を捻り二撃目を与えた。
「いやあ、あれだ。痛くも痒くもねえな。今の本気か?」
カンムルが、ジハードとランブルとの間に割って着地した時には、笑みを浮かべ頬を摩っていた。全くダメージを見て取れない顔を見ていると、カンムルが声を上げた。
「まだ全力じゃないのだよ!」
「ほう。ならやってみろ」
ランブルの余裕な様に舌打ちをし、カンムルは飛びかかる。目には見えないが、聴覚だけに伝える殴打の数々。着地するまでの間に五〇発は、ランブルに打撃を与えたはずだ。
だが、カンムルからは予想外の言葉が零れる。
「こいつウザったいのだ。貴様様、逃げるのだよ」
「逃げる?」
「なのだ。さっきの攻撃──わっちの今出せる全力だったのだよ。時間を稼ぐのだ。だから──」
カンムルは、ランブルが言ったように激しい衝撃によりだろうか体は無傷でも、口から流れた血が一筋の道を作っていた。
「貴様様!!」
既視感がジハードを襲う。前にも似た光景を目の当たりにしたような。勝ち目がないと知りながらも、自分を犠牲にしてまでもジハードを生かそうとする女性の背中。
──また逃げるのか。
弱者だからと言い訳し。諦め目を背け、他人を妬み恨むだけ。そんな事で良いのかよと、ジハードは自分に語りかける。
「次は俺の番だな!? 潰れちまえや!」
「……ック!!」
ジハードが考え事をしている矢先、容赦なく頭上から振り下ろされる拳は、カンムルに襲いかかった。
「おらおら、潰れちまえや」
「ぬがぁぁぁあ!!」
二人のぶつかり合う体の間には、薄い障壁のようなものが見える。それでもお構い無しと、ランブルは力を緩める事がない。次第に障壁は潰された鉄板のように広がり、またカンムルも膝をおらざるを得ない状況へと陥っていた。
自分の数秒間の黙考が迷いがカンムルを、危機的状況に陥れたのだ。
震えた手に剣の柄が握られる。
「行っておやり。私は大丈夫だ。大切な人を守るため、あんたは戦わなきゃ駄目さ」
シルトレが優しく背中に手を触れ、押した。老婆の力ですら体勢をよろめかす自分の情けなさに乾いた笑みを浮かべる。
「ありがとう、シルトレさん」
「なんもお礼を言う事なんかじゃないさね」
「──じゃあ、行ってきます」
「ガツンとやってやりんさい。あんたにゃぁそれが出来る。私は前から言っていたろ」
クルス達にこき使われた時も、街の人に騙された時も、シルトレはいつだって励ましてくれていた。
頷き、剣を正眼に構えジハードは今、大きい一歩を踏み出す。
「カンムルから手を離せ」
次回は、明日の昼頃に投稿します。




