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「あなた!」
『あ――!!?』
傭兵たちが揃って目を丸くする。
ファナに背を向け、テレリアは夫のそばへと駆け――酒場の中へと向き直った。
「ご報告が遅れましたが……そうなんです。私、この度教会騎士団副団長のエクター様と、結婚することが決まったんです。皆さん、祝福してくれますか?」
眉と目の間で切り揃えられた黒髪を揺らし、にこやかに笑って言うテレリア。あまりに場の空気を読まない朗らかさに、その場の全員が怪訝な顔をする。
「ま、式は無事私達が最終攻略戦から帰ってこれたら、の話ですけどね。ふふ」
「! 私達――」
ファナのつぶやきは誰にも聞こえない。
「……テレリア。いいから下がっていろ」
「あ、はい。お勤めご苦労様です、あなた。でも何故ここに?」
「君を探していたんだが……まさか君、あんな性犯罪をこれまでずっと黙認してきたのか?」
「あー……はい。そういうことに……なります?」
「……まあいい。責められるべきは君じゃない」
エクターの眼光が、額で二つに分けられた長い前髪の向こうから傭兵たちを射抜く。
ファナの時とは打って変わって、傭兵たちは一人残らず身構えた。
「汚らしい豚共め。貴様等、よく恥ずかしげも無く公衆の面前で劣情をさらせたものだな。誇りは無いのか、人間として!」
「その女は黙認してたワケじゃねーぜ、聖騎士サマよぉ。テレリアは俺らにどんなに嬲られても、自ら望んで毎日ここへやってくるんだ」
「嬲ッ――」
「そういうこったよ。この女はテメーが思ってるような聖女じゃねえ。とんでもねえ好き者かもしれんぜ……!」
「ちがうっ!」
――その声に、一番驚いたのはファナ自身だった。
多くの視線が一斉に少年を捉える。
尻込みしそうになったファナだったが、目の前にいる憧れの騎士に背を押され、お腹に力を込めて叫ぶ。
「彼女は拒否していた。嘘をついてるのはそいつらだ、エクターさん!」
「クソガキ、てめ――」
「どこまでも下衆な連中め……もう勘弁なら――」
「テレリアは見つかったんだな、エクター」
『!!?』
エクターに次ぎ、酒場へと入ってくる人物。
その壮年の人物は場の空気こそ変えはしなかったが――――傭兵たちは今度こそ、驚愕に一歩ずつ後ずさった。
「き……騎士団長ヒディルまで……!?」
「ええ……テレリアを頼みます、ヒディル様。私は」
「『私は』? どうするつもりなんだ」
「………………」
「どうもまだ血の気が多いなお前は……すまなかった、傭兵諸君。我々は治癒術師テレリアを探していただけなんだ。楽しい所を邪魔して済まなかった、失礼するよ」
「行くぞテレリア。あの様子じゃもう仕事も済んだんだろう」
「はいっ。それじゃあ皆さん、またそのうちに!」
「――て。テレリアっ」
「はい?」
エクターに肩を抱かれたまま去ろうとしていたテレリアがファナに振り返る。
同時にエクター、ヒディルからも目線を向けられ、ファナは縮こまるようにして口を開いた。
「あ、あの……テレリアも、行くんですか。最終攻略戦に」
「――はい。今回やっと、前線の野戦治療院に配属されることになって! 一緒に頑張りましょうね、傭兵の皆さんも!…………あれ」
テレリアの言葉に、応える傭兵は誰一人いない。
皆、ただありったけの敵意でエクターを、ヒディルを見つめるだけだ。
ヒディルが傭兵たちに向き直った。
「確かに、市井には君達傭兵を騎士団の下請けのように見ている声もある。騎士団が狩り漏らしたおこぼれに預かるだけのハイエナのような集団だとね。だがそれは違うと、私はハッキリ思う。君達はこのベステアに必要不可欠な存在だ。実際に今回の最終攻略戦――人間と魔族の総力を結集した戦いも、圧倒的多数の君達傭兵が協力する気になってくれなければ、実現しなかったろう」
傭兵たち一人一人の顔を記憶に刻み付けるように見渡しながら、ヒディルは続ける。
「魔物と魔族の巣窟であるギアガロク巨大連山が、我が国ベステアを囲うように地底より突き出で、我々ベステアに住まう人間達を脅かし始めてはや百数十年。人的にも物的にも限られた資源の中、ベステアの民は始祖神テネディアの下団結し、魔なる者達に抗い続け――とうとう今、魔なる者達の駆逐に成功しようとしている。総力を結集した魔の者達に対するには、我ら人間も一致団結してことに臨まなければならない。我々は、成果を競うことも互いにけん制し合うことも望まない。ただ力を合わせたいと願うだけだ」
ヒディルはそこで言葉を切り――傭兵達へ向けて一礼する。
「よろしく頼む。明日は肩を並べ、ベステアの為に力を尽くそう」
エクターとテレリアを連れ、ヒディルは酒場を出ていった。